1. 原告とその訴えの概要
バナナ市場規則のケースにおいて、ECがWTO紛争解決機関(DSB)の勧告を所定の期間内に実施しなかったことに対する対抗措置として、米国が特定のEC産品にかかる関税を引き上げてから(詳しくは
こちら)ほぼ1年が経過した2000年3月以降、この措置によって不利益を受けた企業は、相次いでEC第1審裁判所[1]に提訴し、ECに損害賠償を請求している。原告はいずれもEC内に本拠を置く法人であるが、その詳細と請求理由は以下の通りである。
(1) Case T-69/00, FIAMM and FIAMM Technologies v. Council and Commission (2000年3月23日提訴)
ECがDSBの勧告に従い、バナナ市場規則の改正を完全に実施しなかったことの制裁として、米国は1999年3月3日より、EC産蓄電池に対する関税を3.5%から100%に引き上げているが、同製品を製造し、米国に輸出していたイタリア法人のFIAMM とFIAMM Technologies は、余分に支払わなければならなくなった関税額の補填をEC(厳密には、その立法・行政機関であるEU理事会と欧州委員会)に求め、EC第1審裁判所に提訴した。原告らによれば、その額は約1213万ユーロにも上る。
訴えの理由として、両者は、@EC法上の諸原則違反、特に、ECが締結した国際条約の遵守義務(pacta sunt servanda)違反を挙げている。また、A確かに、米国の関税率が将来も変更されないことを期待してはならないが、ECがWTO諸協定に違反したことへの制裁として、関税率が大幅に引き上げられることはないとする信頼や法的安定性が損なわれたと主張している。さらに、B原告らは制裁的関税(prohibitive customs)を支払うだけではなく、製品の製造拠点を移転しなければならなくなり、その財産権や経済活動の自由が侵害されたことや、CDSBの勧告に従い、EU理事会や欧州委員会がバナナ市場規則を改正しないことは、“principle of proper administration” に反すると述べている。
(2) Case T-151/00, Le Laboratoire du Bain v. Council and Commission (2000年6月7日提訴)
フランス法人の Le Laboratoire du Bain は、自らが開発・販売する入浴剤(バス・ソルト)のほとんどを米国に輸出しているが、米国の対抗措置によって、約315万ユーロの損害が生じたと主張し、その補填を求める訴えを提起した。訴えの理由として、同社もまた、@米国の制裁によって生じた損害は、WTO諸協定に違反するバナナ市場規則を維持することから直接的に生じたものであり、また、EC(厳密には被告であるEU理事会と欧州委員会)が個人の権利・利益を保護するための措置を講じていないことに基づいており、それによって、ECは一連のEC法上の原則(平等、差別禁止、信頼保護、比例性)に反すると主張している。
(3) Case T-301/00, Groupe Fremaux and Palais Royal v. Council and Commission(2000年9月20日提訴)
フランス法人の Claude-Anne de Solène とGroupe Fremaux は木綿製のシーツを製造し、米国に輸出していたが(なお、厳密には、Group Fremaux はアメリカの子会社 Palais Royal を通じて輸出していた)、追加的関税の徴収によって、約103万ユーロの損害を被ったとして、ECに補填を求めた[2]。訴えの理由として、両者も同様に、@ バナナ市場規則の改正を怠ったことによるWTO諸協定違反、A EC法上の諸原則違反、また、B所有権や経済活動の自由の侵害を挙げている。
(4) Case T-320/00, CD Cartondruck v. Council and Commission(2000年10月12日提訴)
アメリカの対抗措置は、バナナ市場規則の制定に反対したドイツの企業にも及んでいるが、紙製のパッケージ(香水や化粧品等を入れる箱)を製造する CD Cartondruck は、アメリカの制裁によって被った損害(約149万ユーロ)の賠償等を請求している[3]。訴えの理由として、両者も、@WTO諸協定違反、AEC法上の諸原則(信頼保護、差別禁止)違反、また、B所有権や経済活動の自由の侵害を挙げている。
(5) Case T-383/00, Beamglow v. Parliament and Others(2000年12月22日提訴)
同様に紙製のパッケージを製造するイギリス法人Beamglow は、米国の対抗措置によって同国の市場から完全に排除されたとして、すでに行った投資に対する補填を欧州議会、EU理事会および欧州委員会に求めている。その金額は約130万イギリス・ポンドにのぼる。訴えの理由として、 同社も、@WTO諸協定違反、AEC法上の諸原則(信頼保護、比例原則)違反、また、B所有権や経済活動の自由の侵害を挙げている。
(6) Case T-135/01, Fedon & Figli and Others v. Council and Commission(2001年6月18日提訴)
Fedon & Figli を初めとするイタリア法人は、自らの輸出品(バッグ)に対し、アメリカが報復関税を課したため、売り上げが大幅に落ち込んだとし、その補填(約229万ユーロ)をEU理事会と欧州委員会に求めている。訴えの理由として、 これらの法人も、@WTO諸協定違反、AEC法上の諸原則(信頼保護、差別禁止)違反、また、B所有権や経済活動の自由の侵害を挙げている。
2.被告
被告は、いずれもEU理事会と欧州委員会であるが、これは、1993年2月に始めて制定されたバナナ市場規則や、DSBの勧告を受け改正された同規則が欧州委員会の提案に基づき、EU理事会によって制定されていることによる。なお、欧州委員会の被告適格は、執行規則が同委員会によって制定されていることにも基づいている。
他方、 バナナ市場規則のように、農産物市場規則の制定に際し、欧州議会は、委員会の提案について拘束力のない意見を述べうるに過ぎない(EC条約第37条第2項参照)。つまり、この政策分野において、議会は狭義の立法機関ないし政策決定機関にあたらないが、諸機関の連帯責任ないし議会が(GATT/WTO諸協定に反する)バナナ市場規則の制定を阻止しなかったことを理由に、前掲の Beamglow 事件では、EU理事会と欧州委員会にならび、欧州議会に対しても訴えが提起されている。しかし、議会は拘束力のない意見を述べうるに過ぎないことに基づき、第1審裁判所は議会の被告適格を否認している[4]。このケースで問題視されているのは、EU理事会と欧州委員会の規則であり、欧州議会が制定した法令ではないこと、また、DSBがWTO違反を認定したのも理事会と委員会の規則であり、議会が制定した法令ではないことを考慮すると、第1審裁判所の判断は適切である。
EC第1審裁判所の判断は こちら
|