III. 従来の出産・育児支援策とその効果
1.従来の政策の特徴
諸外国の家族政策は、@社会民主的なスカンジナビア型、A保守的な大陸型、B自由主義的なアングロ・サクソン型に分類することができるが、ドイツの政策は2番目のタイプに属する[1] 。
また、家族政策を専門的に所轄する行政機関が設けられていない国もあるが、ドイツには独自の省、つまり、連邦家族省(BMFSFJ) が設置され、大半の措置が統括されている。もっとも、前述したように、家族政策に関する一連の措置は、必ずしも十分に調整されているわけではない。なお、連邦国家体制に鑑み、諸政策は連邦政府だけではなく、州政府や地方によって実施されている。特に、インフラの整備に関しては、州や地方自治体が重要な役割を果たしている。
出産・育児に有利な条件を整備し、子供を欲しがる者の要望に応えるための措置は以下のように分類することができる。
@ |
児童手当ての給付や学校教育費の無料化など、子供のいる家庭の経済的負担を和らげるための直接的支援(直接コストへの投資)
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A |
保育施設の拡充や有給育児休暇の導入など、出産・育児に起因する所得減を補う制度(機会コストの低減)
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B |
仕事と家庭の両立を図るための労働環境整備 |
従来より、ドイツ(旧西ドイツ)は@を優先して実施してきた。これは、ヒトラー政権下における作為的な出生政策を反省し、育児は家庭で、一般的には母親が行うべきとする戦後の子育て理念に基づいている。なお、近隣諸国との比較は必ずしも容易ではないが、ほぼすべてのEU加盟国でも、直接的支援により多くの公的資金が投入されており、インフラ整備費がこれを上回っているのは、デンマークのみである。また、出産・育児支援など、家族政策に関わるドイツの公的支出は、GNPの約2〜3%であり(2001年は1.9%)、EU内でほぼ標準的である(EU加盟国の平均は2.5%)。もっとも、北欧諸国やフランスは、小さな子供のいる家族の財政支援を重視し、援助を最も必要としている家庭に焦点が充てられているのに対し、ドイツでは、このような特徴がみられない。
2. 主な政策の概要
2.1. 直接コストへの投資
従来、連邦による直接的な財政支援は、@児童手当て(Kindergeld)の給付または子供の扶養控除(Kinderfreibetrag)と、A育児手当て(Erziehungsgeld)の給付を柱にしてきた。児童手当ては親の収入に関わりなく支払われるが(第3子までは、一人あたり毎月154ユーロ
[2]
、1996年以降は、同手当てを取得する代わりに、年間5808ユーロを上限とし、税控除を申請することも可能になった(児童扶助控除については、後述参照)。他方、連邦の育児手当ては、もっぱら自分で子育てをする親に対し、24ヶ月間、支給される(法律上、育児休暇は3年間、取ることができる)。もっとも、最初の6ヶ月間、一定額を超える所得のある親には与えられない(そうでない場合は、一律300ユーロ)。7ヶ月目以降は、この額が引き下げられ、また、これを上回る場合であれ、一定の手当てを取得しうる。そのため、7ヶ月目以降は、育児休暇を取ることが奨励される。
児童手当てについて
連邦の州の育児手当てについて
育児休暇について
その他に、女性は出産手当てを取得しうる(出産休暇は14週間である)。
育児休暇制度について
また、長期間、別居していない夫婦については、課税所得の合算が認められる。つまり、両者の所得を合算した後に2分し、納税額を算定することができる(夫婦課税分割制度〔Ehegattensplittiung〕、所得税法第26条、第26b条、第38b条参照)。例えば、妻が無所得の場合、夫の所得のみが2分され、その額に応じて税率が決定されるため、最大の利益が得られる(他方、共働きの夫婦の収入が完全に同額の場合には、メリットは生じない)
[3]。なお、この優遇措置は、子供の有無や年齢に拘わらず認められるが、結婚した男女はいずれ子供をもうけるであろうとの仮定に基づいており、子育て支援の一部になっている(もっとも、その35%は、子供のいない家庭や子育てから解放された家庭に充てられている)。
夫婦課税分割制度について
さらに、教育費控除や健康保険制度上の優遇、また、州や地方の特別措置があり(例えば、上述した連邦の育児手当てと並行して州が支給する育児手当て)、財政的支援は多岐にわたる。そのため、正確な理解は専門家にとっても困難であり、市民には非常に分かりにくくなっている。
2.2.インフラの整備
これに対し、託児所や全日制の保育・学校教育施設の拡充は進展していない。特に、旧西ドイツ地方では、子育ては家庭で行うべきとの考えに基づき、現在でも、インフラの整備が遅れている。元々、幼稚園(Kindergarten)はドイツで発案された施設であるが、すべての子供に半日制(4時間)の幼稚園が保障されるようになったのは1999年のことである。現在では、家庭外での育児の必要性や重要性も広く認識され、地方のイニシアチブに基づき、全日制の導入も試みられているが、普及率は西欧諸国の最低水準に留まっている(なお、ドイツ国内では、旧東ドイツ地域の状況は旧西ドイツ地域に比べ非常に良い)。ほぼ正午に閉まってしまう幼稚園・学校は、母親の経済活動を制限しており、出生率の低下にもつながっている。
なお、育児・学校教育施設の整備は、連邦ではなく、州の権限・責務に属するが、近時は、前者も、特に、財政面で協力している。その一環として、まず、2003年には、学校教育の全日制化を支援する投資プログラムが導入された[4] 。また、未就学児を対象にした施設の拡充も、2005年1月に発効した昼間保育拡充法(Tagesbetreuungsausbaugesetz (TAG))
に基づき支援されることになった[5]。さらに、児童・青少年支援法は、3歳未満の幼児を対象にした保育施設を十分に確保するよう、州や地方自治体に義務付けている(同法第24条参照)。
3.EU法の影響
今日、EUは幅広い分野において加盟国の法令に影響を与えている。そのため、国内法を知る上では、EU法に関する知識が欠かせないが、少子化対策や家族政策、また、より広く社会政策に関し、EUには強力な政策権限は与えられていない。つまり、社会政策に関する基本的な権限は加盟国の下に残っている。このような状況にも拘わらず、EU(厳密にはEC)は、ソーシャル・パートナーとの協議を交えながら、一連の法令を制定しており、ドイツを含む加盟国の法令に影響を与えている。
過去20年間の活動は、ライフ・ワーク・バランスの改善に重点が置かれているが、女性の社会進出に伴う出生率の低下や家族像の変化を背景に、近時、政策の必要性はますます強く認識されている。慢性化した失業問題と共に、仕事と家庭の両立支援は、今日のEUの重要な政策課題の一部を構成しているが[6]、2002年3月のバルセロナ欧州理事会では、完全雇用の達成という目標を達成するため、育児・保育施設の拡充に関し、加盟国の責務を明確に定めている[7]。これによれば、各国は2010年までに3歳から就学前の子供の少なくとも90%に対し育児・保育施設を保障し、また、3歳未満の子供の少なくとも33%に対しても同様に保障するものとされている。しかし、目標を達成しているのは一部の加盟国に過ぎず、ドイツを初めとする多くの国には、早急な改善が求められている。
欧州委員会は、EU内の社会状況(人口構造を含む)に関する報告書を毎年作成している他(EC条約第143条および第145条参照)、人口問題に関する研究を財政面で支援している(参照)。また、ライフ・ワーク・バランスの改善に向け、ソーシャル・パートナーと協議を行うだけではなく、2006年10月には、ブリュッセルで第1回「ヨーロッパ人口フォーラム」(European
Demographic Forum)を開催している[8]。
4.従来の政策の効果
前述したように、ドイツでも、様々な家族支援策が実施され、その経済規模は決して小さくないが、出生率、ワーク・ライフ・バランス、(子供のいる家庭の)貧困撲滅などに関し、良い成果は得られていない。その主な要因として、2006年の家族報告書を作成した専門家委員会は、様々な措置の全体的効果や家族の経済状況がまれにしか検討されていないことを挙げている。
また、国の政策が、かえって悪い状況を生み出していることも指摘されている。例えば、仕事と家庭のバランス関係を図るため、これまで連邦政府は育児手当て(Erziehungsgeld)と育児休暇(Elternzeit)を拡充してきた。特に、2001年元旦に発効した規定によって、育児休暇は取りやすくなったが、休職に基づく収入減が育児手当てによって十分に補われるわけではなかった。そのため、長期間、育児休暇制度を利用する女性は経済的自立性を失うことになり、(ますます)出産を控える状況に追いやられることになった。なお、2006年に発表されたある報告書によると、育児休暇の取得を検討している父親も20%程度いるとされているが、まだまだ浸透していない。
[1]
第2次世界大戦後、東西2つの国に分断されたドイツは、1991年11月に再統一されているが、両国の政策に違いが見られた。例えば、旧東ドイツは、1970年代、出産を「大人」の条件とみなし、生計能力の無い若者には国が援助する家族政策を導入していた(これはフランスの例に倣ったものである)。他方、西ドイツではそのような政策大綱を設けておらず、旧東ドイツに比べ、インフラ整備の遅れが目立った。これは前述したように、子育ては家庭で行うべき当事者の考えに基づいている。
[6]
2005年10月のハンプトン・コート首脳会議の席でも、少子高齢化対策は、今後10年間の主要課題であることが確認された。
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