7. EC裁判所による権利保護
ドイツ政府によって提起された訴訟において、EC裁判所は、バナナ市場規則によって、果実輸入業者の所有権や職業活動の自由(ないし自由に営業を行う権利)は侵害されないと判示して、訴えを棄却した(1994年10月のバナナ判決[Case C-280/93, [1994] ECR
I-4973])。その理由は、両法益について、以下のように異なっている。
7.1. 主要法益の保護
(1) 所有権
まず、所有権の侵害に関して、EC裁判所は、バナナ市場規則は所有権に何ら触れるものではないと簡略に判断した。なぜなら、確かに、輸入業者は市場シェアを失うことになったが、そもそも、それは所有権によって保護されないためである (para. 79) 。ところで、かつて、EC裁判所は、個人が努力して獲得した財物は、所有権として保護されると判断したことがあるが(Case 5/88, Wachauf
[1989] 2609, para. 19)、これに照らすならば、バナナ輸入業者がその努力により獲得した市場シェアは保護されてしかるべきではなかろうか。また、確かに、通常の市場競争においては、何人も現在の競争力の維持を所有権に基づき訴えることはできないため、通常の市場競争の結果として、マーケット・シェアが低下しても、所有権が違法に侵害されたとみることはできない。しかし、このような場合とは異なり、公権力によって市場占有率が強制的に剥奪される場合には、所有権の侵害と考えることもできよう。これを所有権の収用とみるか、または制限とみるかはさておき、何らの補償もなく、市場シェアを剥奪することには問題がある。
その他、所有権に関しては、以下の点も指摘すべきであろう。通常、バナナは、まだ熟さない状態で輸入し、陸揚げ後に、黄色く熟させ、販売される。そのために、輸入業者は大型の倉庫を所有しているが、バナナ市場規則によって、輸入量が制限されれば、同施設の利用価値も当然低下する。従来のEC裁判所の判例によると、財物の利用価値が減少する場合には、所有権の侵害を認定しうる(C-44/89, von
Deetzen [1991] ECR I-5119, para. 29)。さらに、バナナの輸入量低下によって、経営危機に陥った業者もあったとされるが、企業の存続やいわゆる「のれん」が保護されるべきかどうか検討すべきであったと思われる。
(2) 職業活動の自由
他方、職業活動の自由に関しては、EC裁判所は、バナナ市場規則が同法益を侵害することを認定している。そして、それが公共の福祉を増幅するために必要であるかどうか、また、その目的に照らし不相応で、同権利の本質が侵害されているかどうかについて検討している。結論から先に述べれば、EC裁判所は、輸入制限措置の違法性を否定しているが、この判断は種々の観点から批判しうる。例えば、輸入規制措置による負担が大きいことは、Gulmann 法務官によって幾度も指摘されている通りであるが、EC裁判所は制限措置の程度が相応であるかどうかについて十分に検討していない。また、確かに、中南米産バナナの輸入は制限されるのみで、禁止されるわけではない。従って、職業活動の自由の本質は侵害されないとも解しうる。しかし、市民はこの自由を実際にどの程度、享有しうるかについて検討すべきであったと解される。従来、EC裁判所は、経済活動の自由が制限されたとしても、権利者は、依然として、通常の収益を上げうることができるかどうかを審議しているが(Case
C-44/89, von Deetzen [1991] ECR I-5119,
para. 29)、本件においてもこの点を検討すべきであった。
また、EC裁判所は、従来、中南米産バナナを取り扱ってきた者は、今後、EC・ACP諸国産バナナを取り扱うことができるため、営業の自由が違法に制限されることはないと結論づけている(paras. 81 et al)。しかし、そもそもこのような取引が可能であるかどうかについて検討すべきであったと解される。ある業者の見解によると、EC・ACP諸国産バナナ取引業者の結束は固く、中南米産バナナ業者が参入する可能性はほとんどないとされる。なお、EC裁判所は、後者は、前者から、中南米産バナナの輸入ライセンスを購入すれば、引き続き輸入を行いうると述べているが(paras. 84 et al)、もともとは自らが開拓した輸入枠を、対価を支払って買い戻すという制度そのものに問題がある。ところで、バナナ市場規則の効力は、EC域内に限定されるため、東欧諸国等には、バナナを自由に供給しうる。しかし、EC域内における営業活動が制限されるため、それによって、同制限が正当化されるものではない。
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