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4.  EC裁判所・第審裁判所による法令審査

旧来より、EC裁判所と第1審裁判所は、欧州委員会とEU理事会には裁量権が与えられているとし、その判断に対する司法審査は限定的にしか行われていない。すなわち、確立した判例法理によれば、@手続規定違反が存在しないか(より厳密には、基本規則が保障する利害関係者の手続権が侵害されていないか)、A措置の理由付けは適切か、B事実認定は適切か、C事実評価に明白な誤りはないか、また、D裁量権の行使に違法性はないかが司法審査の対象となる(Case C-16/90, Nölle [1991] ECR I-5163, para. 12)。なお、措置の合理性や目的適合性(Zweckmäßigkeit)などは審査されない。以下では、個々の点について簡単に触れることにする。

 

(1) ダンピング調査手続違反の審査

基本規則は個人の実体的権利・利益を保護するため、手続上の権利を保障している。その重要な例としては、委員会による口頭諮問(ヒアリング)を受ける権利(第6条第5項)、対審手続に参加する権利(第6条第6項)および委員会の最終判断に先立ち、その基礎となった重要な事実および理由を提示され、再度、意見を述べる権利(第20条)が挙げられる。これらの権利の侵害の有無が共同体の裁判所によって審査されるが、この点については、厳格な審査基準が判例法の中で確立している。すなわち、1991年に下されたAl-Jubail判決において、EC裁判所は、利害関係者には行政機関に意見を述べる機会が保障されているだけではなく、どのような行為が問題視されており、また、どのような事実や状況に基づき、ダンピング防止措置が発動されるかという点について、詳細に知らされていなければならないと判示している(Case C-49/88, Al-Jubail Fertilizer v Council [1991] ECR I-3187, para. 15-16)。これは、行政機関の認定した事実や判断について、利害関係者が意見を述べ、自らの利益を防御する機会を保障するためである。それゆえ、委員会は、利益擁護に重要な事項(例えば、ダンピング防止税の詳細)について説明しなければならないが、ダンピング防止税の算定方法(最も一般的な算定法)についてまで知らせる必要はない(Case C-49/88, Al-Jubail Fertilizer v Council [1991] ECR I-3187, paras. 23-24)。また、理事会や委員会は、判断の基礎となった事項について情報を提供すればよく、結論に影響を及ぼさない情報は開示しなくともよいと解される。もっとも、Al-Jubail 判決を受け、欧州委員会によって提供される情報は非常に詳細になった一方で(そのため、利害関係者の反論も詳細であることが求められる)、情報提供義務違反を理由とする訴えが増加しているが、同義務違反を理由に、委員会または理事会の規則が無効と判示されたケースは、Al-Jubail 事件以後、存在しない。これは、EC諸機関による情報開示が徹底してなされるようになったことの他、規則が無効とされるためには、単に情報提供義務違反が存在するだけでは足りず、原告は、情報提供が不完全であったため、自らの利益を適切に擁護しえなかったことを具体的に証明しなければならないことに基づいている(Joined Cases T-159 and 160/94, Ajinomoto and NutraSweet v Council [1997] ECR II-2461, paras. 96-117)。

確定課税を決定するに際し、理事会は、不当廉売価格での輸出がECの利益を害することを輸出業者に(少なくとも簡潔に)説明しなければならないが(基本規則第21条参照)、これがなされなかったとしても、暫定課税に関する委員会規則の中ですでに指摘されており、理事会の決議もこれに沿っている場合には、自らの利益を擁護する機会が輸出業者に与えられなかったとはみなされない(Joined Cases T-33 and 34/98, Petrotub and Republica v Council [1999] ECR II-3837, paras. 206-212)。また、原告に有利な判断が下されるのであれば、この点について書面による通知(基本規則第20条)がなされなかったとしても、原告の防御権が侵害されたとはみなされない(Joined Case T-159 and 160/94, Ajinomoto and NutraSweet v Council [1997] ECR II-2461, para. 98)。適時に電話で通達されている場合も同様である(Case T-147/97, Champion Stationery and others v Council [1998] ECR II-4137, para. 87)。逆に、情報提供義務違反が存するため、原告は防御権を適切に行使することができなかったと認定される場合には、EC裁判所は、理事会の判断の内容を審査することなく、それを無効と宣言している(Case C-49/88, Al-Jubail Fertilizer v Council [1991] ECR I-3187, paras. 6-25)。

 

(2) ダンピング規則の理由付け

 ECの諸機関がある措置を発する場合、理由の明示が義務付けられているが(EC条約第253)、ダンピング防止規則の制定に際しても同様に、委員会と理事会は、その理由を規則内に明確に記載しなければならない。これによって、利害関係者は自らの権利擁護が可能になるだけではなく、司法機関による審査も可能になるとされている(Case T-164/94, Ferchimex v Council [1995] ECR II-2681, paras. 90 and 118-119)。この義務違反について、裁判所は職権で調査しうるが、委員会と理事会は、あらゆる点について理由を述べなければならないわけではない(Case T-164/94, Ferchimex v Council [1995] ECR II-2681, para. 118)。例えば、利害関係者の権利保護に資さない事項や付随的な点については、理由の明記は不要である(Case C-121/86, Epicheiriseon Metalleftikon Viomichanikon kai Naftiliakon and others [1989] ECR 3919, paras. 10-16)。また、理事会の規定の中で理由が示されていなくとも、同規則で委員会の論拠が確認され、それが参照されていれば足りる(Case C-104/90, Matsushita v. Council [1993] ECR I-4981, para. 20)。

なお、EC諸機関は、1994年のGATT6条の実施に関する協定(ダンピング防止協定)によっても、理由付けが義務付けられる。すなわち、基本規則第2条第11項は、ダンピング・マージンが特別な方法で計算される理由の明示を求めていないが、ダンピング防止協定第2条第4項第2号に照らし、理由の明示が必要になるとEC裁判所は述べている(C-76/00 P, Petrotub and Republica v Council [2003] ECR I-79, paras. 49-62)。これは、同協定は適用されないとする第1審裁判所判決(Joined Cases T-33 and 34/98, Petrotub and Republica v Council [1999] ECR II-3837, para. 105)を破棄するもので、また、第1審裁判所の判断とは異なり、理事会は理由を適切に示していないと判示されている(C-76/00 P, Petrotub and Republica v Council [2003] ECR I-79, paras. 11(引用されている原判決のpara. 121, 61 and 81-91)。

 

(3) 事実認定の審査

次に、欧州委員会やEU理事会による事実認定の審査に関しては、19943月に、個人の訴えの管轄権がEC裁判所より第1審裁判所に委譲されて以降、以前より入念に審査されるようになったと説明されている。現在、多くの事例では、口頭弁論手続に先立ち、第1審裁判所より訴訟当事者、特に、理事会と委員会に詳細な質問がなされ、また、膨大な資料の提出が命じられている。もっとも、資料の中には、輸出業者の生産コスト、輸出価格や国内販売価格、また、EC企業の生産コストや販売価格など、第3者に公開してはならない資料もあり、理事会や委員会は、このような資料の提出を拒んでいる。これは、第1審裁判所手続規則によれば、同裁判所は、判断の基礎となるすべての資料を原告に開示しなければならないことと関連しているが、基本規則第14条第2項や第19条が定めるEC機関の守秘義務の重要性は、判例法の中でも強調されている(Case C-49/88, Al-Jubail Fertilizer v Council [1991] ECR I-3187, para. 17)。なお、共産主義国からの輸入品に課されるダンピング防止税の適法性が問題になったFerchimex 事件(Case T-164/94, Ferchimex v Council [1995] ECR II-2681)では、ダンピング・マージンの算定に用いられた第3者の販売価格に関する資料が裁判所に提出されたとしても、原告はその開示を請求しないとしたが、第1審裁判所はこのような実務取扱いを認めなかった。このように、企業秘密の守秘が要請される結果、裁判所は委員会や理事会の事実認定を審査しえないことも生じる。例えば、前掲のFerchimex事件では、通常価格が適切に算定されたかどうかは審査されず、委員会や理事会の判断に説得力があるかどうかのみが検討された(Case T-164/94, Ferchimex v Council [1995] ECR II-2681, paras. 66-79)。この意味において、委員会や理事会の理由付けは重要であると言える。

 なお、第1審裁判所は、規則の実体的内容を審査しなければらならないわけではなく、制定者が明白な誤ちを犯していないかどうかを検討すればよいとされる。例えば、ダンピング防止税の賦課に際し、理事会は事実関係を最終的に確定することになるが、裁判所の審査は、その時点で知りえた事実が明らかに誤って評価されていないかどうかに限定される(Case 46/98 P, EFMA v Council [2000] ECR I-7079, paras. 60-61)。実際に事実認定・評価の明白な誤りが確認されたケースは非常にまれであるが、第1審裁判所が最初に扱った事件では、理事会の判断に明白な誤りがあることが指摘され、その規則は無効と宣言されている(Joined Cases T-163/94 and -165/94, NTN Corporation and Koyo Seiko v Council [1995] ECR II-1381)。

 

(4) 事実評価・裁量判断の審査

欧州委員会とEU理事会の事実認定が適切である(信憑性がある)と判断されると、次に、諸機関の事実評価に明白な誤りがないか、また、裁量権の行使に濫用がないかどうかが共同体の裁判所によって審査される。もっとも、これらの点を指摘し、ダンピング防止規則の有効性を争うのは極めて困難であろう。なぜなら、従来より、EC裁判所と第1審裁判所は、事案の複雑さに鑑み、行政機関には裁量権が与えられているとし、司法審査に消極的であるからである(Case T-164/94, Ferchimex v Council [1995] ECR II-2681, para. 66)。管轄権がEC裁判所から第1審裁判所に委譲されたとき、裁量判断に対する司法審査は強化されることになろうと考えられていたが、この予測に反し、第1審裁判所は、行政機関の裁量権を(EC裁判所よりも)より広範囲で認めている。すなわち、複雑な経済問題に関する判断だけではなく、基本規則の適用全般について、行政機関が裁量権を有することを明確にしている(T-118/96, Thai Bicycle v Council [1998] ECR II-2991, para. 32)。その結果、委員会や理事会の論拠が説得力を有するかどうかのみが審査されている(Plausibilitätsprüfung)。なお、この論拠は、有効性が争われているダンピング防止規則の前文や、基本規則第20条に基づく口頭弁論手続においてすでに述べられていなければならないと解される(Case T-164/94, Ferchimex v Council [1995] ECR II-2681, paras. 90 and 118)。このように、委員会や理事会の裁量権に基づき、消極的な司法審査しか行われないため、その違法性が裁判所によって認定されたのは非常にまれであるが、基本規則が裁量権行使に要件を設けているときは、その遵守が審査され、裁量判断の暇疵が認定されることもある。例えば、共産主義国からの輸入品がダンピング調査の対象になるとき、通常価格は、同国ではなく、市場経済が採用されている第三国内の代替製品の販売価格に代えることができる(基本規則第2条第7項)。この第三国の決定に関し、ECの機関には裁量権が与えられているが、同2号は、適切かつ合理的な方法で選択されなければならないと定める。ところが、中国産の清掃・ペンキブラシに課されるダンピング防止税の適法性が問題になったNölle 事件において、委員会と理事会は、その妥当性が疑問視されていたにもかかわらず、スリランカにおける販売価格を基準にしてダンピング・マージンを算出した。他方、原告によって提案されていた台湾での販売価格を用いることについては十分に調査されなかった。それゆえ、第三国の選択が適切ではなかったとして、EC裁判所は規則を無効(invalid)と判断した(Case C-16/90, Nölle v HZA Bremen-Freihafen [1991] ECR I-5163, paras. 29-36)。なお、判決では、実際に選択されたスリランカにおける販売価格が不適切で、原告が指摘した台湾における販売価格を用いることが適切であるかどうかについては判示されていない。

ところで、EC裁判所と第1審裁判所は、EC諸機関の裁量判断に明白な暇疵がないか、また、裁量権行使に濫用がないかについて審査する際、差別禁止、比例性および信頼保護の原則違反についても検討している。しかし、諸機関に裁量権が与えられていることを理由に、この審査も限定的である。

 



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