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ECのバナナ市場規則に関する法的問題


 banana  3. EU理事会における審議
 

 委員会の提案に基づき、正式に政策を決定(ないし法令を制定)するのは、EU理事会 の任務である。理事会は、各加盟国より1名の代表で構成される(EC条約第203条第1)。それゆえ、ECの政策決定(ないし立法)は、実質的に加盟国によってなされると言えるが、もっとも、加盟国が棄権しても、理事会は議決を取りうるため(議決に全会一致が要求される場合であっても同様である)、政策決定を行うのは、あくまでも理事会である。同様に、決定されるのはECの政策であり、加盟国間の政策ではない。従って、それによって権利を侵害された者は、ECに損害賠償を請求するべきである。なお、ここで検討するバナナ市場規則がWTO法に反するため、米国はECに制裁を加えているが、かつて米国は、バナナ市場規則に賛成したEU加盟国にのみ制裁が加わるように(逆の観点からすれば、同規則に反対した加盟国には直接的な損害が生じないように)制裁措置の内容を検討したことがあった。このような制裁も示唆に富むが、前述したECの責任に一致しない。

 EC設立当初は、全会一致により議案が可決されていたが、現在では、全会一致制度はむしろ例外的で、通常は多数決制度が適用されている。当初は、6ヶ国によって設立されたECも、現在では25ヶ国が加盟しており、全加盟国の見解を取りまとめるのは容易ではないため、多数決制度にもメリットがあるが、しかし、これによるならば、各国の利害関係が十分に調整されることなく、多数派の論理で議案が可決されるといった弊害もある。

 多数決制度には、加盟国の絶対的過半数の賛成を必要とする場合と、特定多数の賛成票 を必要とする場合がある。後者の場合、加盟国の持票数は、均一ではないEC条約第205条参照)。両者の何れが適用されるか、また、欧州議会は立法手続にどの程度関与しうるか は、各政策分野ごとに異なっている。なお、ある特定の政策分野においても、案件ごとに立法手続が分かれることがあるため、注意が必要である(各政策分野の立法手続については、EC条約内に明定されている 参照




 ECは、EC条約が掲げる権限を、同条約の定めに従ってのみ行使しうるため個別的授権の原則、第5条第1項など参照)、所定の立法手続を遵守することは肝要である。所定の手続に違反して制定された法令は、EC条約第230条第2項の「重要な手続要件違反」にあたり、無効である参照

 立法手続は、特に、@ 理事会の議決、A 欧州議会の役割 や、B 制定される法令の態様(第249条参照)の点で異なっているが、これらは、加盟国間の利害関係、ECへの実質的な主権委譲の程度ないしはECの政策に対する加盟国のコントロールの度合い、また、国内法に対するEC法の介入の程度を考慮して定められている。例えば、加盟国間の見解や利益が大きく異なっているような案件については、理事会が全会一致により(多数決ではない)法令を制定する。また、多数決制度が採用される場合であれ、加盟国の裁量の余地を認める 指令 が制定される(例えば、社会政策 を参照されたい)。このような案件に関し、欧州議会の権限は一般に制限されているが、これは、加盟国が立法手続を統制しようとしているためである。

 バナナ市場規則など、ECの農業法令は、欧州委員会の提案に基づき、欧州議会の意見を聞いた後に、EU理事会が特定多数決にて制定する参照。欧州議会は、拘束力のない意見を述べうるにすぎないが、これは、農業政策は加盟国の利益に大きく関わるため、議会の関与を制限し、自らが直接統制しようとする加盟国の意志の表れである。なお、EC設立当初、EU理事会は、全会一致にて法令を制定していたが、現在は、特定多数決に変更されている(参照)。


農業規則の立法手続


農業規則の立法手続



 加盟国のバナナ市場を統合するための規則など、EC農業市場規則の制定には、特定多数決制度 が適用される(EC条約第37条第2)。委員会のバナナ市場規則案の議決に際し、当初は、いわゆる「北国」(ドイツ、ベルギー、オランダおよびデンマーク)の反対によって、規則案の採択を阻止することができた。ところが、その後、デンマークが「南国」側に回ったために、19932月、同案は可決されるに至った。その背景には、もしデンマークが規則案の採択に反対し続けるのであれば、同国が理事会の議長を務めるその年の後半、フランスやイギリスは、あらゆる法案の採択を阻止すると脅した事情があるとされる (理事会議長国制度について

 

 ところで、バナナ市場規則などの農業市場規則の制定に際し、欧州議会は、拘束力のない意見を述べうるに過ぎないため参照、影響力や統制力に欠けるが、バナナ市場規則に関し、同議会の多数意見は、欧州委員会の法案に賛成することでまとまっていたと解される。なお、議会が意見を表明した後、理事会は法案を一部修正し、採択した。それは、例えば、中南米産バナナに課される関税を、従関税から従関税へと変更することに関するものであったが、修正理由は明らかにされていない。


従価関税
従量関税
関税:価格の20% 修正 関税:1トン当たり100ECU


 しかし、この修正によって輸入制限が実効的になることは明かである。なぜなら、当初の委員会案(従価関税)によると、バナナの値段に対し、20%の関税が課されるため、価格を下げれば輸入しやすくなるのに対し、修正案によると、1トンあたりに100 ECU(エキュー、現在ではユーロ)の関税が課されるため、価格の高低にかかわらず、輸入を効果的に抑制することができるためである。なお、バナナ市場規則は、第三国産バナナの輸入量に上限を設けているため、上述した関税措置よりも、より実効的に(絶対的に)輸入を制限しうる。

 ところで、ドイツ連邦政府は、同修正によって、@委員会の法案作成権だけではなく、A欧州議会の諮問権限が侵害されたと主張して、バナナ市場規則の有効性を争ったが、EC裁判所はこれを容れなかった(Case C-280/93, Germany v. Council [1994] ECR I-4973 ff. (Rdnrn. 30 et. seq.))まず、@の点に関しては、委員会が理事会による法案修正に同意していることや、立法手続の迅速性・便宜性が考慮されている。確かに、理事会による法案の修正は、理事会による法案の作成に匹敵し、委員会の法案作成権を弱めるものであるが、EC条約上、これが認められていないわけではない。また、本件では、理事会の審議に立ち会った委員会の農業政策担当委員が、法案の修正に同意しているが、これが 委員の合議制 に反するかどうかも争われたが、後日、委員が合議の結果、法案の修正を承認しているのであれば、特に不都合はなく、立法手続の柔軟性を高めるためにはむしろ望ましいと言えよう。もっとも、修正案がECの官報上で発表されなかったことには問題があろう(ECの立法手続の透明性を高めるため、法案は通常、公表される)。また、この観点から、Aの点についても検討すべきである。EC裁判所の確立した判例によれば、法案の修正により、その内容が実質的に変更される場合は、再度、欧州議会に意見を求めなければならないとされているため(なお、この場合であっても、欧州議会の意見に理事会は拘束されない)、法案の実質的修正の有無について検討しなければならないが、本ケースにおいて、EC裁判所は、従価関税から従量関税への変更によって、輸入制限が必ずしも重くなるとは限らないため、法案は実質的に修正されていないと判断した。これに対し、GATTの紛争処理委員会(パネル)は、新しい関税率は23%になると見積もっているが(参照)、これによるならば輸入制限は重くなる。また、従来のパネルの判断によると、このような税率の引き上げだけではなく、関税の形態の変更(例えば、本ケースのように従価関税から従量関税への変更)も、GATT2条に反する。当初の委員会案によれば、GATTには反しなかったとされるが、GATTに抵触する修正案に欧州議会が同意するかどうかは明らかではない。確かに、欧州議会自身は、この点に不服を申し立てていないため、修正案を黙認しているとも解される。もっとも、前述した通り、修正案は事前に公表されていなかったのであるから、欧州議会が修正案の内容を知悉しえたかどうかは定かではない。また、バナナ市場規則は、制定後、ECの官報に掲載されたため、その内容を確認した上で、欧州議会はEC裁判所に提訴することも可能であったが、その労力をも考慮すると、訴追を控えることもあろう。立法手続に関するEC条約内の規定は強行規範性を有し、各当事者の任意処分は許されないため、議会の見解にかかわらず、この問題は真剣に取り扱われるべきであった。ドイツ連邦政府が提起した訴えの中で、EC裁判所が委員会や理事会に法案修正理由の陳述を求めていないのは問題である。


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