毎年1月下旬、スイス東部のダボスで
世界経済フォーラムの年次総会が開催される。その余韻が冷めやらぬ中、翌月の半ばには隣国ドイツのミュンヘンで
安全保障会議が行われ、厳寒期のヨーロッパは大規模な国際会議で賑わう。政財界の要人が登壇し、熱弁で氷雪を溶かす地は欧州とはいえ、米国は経済や安全保障で世界を牽引しており、これらの会議でも重要な役割を果たしてきた。2025年、この特性は顕著になり、大統領に返り咲いたトランプが文字通り台風の目となった(
参照)。いわゆる
ダボス会議が開幕した1月20日、ワシントンD.C.では大統領就任式が行われ、彼は大西洋を渡っていないが、ヘリコプターで飛来したゼレンスキー大統領を含め、会議参加者が注目していたのは新政権の動向である。
ダボス会議の3日目(2月22日)、トランプはホワイトハウスからリモートで姿を現すと、輸入品に高い関税を課す方針を示し、物議を醸した。貿易自由化の流れに反するこの措置は企業に米国内での生産を促すものである(
参照)。また、前年秋の大統領選では「24時間以内」にウクライナ侵略戦争を終わらせると豪語していたが、これを「6ヶ月以内」に改めた上で、プーチン大統領と早期に会談を持つ意向を明らかにした(
参照)。実際に終戦に導くことができれば、ノーベル平和賞に値すると目されているだけに、和平は望ましいことであるが、ヨーロッパ諸国やEUには懐疑的に受け止められた。これは2022年2月の開戦後、欧州ではことあるごとに会合が持たれ、和平が模索されてきたが、アメリカはそれを出し抜いた形でロシアと交渉すると受け止められたからである。ヨーロッパ諸国は停戦会議に招待されていない。また、世界中のどの国よりもウクライナを軍事的に支援してきたアメリカが同盟国と協議することなく方向転換し、停戦の仲介役に回るのも諸国の意表を突くものであった。それ以上にヨーロッパが警戒しているのは、停戦の道筋がウクライナを除外して敷かれることである。米ロ会談は霧中にあり、ウクライナの安全や利益がないがしろにされる危険性は払拭されていない(
参照)。
このようにヨーロッパ諸国やEUがトランプ政権を警戒しているのは、米欧関係は彼の第1期目の時点ですでに冷え切っており、新たな冬の到来が予測されるためである。
1776年、イギリスから独立し、建設されたアメリカは、ヨーロッパ諸国から干渉されるのを避けるため、自らも干渉しない孤立主義を採用してきたが、1930年代中頃、大西洋の東岸でファシズムが勢いを増すと方針を改めるに至った(
参照)。民主主義と自由を守る使命感の下、第2次世界大戦に参加すると、フランスやベルギーを始めとする国々をナチス・ドイツから解放した。戦後は大規模な経済支援(マーシャル・プラン)を実施し、荒廃したヨーロッパの復興を助けるとともに、NATOを発足させ、西欧をソ連の脅威から守ってきた。現在、この軍事機構には29のヨーロッパ諸国が加盟しているが、それらの軍事力を全て合わせてもアメリカ1国に及ばない。なお、米軍は日本だけではなく、ドイツ、イギリス、イタリア、ポーランド、ルーマニア、トルコといったヨーロッパ諸国にも10万人規模で駐留しており、その防衛力に大きな影響を与えている。合衆国の支援がなければ、物資の調達や防空システムにも支障が生じる。なお、たしかに、イギリスとフランスも核兵器を保有しているが、その規模は両国を合わせてもアメリカの1割強であり、英仏の核戦略は他のヨーロッパ諸国の保護を想定していない。つまり、欧州の安全保障は米国に大きく依存している。
ソ連の解体後、ウクライナは「ヨーロッパへの復帰」やNATO加盟を目指すようになった。それをめぐって国政は大きく変動し、親ロシア派が政権を担っていた時期もあるが、現在はヨーロッパ路線が確立しており、2019年にはEUやNATOへの加盟が政策目標として憲法で定められた。NATOが門戸を開放すると、ロシアの猜疑心を煽ることになり、侵略戦争に発展したが、民主主義や法の支配だけではなく、市場経済が確立していないウクライナのNATO加盟は当初より非現実的であった。ロシアとの戦争はこれを決定的にしており、戦時下にあるウクライナの新規加盟は排除されている。2025年になって、これを明確に表明したのがトランプであり、ゼレンスキーもそれを受け入れた(
参照)。なお、トランプは大西洋を渡るという負担を持ったアメリカがより多くの資金を投入して同盟国を守る必要はないとする持論を改めて示している。そのため、ヨーロッパ諸国はアメリカに頼らない防衛体制を構築するだけではなく、(米国に代わって)ウクライナを保護する必要性に迫られるようになった。これはロシアの脅威が増す中で喫緊の課題である。
1. 停戦に向けたトランプ外交
前述したように、ヨーロッパ諸国は安全保障をアメリカに依存している。ロシアと交戦中のウクライナが米国の支援を命綱としているのは言うまでもない。米側もそれを自負しており、「アメリカが助けなければ、ウクライナは2週間で滅びる」「ウクライナは米国に感謝すべきであるが、謝意を示していない」とはトランプ政権の弁である(
参照)。
なお、米国は直接的な軍事介入を避けてきた。新政権もこれを踏襲しているが、トランプは前政権の政策を変更し、停戦を推進するようになった。和平に至る最初のステップとして、ホワイトハウスは30日間の攻撃停止を提唱しており、当事国間で停戦協定を結ばせようとしているが、これまでロシアは幾度も取り決めを破棄してきただけに、ウクライナは停戦に懐疑的である。しかし、米側が軍事支援の停止というカードで圧力をかけた結果、態度を軟化させるようになった(後述参照)。
かねてより思慮に欠ける発言を繰り返し、喧噪を厭わないトランプだけに、その外交手腕は強引である。彼は「ウクライナに切り札はない」と臆することなく述べており(
参照)、ロシアではなく、米国への「無条件降伏」を半ば強要していると言っても過言ではない。また、ゼレンスキー大統領の任期はすでに2024年5月20日に切れているものの、大統領職に留まっている状況(
参照)を「選挙を経ない独裁者」と揶揄しており、「独裁者」ならば即時に行動すべきであり、停戦に応じなければ支援を打ち切るといった強硬路線で臨んでいる。なお、ゼレンスキーが職務を継続しているのは
戦時法に基づいており、違法ではない。
このようにトランプが停戦を強引に押し進めているのは、アメリカの復権を目指す強い野心に駆られているためだけではなく、ロシアとの外交関係正常化を試みているためである(
参照)。戦争が勃発する前より米国はウクライナ軍の強化に貢献してきた。開戦後は武器を供与するだけではなく、ポーランド、ルーマニア、バルト3国といったウクライナ周辺のNATO加盟国に軍隊を駐留させ、有事に備えているが、ロシアとの関係を改善するには、これを早急に終わらせなければならない。さらに、ロシア・ウクライナ間の戦争が第3次世界大戦に発展することを阻止する狙いがある。なお、アメリカにとってロシアは緊密な同盟国ではなく、トランプが行う関税引き上げの対象から除外されているわけでもない。1月22日、ダボス会議にリモートで参加したトランプは、プーチンが停戦に応じなければ、関税と制裁を課すと述べていた(
参照)。その一方で、プーチンと停戦交渉をスムーズに行うため、彼を独裁者ないし侵略者と呼ぶことは避けている。
なお、2024年3月、ローマ教皇がウクライナに和平交渉の実施を呼びかけた際には、それはウクライナではなく、ロシアに要請すべきだという批判が沸き起ったが(
参照)、戦闘はその後も継続し、出口は見えないため、トランプ外交に対する批判は少ない。実際に彼が推進する「停戦」は「終戦」に向けた一歩となる(
参照)。もっとも、その威圧的であり、かつ、突拍子のないポピュリズムは警戒されている。何より問題なのは、トランプが提唱する停戦にはウクライナの安全保障が含まれていないことである。また、ロシアに占領された領土の回復を保証するものでもないが、同国に返還の意志はない(
参照)。停戦後、大統領選挙が実施され、ゼレンスキーが失職することをロシアは狙っている。
米国が推進する停戦をロシアが受け入れ、かつ、誠実に守る保証はないが、プーチン大統領は自分との約束を破ったことはないとトランプ大統領は考えており、交渉に前向きである。そもそもプーチンに侵攻を止める考えはないため、停戦は成立しないとする見方が有力であるが(
参照)、彼にもトランプの面目をつぶす意図はない。実際に停戦が成立した際には、その後の推移が仲介役であるトランプの威信や米ロの関係に影響を与えることは避けられず、アメリカは戦争に巻き込まれることになる。なお、トランプとプーチンがどのような内容で合意するかは明らかになっていない。ウクライナの利益がどこまで保護されるか注目される(
参照)。
◎ トランプ外交の過程
停戦に向けたトランプ外交は、2025年2月12日、プーチン大統領と1時間以上に亘り電話で会談することで本格化した。1月20日の就任後、初となるこの首脳会談の後、トランプはサウジアラビアで改めて「サミット」を開く予定があることを明らかにしているが、ウクライナ側は招待されていない。また、その他のヨーロッパ諸国やEUも蚊帳の外に置かれており、すでに第1期就任中に生じていた「大西洋の溝」はさらに深まることになった(
参照)。
なお、サウジアラビアが首脳会談の開催国に指定されているのは、同国がロシアやウクライナと良好な関係を築いていることによる。この中東の産油国はロシアから安価な石油やディーゼルを購入する一方、ウクライナには人道的支援を行ってきた。また、2018年に悪化した米国との関係正常化を目指している(
参照)。
前述したように、トランプは停戦に向け、先にプーチンと接触しており、ゼレンスキーを排除した交渉は1938年9月のミュンヘン会談を彷彿させる。当時、ドイツのヒトラーは隣国チェコのズデーデン地方の併合を画策していたが、この独裁者との対立回避を優先する英仏はチェコを加えずにドイツと協議し、併合を認めた(
参照)。
実際にはウクライナが外交交渉の場から排除されているわけではなく、トランプ政権は同国にも停戦の話しを持ちかけてきた(
参照)。それと同時に、ウクライナの鉱物資源と引き換えに支援(復興援助)の継続を表明している。これはヨーロッパ諸国が思いつかなかった政策であり、トランプ政権の手腕が光った。なお、レアアースの一部は現在、ロシアが占領する地域に埋蔵されており、アメリカの「手抜かり」を指摘する声もあるが、その採掘に関し、米側はすでにロシアと合意を結んでいる可能性も排除されない。
2月末、ゼレンスキー大統領は資源の権益に関し取り決めるため渡米した。ホワイトハウスにおけるトランプ大統領との会談は和やかに始まったが、米国はロシアのクリミア併合や本土侵攻を阻止できなかったことをゼレンスキーが指摘すると、同席していたヴァンス副大統領が反発し、「ホワイトハウスで米側の行動を批判すべきではない」「ゼレンスキー大統領は米国に感謝すべきであるのに謝意を述べていない」と反撃に回った。また、トランプが「あなたは第3次世界大戦を引き起こそうとしている」「多くの国民の命と引き換えに、ギャンブルを行っている」と発言すると、ゼレンスキーは「私はトランプをして遊んでいるわけではない」と答えているが、米側に冗談は通じず、会談は打ち切られることになった。なお、ゼレンスキーは「ウクライナはヨーロッパを守っているのであり、後にロシアはNATO加盟国を攻撃するようになる」と述べている(
参照)。つまり、第3次世界大戦の勃発を排除していないが、手段や方法はさておき、その阻止に動いているのがトランプである。
前代未聞の対立で終わった会談の一部始終は世界各地に中継され、大きな衝撃を与えたが、3月4日、トランプ政権はウクライナへの軍事支援の打ち切りを決定し、より大きな衝撃を与えた。これによりウクライナは窮地に立たされたが、その後、ゼレンスキーが軟化し、米側が提唱する30日の停戦に応じるに至った。3月11日、両国の代表団はサウジアラビアで落ち合い、停戦について合意している(
参照)。
2. トランプ政権とヨーロッパ
1)米ロ電話会談やミュンヘン安全保障会議への対応
2003年3月、ブッシュ大統領がイラク戦争を開始した際、フランスやドイツを始めとするヨーロッパ諸国は戦争に反対し、米政権と対立した。当時、欧州にはアメリカ寄りの国もあり、これらの「新しいヨーロッパ」と仏独を中心とする「古いヨーロッパ」に分かれることになったが、確執が長く続くことはなかった。
このような状況を決定的に変えたのがトランプである。2017年1月、第45代アメリカ大統領に就任した彼は、第2次世界大戦後、70年に亘り築かれてきた「西側」の価値観を崩し、大西洋の両岸にかつてない大きな溝を作った。2021年1月、民主党が政権に復帰すると、関係は修復されたが、トランプの再選はそれを壊しつつある。
2024年秋の大統領選において、ほとんどのヨーロッパ諸国はトランプの再選を支持しておらず、ゼレンスキーが応援していたのも対立候補のハリスであった。トランプが支持されない要因は非協調性にあり、「アメリカ・ファースト」には警鐘が鳴らされている。2月12日に行われた米ロ首脳の電話会談もその延長線上にあり、ヨーロッパ諸国に知らせることなく行われた会談は停戦協議から欧州を排除するものと解され、反感を買った。後にサウジアラビで開催が検討されている会議にもヨーロッパ諸国は招かれていない(
参照)。その要求に反し(
参照)、欧州を排除したまま停戦交渉が進められるとすれば、アメリカに対する反発はさらに強まる。
なお、米ロはウクライナの安全や利益を度外視して停戦を取り決めることにならないか警戒されており、ヨーロッパ諸国はウクライナを対等に扱うことを求めている(
参照)。アメリカが採掘を計画しているウクライナの鉱物資源の一部は、現在、ロシアが占領する地域にあり、その権益に関し、アメリカはロシアとすでに極秘で協定を結んでいることも否定されない。ウクライナ侵略戦争が3年目に入った2月24日、トランプ大統領はロシアとも経済協力を進めることを発表している。
トランプとプーチンの電話会談が大西洋上に暗雲を作る中、開幕したのがミュンヘン安全保障会議である。電話会談の2日後に始まったこの国際会議は両岸の対話を促進し、東岸が抱く懸念を払拭させる機会になりえたが、実際には距離を広げることになった。初日、米国のヴァンス副大統領はヨーロッパの脅威はロシアや中国ではなく、ヨーロッパ内に潜んでいるとし、欧州では民主主義や表現の自由が脅かされていると主張した(
参照)。これはEUによるSNS規制や、ミュンヘンに極右政党が招待されていないことを受けたものであるが、これは民主主義や基本権保護を基本的価値として何よりも尊重しているEUの神経を逆なでするものである。極右政党との協力がありえないことは言うまでもない。ホスト国ドイツのシュタインマイヤー連邦大統領は、アメリカはヨーロッパとは異なる価値観を持っており、確立した秩序に反する米国の独自路線は受け入れられないと厳しい口調で応酬した(
参照)。実際にヴァンス副大統領の演説は前例のない侮辱にあたる(
参照)。
ヨーロッパの首脳陣の中で、トランプ大統領と比較的良好な関係を築いているのがフランスのマクロン大統領であり、両者はウクライナ侵略戦争が3年目に入った2025年2月24日、ホワイトハウスで会談を行い、友好関係をアピールした(
参照)。なお、前年12月、トランプはパリに渡り、ノートルダム大聖堂の再建式に参列している。もっとも、プーチンの評価に関し、両首脳の立場は異なっており、マクロンはプーチンを侵略者として批判する(
参照)。
かねてより欧州の団結を推進してきたマクロンは(欧州政治共同体について、後述参照)、2月17日、パリでEU加盟国首脳会議を招集した。この緊急会合の目的は、サウジアラビアで開催されるであろう米ロ会談をにらみ、停戦の条件やウクライナの復興支援に関するEUないし27の加盟国の立場をまとめることにある(
参照)。なお、ヨーロッパ側が中東での会談に参加できるか、また、停戦やウクライナの復興にどのような形で関われるかは明らかではなく、その立ち位置の低下が懸念されている(
参照)。仮に停戦交渉への参加が認められるとすれば、不利になるため、ロシアはEUの出席を認めていない(
参照)。
2)ロンドン・サミットの開催
2月28日に米ウ首脳会談が中断された際にも、ヨーロッパの首脳は会合を開き、「アフターケア」を行っている。なお、タイミング良く、3月2日に行われたこの「サミット」は急遽、招集されたのではなく、ロンドンでの開催が事前に決まっていた。また、2020年1月に「ヨーロッパの家」、つまり、EUから退いたイギリスがイニシアチブを発揮したことで注目された。2024年7月に首相に就任したスターマー(労働党)はEUとの関係改善にも積極的である。3月2日の首脳会議に先立ち、英政府はウクライナ支援に27億4000万ユーロ、支出することを表明しており、その財源は同政府が差し押さえているロシアの財産より賄われる。ウクライナはそれを利用して、防空システムを整える予定であり、それを支援するのがフランスである。
”Securing Our Future” という表題が付けられたロンドン・サミットはこれらのヨーロッパ諸国、つまり、英仏が中心となって開催されており、EUが主催したものではないが、その参加は欠かせない。ブリュッセルの機関を代表して欧州委員長のフォン
デア ライエンが出席し、議長席に最も近い「右手」に着座した。会議後、委員長は記者団に対し、ヨーロッパは迅速に軍備を増強しなければならないと述べている(
ReArm Europe)。また、EUはウクライナ支援を強化する用意があることを示した(
参照)。この発言に表われているように、首脳会議ではホワイトハウスから追い出されたゼレンスキーにエールが送られており、彼はチャールズ国王のもてなしも受けている。
会議後、ホスト役のスターマー英首相は、停戦に貢献し、かつ、ウクライナの安全を守るため、有志連合を立ち上げることになったと発表しているが、肝心の参加国に関する情報は示されていない。また、欧州が重要な役割を果たす必要があるが、アメリカの後ろ盾なくして和平は実現できず、有志連合は米国と対立するものではないと述べている(
参照)。なお、スターマーが進言したこともあり、ゼレンスキーはトランプとの関係を改善することになった。
ところで、侵略戦争の勃発から3ヶ月が経過した2022年5月、フランスのマクロン大統領は欧州政治共同体(EPC)の発足を提唱しており、ロシア、ベラルーシの敵対国とバチカンを除いた全てのヨーロッパ諸国が参加する政治フォーラムが同年10月に始まった。これは47ヶ国体制をとるが、有志連合にはより緊密な連携を目指す国々が加わるものと解される。なお、メンバーシップはヨーロッパの国や組織に限定されているわけではない。
ロンドン・サミットには16のヨーロッパ諸国とカナダ、さらに、EUと
NATOが参加している。その大半はEU加盟国であり、有志連合もメンバーのほとんどはEU加盟国と解されるが、その中には中立を掲げているため、連合には参加できない国もある。その一方で、EUから離脱したイギリスが加わるだけではなく、強いイニシアチブを発揮することが想定されており、有志連合にはEUとは異なる意義がある。なお、約40年前(1987年)にEU加盟を申請するも、目標を達成する見通しが全く立っていないトルコはフィダン外相をロンドン・サミットに派遣した。
前述したように、ロンドン・サミットは事前に開催が計画されていたが、米ウの「外交破綻」は、ウクライナを孤立させてはならないという使命の下で、アメリカを除いたNATO加盟国の結束力を高めることにもなった。首脳会談後、イタリアのメローニ首相は西側を分裂させてはならないとし、諸国の結束を訴えた。また、ポーランドのトゥスク首相(EU加盟国首脳会議である欧州理事会の初代常任議長、現EU理事会議長国の首相)は、ヨーロッパはようやく目を覚ましたと述べている。なお、旧ソ連の干渉を強く受けてきたポーランドは最もアメリカに接近しているヨーロッパ諸国の一つであり、その親米路線が変更されるとは解されない。有志連合も米国との協力を基盤に据えている(
参照)。
Securing Our Future, London Summit on 2 March 2025
© European Union, 2025
画像は筆者により切り抜かれてある。
2025年3月2日のロンドン・サミットに参加した17国(50音順、下線付きはEUに加盟する国である。なお、ウクライナを除く16ヶ国はNATOにも加盟している):イギリス、
イタリア、ウクライナ、
オランダ、カナダ、
スウェーデン、
チェコ、
スペイン、
ドイツ、
デンマーク、トルコ、ノルウェー、
フィンランド、
フランス、
ポーランド、
ポルトガル、
ルーマニア
参加した国際機関:EU、NATO
イギリス政府によると、2025年3月21日の時点で「有志連合」のメンバーは31に増えているが、詳細は明かされていない(
参照)。
3) その後の対応とヨーロッパの動向
その後、EUは3月6日の首脳会議に続き、数度、ウクライナ支援に向けた会合を開いている。それと並行し、イギリスのスターマー首相の下で停戦に向けた協議も進められているが、重要課題の一つであるアメリカに頼らない安全保障体制の確立は進んでいない。
現在、ヨーロッパには49(コソボを加えると50)の国が存在し、それにはロシアやベラルーシも含まれる。EUに加盟しているのは約半数の27ヶ国に過ぎないが、EUとヨーロッパが同一視されることも少なくない。前述したように、侵略戦争の勃発後、新たに欧州政治共同体(EPC)が結成され、これにはロシア、ベラルーシ、バチカンを除く全てのヨーロッパの国々やEUが参加しているが、ウクライナ支援を行えるわけではなく、それを担っているのは専らEUである。なお、この超国家的組織も安全保障分野での活動は限定されており、ウクライナに軍隊を派遣することはできない(そもそも軍隊を持っていない)。これはEUが市場統合を主たる目的としていることによるが、EUは経済分野で与えられている権限を生かし、ウクライナへの財政・人道支援(難民保護を含む)やロシアに対する経済制裁を行ってきた(
参照)。なお、2015年秋に難民危機が発生すると、難民の受け入れをめぐり、一部の加盟国がEUの政策に反発するようになった。そのような国の一つであるハンガリーはEUへの抵抗の一環として、EUがロシアに制裁を課すことに抵抗している(
参照)。同様にポーランドもEUの政策に批判的であり、法の支配や基本権保護を徹底していないとして批判されているが、ハンガリーとは異なり、ポーランドは隣接するウクライナの支援に積極的である。2025年前半、ポーランドはEU理事会の議長国を務めており、フランスと共にウクライナへの支援強化(とりわけ軍隊の派遣)を目指している。
ヨーロッパには、オーストリアやスイスのように中立を謳う国があり、全ての国がウクライナ支援に参加しているわけではない。非中立で、NATOに加盟している国であれ、軍事力はアメリカに及ばす、むしろ同国に安全保障を依存している。トランプはヨーロッパに駐留する米軍の削減を打ち出しているが、それを補うだけの予算はヨーロッパ諸国にはない。とりわけユーロ導入国は財政赤字の削減を義務づけられているため、国債を発行し、防衛費を調達することが困難な状況にある。そのため、「トランプ・ショック」の影響を受け落ち込んでいる国内経済を活性化させ、税収を増やすことが重視されている。経済面で力を発揮することができるEUはイノヴェーションと規制緩和を打ち出し、EUの国際的プレゼンスの強化を目指しているが、加盟27ヶ国の経済規模を全て合わせてもアメリカ1国に及ばない(人口こそ米国を上回っているが、国土は約半分である)。前出のロンドン・サミットにおいて、欧州委員長のフォン
デア ライエンは加盟国が防衛支出を増やす必要性を指摘しており、財政規律を見直す動きも出ている。なお、トランプはGDPの5%を軍事費に充てるよう欧州のNATO加盟国に求めているが、米国自身も3.4%(2024年)と、その水準に達していない。その割合が最も高いのは、ウクライナ侵略戦争の勃発後、急速に軍事費を増やしてきたポーランドの4.1%であり、フランスは2.1%に過ぎないが、マクロンはGDPの3~3.5%を全加盟国の目標値として提唱している。
防衛力の強化や国債の発行による軍事費の増額には憲法の改正が必要な国もあり、それを経た法律の整備も決して容易ではない。2025年3月、ドイツは憲法改正を実現したが、その他の国でも兵員の確保は困難な課題にあたり、徴兵制の導入ないし復活も検討されている(
参照)。
※ ヨーロッパ防衛共同体の創設
第2次世界大戦の終結後、ドイツ、フランス、イタリアとベネルクス3国は三つの欧州共同体を設立した。その加盟国は貿易や農業、運輸、また後に通貨といった非常に多くの分野における権限を共同体に移し、経済統合(特に関税同盟の創設、市場・通貨統合の実現)を実現してきた。1993年11月、それを基礎としてEUが発足したが、1950年代初旬には欧州防衛共同体を立ち上げ、軍事に関する主権を国際機関に移すことも計画されていた。しかし、当時、フランスはインドシナで戦っており、戦争の継続に必要な権限を保有するため、防衛共同体の創設を阻止した。安全保障に関する権限は主権国家の特権とする考えは他の国にも広まり、市場・通貨統合が実現したのとは対照的に、軍事分野での統合は大きく進展していない。その結果、EU内には各加盟国ごとの、つまり、27の防衛機構がある。この状況はウクライナ侵略戦争の勃発によっても変わることがなかった。ロシアとの軍事力には大きな差があり、個々の加盟国が単独で軍事大国に対抗できないのは言うまでもない。
現在、欧州で核兵器を保有している国はロシアを除けば、イギリスとフランスのみであるが、両国の核戦略はヨーロッパの安全保障を想定しておらず、とりわけ、ロシアに隣接するバルト3国やフィンランドを保護するものではない。これらの国はNATOに加盟しており、その主導国であるアメリカの核の傘に入っているが、トランプ政権はヨーロッパからの撤退を計画している。それを補う方策としては、欧州の国々が主権を放棄ないし制限し、軍事共同体を創設することが挙げられるが、NATO同盟国に軍事費の増額を求める米国がヨーロッパの軍事統合を了承しているわけではない。また、軍事強化はロシアを刺激し、かえって安全を害することもありうる。ウクライナ侵略戦争の勃発後、マクロン大統領はフランスの核戦略をヨーロッパ全土に拡張する用意があることを示すようになったが、外部の反発もあり、実現していない。
なお、EUに加盟する27ヶ国のほとんどはNATOにも加盟している。そのため、両者の調整が図られることになり、EUは経済統合を主要な目的とするが、NATOの枠組みを利用し、軍事分野でも行動できるようになった。もっとも、ウクライナ侵略戦争ではNATOも軍隊を派遣していない。
(参照)
2025年3月28日記 (3月30日更新)