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ユスティティア EUの教育・青少年政策




E.   訴 訟 の 審 理


8.証明責任

 8.1. 証明責任とは

 貸金の返済を求め提訴する原告は、以下の事実を主張しなければならない(民法第587条参照)。
 

@

貸金の返済の約束(金銭消費貸借契約の締結)

A

金銭の授受

B

貸金返済期限 の経過


 被告がこれらの事実(主要事実)[1] の真偽ないし存否を争うとき、原告はそれを証明するため、裁判所に 証拠調べ  を申し出る必要があるが(→ 証拠申出)、裁判所がどのような証拠を調べても、その真偽ないし存否が不明な場合がある。このような状態を ノン・リケットnon liquet 〔ラテン語〕 )と呼ぶが、このような場合であれ、裁判所は裁判を拒絶してはならない。そのため、真相不明の事実を真実または偽り(ないし、事実の存在または不存在)と擬制する必要がある。例えば、上例のAの事実の存否が不明なとき、Aの事実は存在しないと擬制される。そうすると、原告の貸金返済請求は認められなくなるため、原告に不利となる。このように、要証事実の真偽ないし存否が不明の場合、自己に有利な法律効果の発生が認められなくなる不利益を 証明責任 と呼ぶ。


要証事実(主要事実)の真偽不明

(ノン・リケット)

真実または偽りと擬制

証明責任を負う者に不利な取り扱い



リストマーク 主観的証明責任と客観的証明責任

 上述したように、証明責任は、ノン・リケットによる裁判拒絶を回避するために導入されたテクニックであり、要証事実が証明されなかった場合の 結果責任 である点に着眼して 客観的証明責任 と呼ばれることがある。これに対し、要証事実を証明するために、証拠を提出する 行為責任主観的証明責任 という。弁論主義 の下では、これらの2つの証明責任を負う者は同一である。つまり、ある事実について証明しなければならない者は、その真偽が不明なとき、不利な扱いを受ける。 


主観的証明責任

・ 証明しなければならない責任

・ 行為責任

客観的証明責任

・ 証明できない場合の不利益

・ 結果責任




8.2. 証明責任の分配

 ある事実について、原告または被告のどちらが証明責任を負うべきであろうか。その定めを 証明責任の分配 と呼ぶが、これは予め決まっており、訴訟の途中で変更されることはない。

 その分配の方法については異なる見解が主張されているが、通説・判例は、
自己に有利な法律効果の発生を主張する者は、その要件(構成要件)に該当する事実について証明責任を負う とする(法律要件分類説ないし規範説法律要件分類説と規範説の違い)。

(例)

上例の 貸金返済請求 (民法第587条)のケースでは、@〜Bの事実について、貸金の返済を求める原告が証明責任を負う。

雇用契約(民法第623条)に基づく報酬支払請求のケースでは、以下の事実について、原告が証明責任を負う。

 

 @ 雇用契約の締結

 A 契約で定めた労働の終了(民法第624条参照)



 これらの請求権の根拠条文である民法第587条、第623条や第624条は、権利の発生について定めているため、権利根拠規定 と呼ぶ。これに対し、一旦、発生した権利を消滅させる事由について定める規定を 権利消滅規定、また、権利の発生を阻害する規定を 権利障害規定 という。通説・判例は、このように法規を3つの類型に分けた後、それぞれの構成要件について、以下のように証明責任を分配する。


@ 権利根拠規定

権利の発生を主張する者が、構成要件に該当する事実の証明責任を負う

(例)

上述参照

 

A 権利消滅規定

権利の消滅を主張する者が、構成要件に該当する事実の証明責任を負う

(例)

弁済(民法第474条)、相殺(第505条)、消滅時効(第166条以下)


B 権利障害規定

権利発生の阻害を主張する者が、構成要件に該当する事実の証明責任を負う

(例)

虚偽表示(民法第94条)、錯誤(民法第95条)

 

リストマーク 分類が困難な規定の例


 
 

 なお、民法第95条や第715条第1項の但書きは、その適用を主張する者が構成要件該当事実の証明責任を負う。

(例)  売買代金の支払請求訴訟(リストマーク こちらを参照


売買契約の成立や目的物の引渡しなど

原告が証明責任を負う

錯誤による売買契約の無効(民法第95条本文) (抗弁

被告が証明責任を負う

錯誤について、買主の重過失(民法第95条但書)(再抗弁

重過失は障害事実(錯誤)の障害事実にあたる。

原告が証明責任を負う



 
 

8.3. 証明責任の転換

 権利行使を容易にするといった特別の政策的理由に基づき、証明責任が転換されている場合があるが、これは予め定められており、訴訟の途中で転換されるわけではない。


(例)

自動車事故による損害賠償請求について、加害者の過失(自賠法第3条但書)

 民法第709条に基づき、加害者に損害賠償を請求するときは、原告(被害者)が被告(加害者)の過失について証明しなければならないが(参照)、自賠法第3条但書に基づき損害賠償を請求するときは、被告が過失のなかったこと(無過失)について証明しなければならない。 


【民法第709条】

原告が被告の過失を証明


リストマーク

 

自賠法第3条但書

被告が過失のないこと(無過失)を証明

 

 





 自動車損害賠償保障法(自賠法)第3条は以下のように定める。

 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。
 




リストマーク 法律要件分類説と規範説

 法律要件分類説と規範説は明確に区別されず、同じ理論として扱われることがあるが、厳密には以下のように異なる。

 法律要件分類説とは、権利根拠事実は権利を主張する者が、他方、権利障害事実と権利滅却事実は権利主張を争う者が証明責任を負うとする理論である。この考えによる場合、権利根拠、障害、滅却事実の分類・区別をどのようにして行うかという問題が生じるが、それを法文の文言・表現形式や相互関係(本文・但書の関係、第1項、第2項の関係、原則・例外の関係など)によらしめる立場、つまり、法規の定め方を基準にして分類・区別すべきとするのが規範説である。それゆえ、規範説は法律要件分類説に属する理論と捉えることができる。

 規範説が法文を重視するのは、法文は証明責任の所在(誰が証明責任を負うか)を考慮し、起草されているためである。例えば、本文の要件について原告が証明責任を負うとすれば、但書の要件については被告が負うと考えることができる。しかし、同説が考案されたドイツとは異なり、我が国では、証明責任の所在を考慮し、規定が設けられているとは限らないため、規定が証明責任分配の基準として機能するとは限らない。例えば、民法第415条は以下のように定める。

債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」

 これは損害賠償請求権を発生させる権利根拠規定であるため、権利の発生を主張する者、つまり、債権者が要件事実について証明責任を負うと解される。そう捉えるならば、「債務者の責めに帰すべき事由」によって履行不能になったことを証明するのも債権者となる(証明できなければ、債権者は損害賠償を得られない)。しかし、もとより債務の履行について責任を負うのは債務者であり、履行できなくなることについても(履行不能)、それが自らの責めに帰さない事由に基づく場合を除き、債務者は責任を負うと解すべきである。したがって、「債務者の責めに帰すべき事由」の有無を証明するのは債権者ではなく、債務者である(最判昭和34年9月17日)。

 証明責任の分配を反映させるならば、第415条後段は、「債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」 ではなく、「ただし、債務者の責めに帰さない事由によって履行することができなくなったときは、この限りではない。」と定める必要があるが、民法改正作業では、そのような改正案が出されている(参照)。

 なお、実体法内のすべての規定を権利根拠、消滅、障害規定のいずかれに分類しなければならないわけではない(例えば、民法第186条第1項)。また、民法第419条第2項のように、証明責任について定める規定もある(これらの規定も分類する必要がない)。

           


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