Top      News   Profile    Topics    EU Law  Impressum          ゼミのページ


ド イ ツ の 少 子 化 対 策


I.現状
 ドイツや近隣のヨーロッパ諸国では、すでに19世紀より、少子・高齢化の傾向が見られる。確かに、第2次世界大戦後にはベビー・ブームが到来し、出生率が若干回復しているが、安全・確実な避妊具の利用が普及した1970年代以降は再び低下している。2004年の統計によると、ドイツの合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の数)は1.4であり、EU加盟25ヶ国平均の1.5をわずかに下回っている。確かに、南欧諸諸国や東欧諸国よりは幾分高いが、EU内の最低水準にあることに変わりはない。近年はこの低い水準で安定しており、急速な回復は見込まれないとされている。なお、子供を一人も生まない女性の割合に大きな変化はないが、3〜4人以上の子供を生む女性が大幅に減っており、少子化の一因になっている。

 

II. 出生率低下の現代的要因

 出生率低下の要因については、すでに多くの研究がなされており、国や地域、また、年代ごとに異なる事由が指摘されているが、1970年代以降の一般的な要因としては、女性の生き方やカップルの生活スタイルが大きく変わったことが挙げられる。なお、男女比で見ると、子供を欲しがらない割合は、むしろ男性の方が若干であるが高い。また、前述したように、避妊具の普及や3〜4人以上の子供を産む女性が非常に少なくなっている点も見過ごしてはならない。さらに、ドイツを含むEU加盟国に共通する今日的な原因として、@将来に対する不安、A子育てには高額な費用がかかることの他、B仕事と子育ての両立が困難であることを指摘しうる。その他、ドイツに特有の理由として、以下の点が挙げられる。

@ 伝統的な家族像の存続

 女性の雇用率や離婚率が高く、女性の地位が男性と同等に評価されているヨーロッパ諸国では、出生率も高いことがすでに指摘されている。つまり、出産・子育てを理由とする失業や生活水準の低下を懸念する必要がなく、また、離婚した場合であれ、女性(働く母親)の育児負担が大きくない「現代的な社会」では出生率が高くなっている。

 このような国では、婚姻関係にある男女が子供をもうけ、子育てと家事のために母親は家庭に留まるといった伝統的な家族観が消失ないし薄れている。2006年の統計で、フランスの出生率は2.1%とヨーロッパ内で最も高い水準に達し、注目されているが、この国でも、子育ては家庭で行うべきとする考えは影を潜め、2人以上の子供を持ち、託児所に預けながら働く女性の割合が高くなっている。また、未婚の夫婦間で生まれる子供の割合も高くなっている(約2人に1人、ドイツでは4人に1人)。

 これに対し、ドイツでは、出産を結婚ないし婚姻関係の継続にリンクさせたり、子育ては家庭で行われるべきとする考えが根強く残っている。つまり、生計能力を備え、所帯を設けることが出産・子育ての条件とする見方が依然として支配的であり、子供は全日制の託児所や幼稚園に預けられることなく、家庭で(もっぱら母親によって)育てられている。従来のドイツの育児・教育施設は 、ほぼ正午に閉まってしまうため、子供は家庭で昼食を取った後、家族と共に午後を過ごす。近時は、全日制の育児・教育施設を導入する試みも進められているとはいえ、その普及率はEU内で最も低い水準に留まっており、母親の職業活動を大幅に制約している。

 連邦家族・高齢者・女性・青少年省(Bundesministerium für Familie, Senioren, Frauen und Jugend〔BMFSFJ〕)(以後、連邦家族省とする)が発表した2006年の家族報告書は、女性の社会進出が飛躍的に伸びているとはいえ、出産を機に仕事を放棄し、夫ないしパートナーに頼る「60年代型家族モデル」が残存しており、他のヨーロッパ諸国に比べ、仕事と家庭生活の両立は困難であると分析している。
 このような状況下、ドイツでは結婚率が低下する一方で、離婚率は上昇している。つまり、伝統的な家族像は危機に晒されており、これは出生率の低下につながっている。


 なお、ドイツでは、伝統的な家庭で育てられる子供が減っている。Bundesinstitut für Bevölkerungsforschung (BiB) の統計によると、約3人に1人の子供は伝統的な家庭で育てられておらず、父親がいない者(15%)、母親がいない者(2%)、未婚の両親(6%)、または、いわゆる「パッチワーク・モデル」にある者(9%)もまれではない。つまり、両親が離婚ないし再婚するケースが非常に増えているため、伝統的な家庭像は崩壊しつつあるが、このような状況は、19世紀に恋愛結婚という考えが導入され、それまでの家族観念を大きく覆したことに匹敵するとも捉えられている。



A “Rush-Hour of Life” と教育制度

 2006年の家族報告書は、出産・子育てを困難にする最大の要因として、いわゆる「人生のラッシュ・アワー」(27歳から34ないし35歳までの期間)における時間的圧力が他のヨーロッパ諸国に比べ非常に大きいことを挙げている。つまり、ドイツでは、教育課程を修了し、生涯の職業と生計能力を身につけた後に結婚し、家庭を設けることが出産・子育ての条件とされており(前述参照)、近隣諸国で見られるように、一端、教育を中断して家庭を築き、その後、再び教育を受け、職業資格を取得することは一般的ではない。人生の早い段階で教育を終え、定職に就かなければならないため、結婚や出産は遅れることになるが、特に、大学進学者の独立は遅れ、27歳まで親の援助を受けることもあるとされる。教育や仕事を理由にプライベートな時間が十分に持てないことは、出産・子育ての断念につながっている。なお、他のヨーロッパ諸国でも初産が高齢化しているが、スウェーデン、デンマーク、フィンランドといった近隣諸国では、34〜39歳で複数の子供を出産する女性が増え、「新たな時間」を見出しているのに対し、ドイツでは、このような状況はあまり見受けられない。


B 経済的窮状

 社会国家(sozialer Staat)を憲法上の原則に掲げるドイツは、労働者の生活を豊かにするため、様々な市場介入を行っている。また、フランスやベネルクス3国などの大陸諸国ともに、労働者に有利な「ヨーロッパ型社会モデル」を構築している。もっとも、その一方で、収入格差や貧困が大きな社会問題となっており、2003年の統計によると、子供のいる比較的若い家庭(結婚しているか否かを問わず、親が45歳以下の家庭)の収入は、いない家庭に比べ、一人当たりの収入が400〜600ユーロ少ない。また、一人当たりの平均収入の50%未満の家庭の割合も高くなっており、従来の児童手当ては良い成果を収めていない。

 なお、ドイツでは、基本的に学校教育費はかからないが、大学進学を含めると、我が国よりも教育期間が長くなり、27歳まで親の援助を受けることもあるとされる。経済的な理由から出産・子育てを断念する者が少なくないとされているが、そのようなカップルと、経済的負担を考慮した上で子供をもうけるカップルに2極化する傾向がみられる。


C 従来の政策

 詳しくは後述するように、ドイツでも、様々な家族支援策が実施されているが、その重点は直接的な経済援助に置かれ、仕事と子育ての両立には欠かせない保育施設は、現在にいたるまで十分に整備されていない。また、種々の措置の全体的効果や家族の経済状況はまれにしか検討されていない。


D 小家族を望む国民性

 ところで、出産・子育ては個人の判断に大きく委ねられており、国の政策のみに左右されるわけではない。他のヨーロッパ諸国(フィンランド、フランス、デンマーク、スウェーデン、イギリス)の20〜34歳の女性は、2.5人の子供の出産を理想的と捉えているのに対し、ドイツでは2人を切っている(ドイツ東部では1.6人、西部では1.7人)。他方、子供を一人も欲しがらない男女の割合は、近隣のヨーロッパ諸国よりも高くなっている。つまり、ドイツの出生率が低いのは、小家族を好む国民性にも基づいている。




参照 〔参照〕


Bundesministerium für Familie, Senioren, Frauen und Jugend, 7. Familienbericht - Familie zwischen Flexibilität und Verlässlichkeit





 このレポートは、平成国際大学社会・情報科学研究所編『平成国際大学社会・情報科学研究所論集』第7号(2007年)に掲載される予定の拙稿に基づいている。脚注については、同雑誌を参照されたい。




「EUの家族・少子高齢化政策」のトップページに戻る

「ドイツの少子化対策」のトップページに戻る

 
back  Next