懲 罰 的 損 害 賠 償 を 命 じ る 外 国 判 決 の 承 認 ・ 執 行


1. 懲罰的損害賠償とは


 暴行、強迫、故意、または、重大な過失によって他人に損害を与える場合など、加害行為の悪性が強い場合には、被害者が実際に受けた損害だけではなく、それを上回る損害の賠償を命じる場合がある。これを懲罰的損害賠償(punitive damages)責任と呼ぶが、悪質な加害者に対する懲罰を加え、また、再発の予防(一般予防効果)を目的としている。

 懲罰的損害賠償は、英米などのコモン・ロー諸国で発達した制度であるが、裁判所は、法律(例えば、独占禁止法や特許法など)に基づき、または、裁量によって、これを加害者に課すことができる。製品に欠陥があることを知りながら、販売し続けた業者に対する製造物責任訴訟において、実損額に加え、懲罰的損害賠償請求の支払いを命じる判決が下されることもある。

 他方、日本では、懲罰的損害賠償(責任)は認められていない。確かに、我が国にも損害賠償制度が存するが、これは、被害者が受けた損害を金銭的に評価し、その支払いを加害者に命じて損害を補填し、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的としている。したがって、罰金等の支払いに相当する懲罰的損害賠償制度は、我が国の損害賠償制度と本質的に異なる(最判平成9年7月11日、民集51巻6号2573頁[萬世工業事件])。

 例えば、服用すれば、健康障害を引き起こすことが明らかであるにもかかわらず、10年以上にわたり薬を製造・販売してきた製薬会社に対し、被害者が「制裁的慰謝料」の支払いを求めたところ、裁判所はその支払いを認めなかった。もっとも、裁判所は、通常の慰謝料の算定に際し、加害行為の悪質性を考慮することを認めている(東京高裁、昭和63年3月11日判決[クロロキン網膜症事件])。


2. 懲罰的損害賠償の支払いを命じる外国判決の承認・執行

 前述したように、日本国法上、懲罰的損害賠償責任は認められないが、これを肯定する外国判決を承認し、国内で執行することは認められるであろうか。我が国の判例は、一般にこれを否認しているが、その理由付けは異なる。

 日本法人である萬世工業が詐欺を行ったとして、カリフォルニア州民法に従い、実損額に加え、112万5000米国ドルの懲罰的損害賠償の支払いを命じた米国判決の執行が争われたケースで、第1審である東京地裁は、懲罰的損害賠償が一切、承認の対象にならないとすることは相当ではないとする一方で、巨額の損害賠償の支払いを命じる外国判決が経験法則または論理法則に照らし、合理性に欠くときは、我が国の公序に反するため、承認することができないと述べた。そして、事案を検討すると、巨額の賠償金の支払いは、我が国の公序に反するとし、米国判決の承認を拒んだ(東京地判平成3年2月18日、判時1376号79頁)。



 民事執行法第24条第2項によれば、外国判決は、その当否を調査しないで執行
しなければならないと定めているが、前掲の東京地裁判決は、これに反するため、控訴された(参照)。



 これに対し、
東京高裁は、懲罰的損害賠償は刑事罰としての性質を有すため、承認の対象にならないこと、また、そうではないといても、公序違反を理由に執行しえないと判示した。もっとも、懲罰的損害賠償ではなく、実際に生じた損害の賠償を命じる部分は承認の対象になりうるとした(東京高裁判平成5年6月28日、判時1471号89頁)。


懲罰的損害賠償を命じる外国判決の承認・執行


 最高裁も同様に、米国判決内の懲罰的損害賠償を命じる部分は、我が国の公序に反し、効力を有さないとしたが、その他の部分は執行の対象になると判断した(最判平成9年7月11日、民集51巻6号2573頁[萬世工業事件])。


 判旨で述べられている理論は、すでに文献上も主張されている。すなわち、@ 懲罰的損害賠償の非民事性を理由に、承認を拒む見解、A 公序違反を理由に承認を認めない見解、また、B承認の可能性を全面的に否定しないものの、その額や機能について検討し、我が国の公序に反すると判断される部分の執行は認められないとする見解が主張されている。


    問題 
問題



(参照)

石川明・小島武司編『国際民事訴訟法』150頁(坂本)

東京弁護士会国際取引法部会編『国際訴訟の
QA』(商事法務研究会、1996年)159頁以下(林)参照。





Voice Home Page of Satoshi Iriinafuku

「国際民事訴訟法講義ノート」のトップページに戻る