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EUの教育政策

1. EUの教育政策の理念と目標

 2021年1月現在、EUには27のヨーロッパ諸国が加盟しているが、EUは、これらの国々の文化を尊重し、かつ、ヨーロッパの文化遺産を保護・発展させるものとされている(EU条約第3条第3項参照)。また、EUは、EU市民に教育を受ける権利を保障し、EU内の教育・知的水準を高めることを目標としている(同条約前文参照)。

 これらの責務・目標を実現するため、現在、EUには教育政策を実施する幅広い権限が与えられている。しかし、根本的な権限は加盟国が保有しており、EUは加盟国の教育政策を支援・調整しうるに過ぎない。これは、教育が加盟国の文化や歴史に深く関わっていることに基づいている。例えば、歴史観は加盟国間で統一されているわけではないため、全ての加盟国で共通の歴史教育(社会科教育)を行うことはできない。また、EUは各国の多様性、ここでは言語を尊重しなければならないため、国語教育を統一することは認められていない。

 ところで、EUは1950年代に設立された三つの欧州共同体を基礎としている。中心的な役割を果たしてきた欧州経済共同体(EEC)は、文字通り、加盟国間の経済統合を目的とした国際機関であったが、特に、加盟国間における労働者(人)、商品、サービス、資本の移動の自由の保障を重要な課題としていた。例えば、ある加盟国の国民が他の加盟国に移住し、国籍に基づく差別を受けることなく働くことができる制度・環境を設けることが責務とされ、これを実現するために必要な権限がEECに与えられていた。EEC、ないし、今日のEUには、これを行使し、制度・環境を整えるだけではなく、他の加盟国で働くことへの関心を高め、移動を促進することも求められているが、まさにこれがEUの教育政策の理念となっている。つまり、EU内における人々の移動を促進することがEU教育政策の根本的な柱となっている。そして、それに照らし、EUは以下の目標をEUは掲げている。

1. 交換留学制度による外国語力の修得・向上 
2. 教員の交流を通じた他の加盟国の教育・職業教育制度の相互理解
3. 資格(卒業資格、職業資格、学位)の相互承認

 なお、このように、EUの教育政策はEU市民を直接の対象とする性質を持っている。それゆえに、その教育政策は、EUを市民に身近な存在にするとともに、欧州統合への市民の関心・支持を高めるといった重要な役割も持っている。

 さらに、雇用情勢の悪化に伴い、近年は雇用政策の役割も果たしている。

2. EUの権限

 前述したように、EUは1950年代に創設された三つの欧州共同体、とりわけ、欧州経済共同体(EEC)を基礎としている。この共同体は経済統合を目的とした国際機関であり、教育、文化、スポーツといった分野で権限は与えられていなかったが、1993年11月に発効したマーストリヒト条約に基づき、これらの分野でも権限が与えられることになった。なお、このような権限拡充、別の観点か述べるならば、管轄分野の拡大に伴い、欧州経済共同体(EEC)は、その名称から「経済」が取れ、欧州共同体(EC)に改名された。
 
 ただし、教育に関するECの権限は弱く、根本的な権限は加盟国の下に残されている(前述「1. EUの教育政策の理念・目標」参照)。つまり、ECは加盟国の政策を調整・支援しうるに過ぎない。この点は、ECがEUに発展した現在でも変わっていないばかりか、EU基本条約では、加盟国が基本的な権限を有することが明記されている。なお、この点は、1980年代におけるEU裁判所の判例で度々、確認されている。

 特に、EUの機能に関する条約第165条第1項は、教育内容や教育制度の構築ならびに文化や言語の多様性に関し責任を負っているのは加盟国であり、EUはそれを厳格に尊重した上で、EU内の教育の質を向上させることについて定めている。確かに、そのために必要な措置を、EUの立法機関であるEU理事会と欧州議会は共同で定めることができるが、加盟国の政策・措置を調整することは赦されていない。

 なお、教育・職業訓練の内容そのものではなく、他の加盟国で教育・職業訓練を受ける機会を保障するために必要な措置を講じることはEUに与えられているが、これは、人の移動の自由ないしサービス(教育サービス)を受ける自由の保障に関わるためである。

3. EUの措置

 このように、教育分野において、EUに強力な権限は与えられていないが、EUの立法機関であるEU理事会(ないし同理事会に出席する全加盟国代表)は、すでに1970年代より一連のプログラムを採択しているが、これらは人の移動の自由を活性化することを目的としている。つまり、①交換留学制度を通じた外国語能力の習得、②加盟国教育機関の協力制度の構築、③教員間の交流の促進などを実施することが決定されている。

 1980年代に入ると、さらに多くのプログラムが導入された。その中でも、学生の交換留学を促進するため、1987年、エラスムス計画(ERASMUS)が立ち上げられた。なお、当初、実施期限は設けられていなかったが、2007年、ソクラテス計画(Socrates)の中に組み込まれることになった。ソクラテス計画が廃止されると、2014年、新たに、エラスプス・プラス計画(ERASMUS+)がスタートした。この新計画には、成人や児童を対象とにした別のプログラム(Leonard da Vinch、Comeniusなど)も組み込まれ、以下の措置を含む包括的な計画に発展している。

  • 教育制度の現代化
  • 若年失業者に対する支援




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