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ECのバナナ市場規則に関する法的問題    


banana
8.

ドイツ連邦憲法裁判所の判断とその
EC裁判所に対する影響

 

 上述 したように、EC裁判所の基本権審査はあまりにも簡略であると批判しうるが、もっとも、これは、原告であるドイツ政府の主張も簡略ないしは不適切であったことに大きく起因している。すなわち、同政府は、バナナ輸入業者の所有権および経済活動の自由の侵害の実態について(例えば、業者所有の施設の利用価値の低下、倒産の危機、ECACP諸国産バナナの取引が実質的に不可能であること)、適切に主張しえなかった。EC法体系下において、EC裁判所の判断は最も高い権威を有するため、当初、ドイツ国内の裁判所はこれに従っていた。

この流れを変えたのは、ドイツ連邦憲法裁判所の決定(Beschluß)であったが、これには以下のような特殊事情があった。ドイツ法人の果実取引業者T. Portは、伝統的に中南米からバナナを輸入してきたが、バナナ市場規則の適用により、1993年下半期は、従来の輸入量のわずか1%しか輸入できなくなり、倒産の危機にさらされた。




 これは、以下のような事情に基づいている。バナナ市場規則第19条第2項第2文によると、同規則の発効後、最初の半年間(1993年下半期)に各業者に割り当てられる輸入量は、各人が1989年から1991年の3年間に実際に輸入した量に応じて決定される。もっとも、同期間中、T. Portは、コロンビアの供給業者の契約不履行により、わずかしか輸入することができなかった。



そのため、ドイツの国内裁判所に仮の権利保護措置として、低関税率による輸入ライセンスの追加発行を求めたが、却下された。これは、バナナ市場規則は個人の権利を侵害せず、有効であることがすでにEC裁判所によって確認されており (詳細は こちら、国内裁判所はこの判断に従っていたためである。しかし、T. Port がこれを不服として、ドイツ連邦憲法裁判所へ提訴したところ、19951月、同裁判所は、バナナ市場規則の適用によって、個人の権利が侵害されうることを認め、そのような場合には、権利救済措置が必要であることを明確に判示した。それ以降、ドイツ国内の下級裁判所は、バナナ市場規則の有効性を疑問視するようになった。そして、すでに下されていたEC裁判所の判決に従うことに抵抗を示し、ハンブルク財政裁判所がEC裁判所にバナナ市場規則の有効性について判断を付託したところ、199611月、EC裁判所は、バナナ判決の趣旨を部分的に修正し、バナナ市場規則が個人の権利を侵害しうることを認めた。そして、そのような場合には、適切な救済措置が講じられなければならないと判断した(T. Port判決 Case C-68/95, TPort, [1996] ECR I-6065)。




 
ところで、前述の裁判例は、基本権侵害の観点から、バナナ市場規則の有効性を疑問視しているが、その他に、問題のEC法がGATTに反することを理由に、そのドイツ国内における効力を疑問視する裁判例もある。もっとも、この論拠も、実質的には個人の権利保護を裏付けるために主張されているに過ぎないが、理論的に支持しえない。なぜなら、国家間の権利・義務について定めた国際条約を個人の権利保護のために持ち出すのは適切ではないためである。確かに、人権条約など、個人の権利保護を目的とした条約もあるが、GATTはこれに相当しない。なお、確かに、直接的効力を認めないと、条約の効力は骨抜きになるおそれがあるが、GATTに関しては、そもそもその裁判規範性が否定されているため、GATT違反を理由にEC裁判所に提訴することは不適切である。



 EC裁判所の新しい判決(T. Port判決)は、先に下された判決(バナナ判決)に矛盾するかどうかという問題が生じるが、これは、バナナ市場規則による権利侵害の有無と、同規則の有効性(適法性)の観点から考察する必要があろう。まず、前者に関して、両判決の結論は異なっているが、もっとも、これは事実関係の相違に起因する。すなわち、バナナ判決では、市場シェアの落ち込みのみが検討されたのに対し、T. Port判決では、企業の倒産といった特殊事情が考慮された。前者の場合とは異なり(ただし、前述したように、市場占有率の喪失が何に基づいているか考慮する必要がある)、後者の場合には、権利侵害を認定すべきである。なお、本来、EC裁判所は、バナナ判決においても、個々の業者の権利侵害の実態について検討すべきであったと批判されているが、個々の事例における特殊事情を考慮することは抽象的法令審査になじまない。また、極めて例外的なケースで権利侵害が認定されるにせよ、それに基づき、法令を無効と判断するのは適切ではない。なお、バナナ判決におけるEC裁判所の基本権審査が簡略であったのは、原告であるドイツ連邦政府の訴訟行為の不手際に基づいている(前述参照)。EC裁判所は、両当事者の主張した事実と証拠に基づき判示すればよいとされている。

 他方、バナナ市場規則の有効性に関しては、何ら矛盾する点はないと解される。なぜなら、両判決とも、バナナ市場規則は有効であるとの判断に基づいているからである。なお、T. Port判決では、ある業者の倒産という事実が主張されているが、このような個別的な特殊事情によって、法令が無効になるのではなく、単に権利救済措置の必要性が判示されているに過ぎない。

 ところで、EC裁判所の基本権審査は非常に消極的であり、そのためECの権利保護水準まだ高度に発展していないことは、従来より文献のみならず、加盟国の国内裁判所によって批判されてきた。その最も厳しい例としては、ドイツ連邦憲法裁判所の一連の判断が挙げられる。もっとも、同憲法裁は、EC裁判所の基本権判例を見直すこともありうると「脅し」ているに過ぎず、実際に再審査したことはない。前述したドイツ連邦憲法裁判所の決定は、マーストリヒト条約判決を下した同裁判所の第2部によるものであった。そのため、仮に、EC裁判所が、バナナ判決の判旨を踏襲し、バナナ市場規則によって取引業者の権利は侵害されないと判断していたならば、両裁判所の対立は深刻化していたことであろう。なお、前述したように、本ケースでは、EC2次法による基本権侵害の問題だけではなく、新たにGATT違反の問題も検討され、後には後者の方が重要性を増していった(もっとも、GATT違反を持ち出し、国際貿易法の遵守を徹底するというよりも、個人の権利保護の方に重きが置かれていたのは確かである)。ドイツはGATTの締約国であるが、バナナ市場規則の制定によって、ECは同国に国際貿易法違反を強要していることになる。ECにはそのような権限はなく、バナナ市場規則は ultra virs act にあたるか、また、それゆえに、同市場規則はドイツ国内では適用されえないかどうかが激しく議論されるようになったが、この問題については他稿に譲る。

 ところで、かねてからEC裁判所の基本権審査に満足していなかったドイツ連邦憲法裁判所であるが、その権利保護水準は、EC裁判所のそれより高いと評価することはできないであろう。なぜなら、前者も、取引業者は倒産の危機のみから保護されると判断しているためである。すなわち、このような極めてゆゆしい特殊事情に鑑み、同裁判所は、権利侵害を認定しているのであり、他方、単に輸入シェアの落ち込みが主張されたケースでは、権利の侵害を認定していない。これらの点で、両裁判所の見解は異ならない。保護されるのは、法人の存続それ自体(自然人であるならば生命)のみであるとする限定的な権利保護には問題があろう。