国 際 訴 訟 競 合


1.はじめに

 これまでの授業では、国際民事紛争が生じた場合、どの国の裁判所に訴えを提起すればよいかという問題(国際裁判管轄に関する問題)について説明した。裁判管轄に関しては、我が国の民事訴訟法の中にも規定があるが(第4条以下)、それらは国内事件に関して適用されるものであり、渉外事件には適用されないと解されている。従って、国際裁判管轄については、当事者間の公平や裁判の適正・迅速性などといった条理に照らして判断するのが相当であるとされる。もっとも、民事訴訟法内の裁判管轄に関する規定の内容も合理性に欠けるというものではないため、これらの規定を参酌して国際裁判管轄を決定してもよいと考えられるが最高裁「マレーシア航空事件判決」参照)、ただし、これでは当事者の公平に反したり、または裁判の適正や迅速性などの要請に反するといった不都合が生じる場合には(すなわち、特段の事情が存する場合には)、条理に照らし決定するとされる。従って、日本の民事訴訟法上、日本国内の裁判所が管轄権を有し、日本の裁判所に管轄権を与えても不都合が生じない場合には、我が国の裁判所が裁判をなしうると言える。

 このように、国内法の規定に従って国際裁判管轄が決定されるとすれば、我が国の民事訴訟法は複数の裁判所の管轄権を認めているから、訴えが複数の裁判所に提起されることもありうる。また、国際訴訟実務においては、以下のような事例が実際に生じている。




国際二重起訴のケース 

 アメリカ法人の製鉄会社Xは、日本の機械メーカーYより機械を購入し、製品を作っていたが、機械の使用中、従業員が負傷した。そのため、Xは自らの所在地で、損害発生地でもある米国の裁判所おいて、Yを被告として製造物責任を問う訴えを提起した。これに対し、Yは、日本の裁判所に訴えを提起し、債務不存在の確認を求めた(つまり、Yは本件の従業員の負傷に関し、賠償責任を負わないとすることの確認を裁判所に求めた)。

二重起訴



 

 従って、本件では、製造物責任の有無に関して、米国と日本の裁判所に訴えが同時に係属し、事件が並行して審理されることになった。

 




 

 訴えが複数の裁判所に係属することを訴訟競合という。これより


@

訴訟経済(訴訟に関する裁判所、当事者、およびその他の関係人の労力・出費をできるだけ少なくするという訴訟制度上の要請)に反する。

A

被告にとって不公平である。なお、上掲のケースのように、前訴と後訴の被告は異なることがあるが、このような場合であれ、後訴の被告は別の裁判所で応訴しなければならず、負担が増える。


B

複数の裁判所が、内容の矛盾する判決を言い渡すことがある

といった問題が生じる。したがって、民訴法第142条は、重複して訴えることを禁止している(具体的には、後訴を不適法としている)。同規定は、国内事件に関してのみ定めているとされるが、上述した訴訟競合の欠点は、国際事件にもあてはまる。従って、国際事件に関しても、二重起訴を規制する必要性が指摘されている。これに対し、二重起訴の規制に消極的な見解も主張されている。以下では、学説や裁判例について検討する。



2.規制消極説

 (1) 関西鉄工事件

 前掲のケースに類似する事件において、大阪地裁は、民訴法旧第231条(新第142条)の定める訴訟競合は生じていないと判示した[1]。なぜなら、同条にいう「裁判所」とは国内裁判所を指し、外国の裁判所はこれには含まれないためである。従って、外国の裁判所において、同一の権利・義務関係について争われている場合であっても、二重起訴として禁止されないとする。その他、損害・遅延を避けるための移送に関する規定(第17条)は、外国の裁判所に係属した事件には適用されないこと、また、安易に外国の裁判所に係属する前訴を優先してもよいとは限らないことも、二重起訴の規制に反対する根拠になっている[2]

 なお、本件において、大阪地裁は、Y勝訴の判決を下した。他方、アメリカの裁判所は、Yに損害賠償債務の履行を命じる判決を出したため(Yの敗訴判決)、日米両国で、同一の事案について矛盾する判決が下されるという事態が生じた。後日、Xがアメリカの判決の承認・執行を求めて大阪地裁に訴えを提起したところ、大阪地裁は、これを承認しなかった。なぜなら、同判決は、我が国の裁判所の判決に矛盾しており、これを承認すれば、我が国の法秩序を乱すことになるためである(第118旧第2003号)[3]


(2) 規制消極説の検討

 規制消極説の根拠としては、以下の点が挙げられる。例えば、訴訟競合が生じているかどうかの調査は、職権調査事項[4]であるとすると、国内の裁判官は過度の負担を負う。また、そのために裁判が遅延しかねない[5]

 もっとも、規制消極説によると、矛盾抵触する判決が下されることがある。この問題は、日本の裁判所の判決を優先させることで解決することも可能であるが、このような処理の仕方は、国際司法協調の考えに反するし、また、外国判決の尊重という外国判決の承認・執行制度の趣旨に反する。さらに、原告(の裁判を受ける権利)が十分に保護されないといった事態も生じうる。



3.規制積極説

 そのため、国際訴訟においても、二重起訴を禁止するという考えが有力であるが、規制の方法について、以下のような見解が説かれている[6]


@ 承認予測説

 この見解は、外国裁判所の前訴判決が確定し、それが我が国において承認されることが確実な場合にのみ、(我が国の裁判所に係属した)訴を不適法とすべきとする[7]

 この理論によれば、規制消極説の欠点を克服することができるが、もっとも、以下の問題が生じる。


将来、外国の裁判所が下すであろう判決が我が国で承認されるかどうかをどのように予測すればよいか。

また、訴訟係属時はどのように判断すべきか(その準拠法はどのようにして決定すべきか)どうか[8]

 

リストマーク

これは、どの訴えが先に係属したかを決定する上で重要である。

 


外国における訴訟の係属は、職権調査事項とみるべきかどうか、また承認の予測が間違っていた場合にはどうするべきか。

 それゆえ、前訴判決が下されるまで、後訴手続は中止すべきとする考えも提唱されている。


A適切な法廷地説

 これは、どの裁判所が事件を判断するのが適切かどうかを考慮して、不適法となる訴えを決定すべきとする見解である。英米法上のフォーラム・ノン・コンビーニエンスの法理と考えを共通にし、事案の特殊性を考慮して訴訟競合を規制するというこの理論によれば、具体的妥当性に富む解決が図られるが、以下の問題も払拭しえない。


我が国の裁判所は日本を適切な法廷地と考え訴訟審理を継続するものの、外国裁判所も同時に審理を行う場合には、矛盾した判決が下される可能性がある。

我が国の裁判所が訴えを却下した後に、外国の裁判所も訴えを却下する場合には、原告の裁判を受ける権利が保障されない。



[1]      大阪地判昭和48109日、判時72876頁。

[2]      東京地中間判決平成元年530日=民事訴訟法判例百選I(新法対応補正版)50頁参照。

[3]      大阪地判昭和521222日、判タ361127頁。なお、大阪地裁は、外国裁判所の判決の確定が先に下されていようとも、常に日本の裁判所の判決が優先すると判断した。

[4]      職権調査事項とは、当事者の申し立てがなくとも、裁判所が自主的に調査し、必要な処置をとらなければならないとされる事項である。例えば、訴訟要件の充足、裁判所の構成に関する違法性(民訴法第312条第2項)、口頭弁論の公開(同第5号)、強行規定の遵守、除斥原因の有無(第23条第1項)、事件に適用すべき実体法規の探索などが挙げられる。二重起訴の禁止に触れるかどうかは、訴訟要件の充足に関する問題であるので(つまり、訴訟障害要件が存在するかどうかに関する問題である)、職権調査事項とされている。

[5]      その他の理由につき、石川=小島「国際民事訴訟法」(青林書院、1994年)75頁以下。

[6]      学説につき、石川=小島・前掲書76頁以下参照。

[7]      この考えを採用する裁判例として、東京地中間判決平成元年530日=民事訴訟法判例百選I(新法対応補正版)50頁参照。

[8]      我が国では、通常、訴訟係属は、被告に訴状が送達されたときに生じるとされているが(こちらを参照)、訴状が裁判所に提出されたとき、また、訴訟要件の充足に関する裁判所の審査が終了したときに係属すると定める外国法もある。





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