第1回法律上の責任(法的責任)と道徳・倫理上の責任の違い

 AがBに車を販売するとき、Aは売主として以下の責任(義務、債務)を負う。  

① Bに車を引き渡す責任
② Bに車の所有権を移転する責任
③ 車に欠陥があれば、修理する責任

 これらの責任(義務、債務)は売買契約から生じる。民法は売買契約を含む13種の契約について定めているが、Bが消費者である場合には、民法だけではなく、消費者契約法が適用され、Bはより厚く保護される(参照)。また、Aが自動車製造業者でもあるときは(なお、一般的には、自動車の製造者と販売者は異なる)、製造物責任法が適用され、Aの責任が重くなる。

 例えば、車に欠陥があったためBが負傷したとき、BがAに損害賠償(例えば、治療代)を請求することができるが、民法によるならば、Bは、①Aがある特定の注意義務を負っていること、そして、②その注意義務が守られず、欠陥のある車が製造されたこと、つまり、Aの故意または過失を証明しなければならない。特に、②の証明は容易ではないが、それができないとき、Bの損害賠償請求は認められない。このような不都合をなくし、被害者であるBを保護するため、製造物責任法は、Bは、①車に欠陥があったことと、②それを原因とし、損害(Bの負傷)が生じていることを証明すればよいとしている(製造物責任法第3条)。つまり、BがAの過失について主張・証明する必要はない。そして、Aが自らに落ち度がなかったこと(無過失)を証明できないとき、Aは損害賠償を支払わなければならないことになる(第4条)。

◎ 民法第415条による場合
 Bは以下の点を主張・証明しなければならない。
   ① Aは、ある特定の注意義務を負っていること
   ② Aがそれに違反したこと(Aの故意・過失)
   ③ ①と②によってBに損害が発生していること
 Bがこれらの点を証明できないとき、Bは損害賠償を請求できない。

◎製造物責任法第3条、第4条による場合
 Bは以下の点を主張・証明しなければならない。
  ① 車に欠陥があること
  ② その欠陥を原因とし、Bに損害が発生していること
 BはAの過失について証明しなくてよいが、Aが自らの無過失を証明できないとき、Aは損害賠償を支払わなければならない。

 なお、Bは自らに有利な規定、一般的には、製造物責任法第3条に基づき損害賠償を請求すればよく、それが認められるならば、他の規定、例えば、民法第415条に基づく請求は認められない。

 民法、消費者契約法、製造物責任法といった法律に従い発生するAの責任(義務、債務)を法律上の責任ないし法的責任と言う。そして、Aがこの責任を果たさないとき、つまり、民法や消費者契約法に従わないとき、Bは裁判所に訴えを提起し、その履行を求めることができる。


・契約責任(約定債務)と非契約責任(法定債務)
 前掲のAの法的責任は売買という契約、つまり、AとBの合意ないし約束から生じるが、AがBと契約を結んでいない場合でも、Aは法律に基づき、責任を負う場合がある。例えば、AがBを車でひき、Bにけがを負わせたとき、Aは法律に基づき、治療代(損害賠償)を支払う義務を負う。仮に、AB間で合意が成立しなくても、または、Aがそれを拒むような場合であっても、Aは法律に従い、治療代(損害賠償)を支払わなければならない。

 Bを負傷させたAの行為を不法行為と呼び、それに基づくAの責任を不法行為に基づく責任と呼ぶ。民法はAのこの責任についても定めているが(第709条以下)、契約、つまり、AとBの約束ないし合意から発生する約定責任(約定債務)と対比させ、法定責任(法定債務)と呼ぶ。

 前述した自動車製造業者(メーカー)としてのAの責任も、製造物責任法という法律に基づき発生する法定責任(法定債務)と捉えることができる。
 

・民事責任と刑事責任
 ところで、AがBを車ではね、けがを負わせるとき、Aは刑罰を科されることがある。刑罰は刑事法(この場合は、一般法としての刑法、特別法としての自動車運転処罰法)に基づき科されるため、Aは法律上の責任を負うが、前述した民法上の責任(例えば、車の引渡し、修理、損害賠償支払いに関する責任)を民事責任と呼ぶのに対し、刑事責任と呼ぶ。 


・道徳、倫理上の責任
 スポーツマンシップにのっとり競技を行う、年配者には礼儀正しくする、公共の場では静かにふるまうといったことは法律で定められているわけではない。これらは、いわゆる社会ルール(道徳・倫理)であり、それに違反したからといって、刑罰を科されるわけではない。つまり、それに違反した者が負うのは道徳、倫理上の責任で、刑事責任ではない。ただし、それが犯罪行為に該当する場合には(例えば、名誉棄損)、刑罰を科されることがある。また、それによって他人に損害を与えたときは、それを賠償しなければならない場合がある(民事上の責任)。例えば、不倫に基づく慰謝料請求を裁判所は認めている。

 スポーツのルールは法律ではないため、それに違反しても法律上の責任を追及されることはない(刑罰は科されない)。ただし、それによって他人の権利や法的に保護される利益を侵害したときは、賠償しなければならない(民事責任)。

  • 法律は立法機関(議会)によって制定される。なお、地方公共団体の議会が制定する法を条例と呼ぶ。
  • スポーツのルールは立法機関が制定した法律ではない。







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