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サンテール欧州委員会の辞任と欧州議会制度
  


  目 次
1.サンテール欧州委員会の辞任の背景
2.独立専門家委員会の報告書
3.欧州委員会の辞任と欧州議会制度
4.次期委員長の選出
明日を見つめる少年


 以下は、拙稿「ユーロ導入後のEU(欧州連合) ― 1999年上半期におけるEUの法と政策の発展 ―」平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第4巻第1号(1999年11月)53〜100頁より抜粋したものであるが、部分的に修正してある。このホームページ上では、脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌を参照されたい。





1.サンテール欧州委員会の辞任の背景

 欧州委員会の長とその他の19名の委員の任期は5年であるため(EC条約第214条第1項)、ルクセンブルクの元首相ジャック・サンテール(Jacques Santer)を長とする委員会(以下、サンテール委員会とする)の任期は1999年末まで継続することになっていた。そして、新たな委員会の任命については、アムステルダム条約の規定を適用し、1999年前半に検討を開始する予定であった。ところが、サンテール委員会を早期辞任に追い込む事態が発生した。これは、委員会の不正疑惑や職務怠慢を理由とする欧州議会の批判が強まったことに密接に関連している。

 1998年後半以降、欧州議会による委員会批判は激しさを増し、翌年114日、委員会の不信任案が議会に提出された。もっとも、その採択に必要な投票数の3分の2かつ議員の過半数の賛成は得られなかったため(EC条約第201条第2項参照)、当初の予測通り、不信任案は否決され、委員会は一時、危機を乗り越えた。ところが、その直後、議会は、第3者に委員会の不正疑惑、職務怠慢ないし職権濫用や縁故採用(nepotism)について調査させるべき旨を決定し、委員会の承認と協力を得て、独立専門家委員会(Committee of Independent Experts)を設立した。同専門家委員会は22日より活動を開始し、1ヶ月半後の315日に、委員会の不正融資疑惑、職務怠慢や縁故採用を指摘する報告書を発表すると、翌日、サンテール委員長は委員会の総辞職を表明した。


サンテール前欧州委員長

サンテール
前欧州委員長


写真提供

Audiovisual Library European Commission




2.独立専門家委員会の報告書(1999315日付)

 提出期限として指定されていた1999315日、独立専門家委員会は全9章(A4判で全145頁)からなる報告書を欧州議会と欧州委員会に提出した。同報告書の中では、欧州議会や公の場で取り上げられたことのある委員会の不祥事について詳細に、また淡々と述べられているが(なお、独立専門家委員会の判断には、法的または政治的な拘束力はない)、より詳細な検討は第二次報告書に委ねるものとされた。

 3月に提出された(第1次)報告書において、独立専門家委員会は、サンテール委員長と数名の委員の名を挙げ、各自の職務怠慢ないし職権濫用を批判している。また、詐欺事件については、各委員は、直接的および個人的に欺行為に関与しているわけではないが、詐欺の発生を防止する責任があったとして厳しく非難している。さらに、委員の数名は、官吏採用規則を遵守せず、自らの親類ないし知人をECの(高級)官僚に任命したこと、また適法な採用手続の結果であれ、縁故者を自らの部署の職員に採用すべきではないことを指摘し、特定の委員の職員採用実務を批判している。そして、最後にまとめとして、以上の点につき、個々の委員だけではなく、委員会全体としても 各委員は、他の委員の職務に対するコントロールを怠ったため 責任を負うべきであり、各委員および委員会は責任感が全くないと述べている。また、委員会内の情報交換制度や自己検査制度は十分に機能していないこともあわせて批判している。

 上述したように、独立専門家委員会は、詐欺事件や委員会の職務怠慢ないし縁故採用を非難しているが、これらの点は欧州議会やマスコミによってすでに告発されており、独立専門家委員会が新たに突き止めたわけではない。辞任声明から一夜明けて、サンテール委員長は、独立専門家委員会が指定した詐欺事件の大半は、1995年以前に生じたものであり、それ以降になされた対処策については考慮されていないと反論している。また、個々の委員や委員会は職務遂行に関して全く責任感がないとする結論は極めて不当であると反論している。確かに、独立専門家委員会は、欧州委員会が不正事件に直接関与していたことを証明したわけではなく、委員会はその発生を防止する義務を怠ったと指摘するにすぎない。従って、前述した報告書の結論は適切ではないとも考えうる。しかし、ある特定の委員(フランスのクレソン女史)は、縁故採用を理由に、以前より厳しく批判されていたにもかかわらず、委員会は対策を講じていなかった。まさにこのような点に基づき、委員会全体の職務責任に疑義が生じたと解するならば、前掲報告書の結論もあながち不当ではない。サンテール委員会が、問題の委員の責任を厳格に追及していたならば、委員会全体の辞任は回避できたであろうことも斟酌すると、委員会が各方面からの批判に適切に対応していなかった点に問題があったと言えよう。

独立専門家委員会の報告書の内容に関し、最も重要な点は、縁故採用に関する責任を明確にしている点であろう。なぜなら、ある加盟国(例えばフランス)において、縁故採用は慣習化しており、違法ではないとされるが、これをEUレベルではどう捉えるべきかどうかという問題に関し、一つの基準が示されたからである。その他、報告書では、委員会の職員数が不足しているため、民間の機関にプロジェクトの実施を委託した場合において、不正行為は多数発生していることが指摘されている。民間機関に対するコントロールを強化すること以外にも、委員会の職員数を増やすといった構造的問題の改善が必要であろう。



3.欧州委員会の辞任と欧州議会制度

 前掲報告書を受け、有力な欧州議会議員が再び委員会の不信任決議案の提出を示唆すると、サンテール委員長は 政治家の場合と同様に 委員会の総辞職を表明したわけであるが、これは委員会の威信を保つための行為であったと考えられる。すなわち、欧州議会が不信任決議を採択し、辞任を押し付けられるのではなく、委員会は自らの意志に基づき辞任したのであるなお、自らの潔白性を強調するため、サンテール委員長が委員会全体の辞任を表明する前に、オーストリア出身のフィッシュラー(Fischler)委員は辞任を表明している。また、前述したように、サンテール委員長は独立専門家委員会の判断を正当と認めていないが、新たな委員長の下、委員会内部の改革が進展することを期待して辞任を表明した。委員会の辞任表明は加盟国政府によって速やかに受諾され、辞任は正式に確定した。

 今回の委員会の辞任は、欧州統合50年の歴史において最も衝撃的な事件として報道されることも多いが、これは明らかに誇張である。なお、委員会辞任声明は、ユーロの為替相場にほとんど影響を与えなかった。

 委員会辞任表明に基づき危惧されたのは、委員会が作成した Agenda 2000 の採択について協議するための欧州理事会(加盟国政府間会議 なお、同会議には欧州委員長も出席する)が、324日から25日、すなわち委員会辞任表明の9日後に開催されることになっていたが、それが失敗に終わるような事態へと発展しないかどうかということであった。しかし、辞任声明が出されたとき、Agenda 2000はすでに委員会の手を離れ、EU加盟国政府間で協議されていたため、今回の委員会の辞任表明はAgenda 2000の採択に大きな影響を与えることはないと考えるべきであったろう。その他にも、委員会に対する欧州議会や市民の不信感の高まりから、委員会という機関そのものを廃止すること、さらにはEUの存続そのものが一部では危惧されたが、そのような心配も不要であろう。確かに、欧州委員会の実務運営を透明化し、EUの政治・行政制度をより民主化する必要性は否定しえないが、加盟国や大多数の市民には、ブリュッセル主導の欧州統合を廃止ないし後退させる意志がないことは明らかであるためである。

 他方、委員会の辞任は、EU官僚制度に対する民主的コントロールの力を強力にアピールすることになった。委員会の不正疑惑は、例えばECの会計検査院によってもすでに告発されているが、今回の欧州議会の批判に匹敵するほどの影響力はなかった。欧州議会の権限は弱く、EUの民主主義制度には欠陥があることが従来より指摘されているが、これを修繕するという意味において、今回の欧州委員会の辞任に関する欧州議会の役割を積極的に評価する見解もある。しかし、民主主義上の欠陥が法的に改善されているわけではない。

 EC条約上、委員会の不信任案を採択し、ECの執行機関を統制する権限は、欧州議会にのみ与えられている(EC条約第201条)。もっとも、この欧州議会の権限は二重に制約される。すなわち、第一に、不信任案の採択には3分の2の賛成票(これは議員総数の過半数にあたることが必要である)が不可欠であることと、第二に、個々の委員の罷免を要求することはできないことである。従って、確かに、今回、独立専門家委員会によって作成されたレポートでは、委員長や数名の委員が名指しで批判されているが、それに基づき特定の委員会メンバーが罷免されることにはならない。


 欧州議会が委員会の政策に批判を加えたのは、今回が初めてではなく、近時の顕著な例としては、1996年、議会の狂牛病(BSE)部会が委員会の狂牛病対策には落ち度があることを批判したことが挙げられる。もっとも、このような議会の活動にもかかわらず、EU市民は欧州議会制度に対して、大きな関心を持っていない参照。例えば、1999613日に行われた欧州議会選挙の投票率は、事前に十分な告知がなされていたにもかかわらず、非常に低かった。欧州議会は、「欧州市民」(europäisches Volk〔単数形〕)とされることもあるが、「欧州市民」というものは実質的に存在しないのであるから、「欧州市民」の代表として欧州議会を捉えることはできない。このことは、19991月に行われた欧州委員会の不信任投票においても顕著に現れている。すなわち、そこでも欧州議会議員は、「欧州市民」の代表というよりも、各加盟国の代表として行動した。つまり、投票結果には各国の政治理念や政治的な利害関係が反映されていた。欧州議会制度が各国の議会制度の延長にすぎないのは、例えば欧州議会選挙は加盟国の選挙手続にのっとって、各加盟国単位で実施されるため、欧州議会選挙と国内選挙とを区別する意義は小さいことなどに基づいているが、ある加盟国の選挙区において他の加盟国の国民が多数投票し、また他の加盟国の国民が議員に選出されることがなどが一般化すれば、欧州議会制度の存在意義が増そう。なお、前回の欧州議会制度では、ドイツの選挙区からオランダ人が始めて欧州議員に選出されていたが、今回の選挙では落選した。また、欧州議員が自国の利益のみを重視し、議決を行うならば、各加盟国の代表で構成される理事会(各加盟国の代表は自国の利益を主張する)の他に、欧州議会を設ける必要性はなくなるであろう。政治問題のヨーロッパ化が進み、多くの問題は、多数の加盟国において議論される傾向にあるにせよ、加盟国の市民は共通の言語を持たず、また共通のメディアを持たないため、徹底的に討論し合うことは容易ではない。また欧州議員定数の不均衡も改善されていない。19992月に下された判決において、欧州人権裁判所は、欧州議会をECの「主要な」民主的統制機関として捉えているが、国内の議会制度と比較すると、EC議会制度の民主的基盤は弱く、改善すべき点が多い。

   リストマーク 欧州議会選挙について



4.次期委員長の選出

 サンテール委員長が、委員全員の辞意を表明したのは、ベルリンで欧州理事会が臨時に開催される9日前であった(ベルリン欧州理事会については、次章を参照されたい)。この突然の辞任表明は全加盟国政府や関係機関を驚かせたが、また驚くほど早く当時の理事会議長国ドイツのシュレーダー首(Schröder)首相は、プローディ(Prodi)をサンテールの後任に推し、ベルリン欧州理事会において承認された。イタリアのボローニャ出身のプローディ(59歳)は、経済学教授とイタリア首相という経歴を持つ。彼が次期委員長候補に指名されたのは、彼の政治・経済両面における経験が高く評価されたことに基づいているが、その他にも彼の潔白性や意志の強さが考慮された。この点について、ドイツのシュレーダー首相は、プローディならば、危機に直面した委員会内部の改革を貫徹することができるであろうと述べている。また、サンテールは、ルクセンブルク(いわゆる北欧の小国)出身で、キリスト教民主党系(保守系)の政治家であったため、その後任には、南ヨーロッパの中・大国の出身で、社会党系の政治家がふさわしいとされていた。イタリア(南欧の大国)出身のプローディは、現在は政党に所属していないが、以前は保守系であった。従って、前掲の要件を完全には満たしていないが、南欧諸国の承認を得ている。なお、対立候補として、オランダのコック(Kok)首相の名も挙がったが、前年には同じくオランダ人のデュイセンベルク(Duisenberg)が欧州中央銀行総裁に任命されていたため、欧州委員長にはオランダ人以外の者を任命することが適切とされた。

 従来のEC条約1582項によると、委員会の委員長および各委員は、加盟国政府の協議によって選任され、欧州議会がこの人選に同意すれば、加盟国政府によって任命される。この手続において、欧州議会は、全候補を一括して承認するか、または否認しなければならないが、アムステルダム条約に基づき改正された新EC条約によれば、欧州議会は、委員長候補のみを単独で承認するかどうか判断しうる(新21421款)。新条約の発効前であったが、プローディはこの新手続に従って(すなわち、欧州議会の承認を得て)、次期委員長に任命された。これは、欧州議会の信任を得ることが新委員会の最も重要な課題であることに基づいていた。

 新EC条約によると、先に委員長が任命され、委員長は委員の任命に関与しうるが(新21422款)、委員の選出は加盟国の特権とみるべきである。現在、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアおよびスペインの大国は各2名、その他の加盟国は各1名の委員候補を選出することができるが、プローディは、前掲の五大国政府に対し、与党内から2名の委員候補を擁立するのではなく、野党からも1名の候補を立てるよう要請している。スペインを除く4ヶ国の与党は社会党系であるため、プローディの要求は、保守系政党(カトリック教民主政党)からも1名の候補を選出することを意味しているが、これは、欧州議会の支持拡大をねらったものである(19996月に行われた欧州議会選挙で、保守系政党が大勝利を収め、議会の多数派を占めている)。しかし、ドイツのシュレーダー首相(社会党党首)は、この要求は加盟国政府の候補選出権を侵害するものだとして批判している。プローディは19997月中旬に委員会のメンバーを公表し、同年9月、議会に同意を求める予定である。旧委員の再任も可能かどうか議論されることがあるが、EC法上、これには問題がない。新委員会の重要な政策課題としては、委員会内部の改革とEUの東方拡大への準備が挙げられる。


現欧州委員会

プローディ委員長(前列中央)と欧州委員

写真提供
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