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EU法講義ノート

    資 本 と 支 払 の 移 動 の 自 由

EUの機能に関する条約第63条〜第66条)
 リスボン条約体制


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  はじめに
  1. 保障範囲
  2. 制限ないし例外 


資本と支払の移動の自由

  は じ め に

 域内市場では、@ 商品、A 、B サービス だけではなく、C 資本の移動の自由が保障されている(EUの機能に関する条約第26条第2項、EC条約第14条第2項)。そのため、ある加盟国から他の加盟国への貨幣の持ち出しや送金、また、投資に制限を設けることは禁止されるが、EU法は、さらに、商品、労働やサービスに対する対価・報酬の支払(ある加盟国から他の加盟国への支払)も制限してはならないとする(EUの機能に関する条約第63条第2項、EC条約第56条第2項)。これは一般に「支払の移動の自由」と呼ばれる。また、第5の基本的自由 として扱われることもあるが、EUの機能に関する条約第26条第2項で列挙されているわけではなく、EU基本条約では、「資本」の移動の自由と同じ章の中で規定されている(EUの機能に関する条約第63条〜第66条)。なお、リスボン条約によって、従来のEC条約内の資本と支払の移動に関する規定(第56条〜第60条)は若干、修正されている。


 

EC条約

ECの機能に
関する条約

移動の自由の保障

第56条

第63条
(改正なし)


第3国との資本の移動の自由に関する例外


第57条


第64条

改正あり

第2項:
第2次法の制定手続について

第3項(新設、EC条約第57条第2項第2文に準じる):
特別な立法手続



加盟国による制限


第58条


第65条

改正あり

第4項(新設):第2次法の制定



短期的な保護措置



第59条


第66条
(実質的に改正なし)

 


制裁(経済制裁)



第60条


第75条
(改正あり)

 





 以下では、資本と支払の移動の自由について説明する。



 1. 保障範囲


(1) 資本の移動の自由

 EUの機能に関する条約第63条第1項(EC条約第56条第1項に同じ)は、加盟国間における資本の移動を制限してはならないと定める。また、加盟国と第3国の間で資本の移動を制限することも同様に禁止している点で、その他の基本的自由(商品、人およびサービスの移動の自由)と異なる。

 「資本の移動」の概念について基本条約は定義していない。そのため、その解明は第2次法やEC裁判所の判断に委ねられているが、その他の基本的自由に比べ、第2次法の整備はかなり遅れていた。これは資本の移動は、加盟国の経済政策に直接的に関わることに由来する(経済政策に関する重要な権限は、現在でもEUに委譲されていない)。特に、加盟国は、国内経済・財政上の理由から、1980年代においても、自国通貨の持ち出しを制限していた(Joined Cases 286/82 and 26/83 Luisi and Carbone [1984] ECR 377)。EU法の発展が遅れていたことから、資本の移動の自由は共通市場の弱点と呼ばれることもあった(Hakenberg, Europarecht, 5. Auflage, Rn. 335)。

 「資本の移動」の内容を明確にし、域内での移動の自由を保障するため、欧州委員会は1960年代に2つの指令を制定しているが、より重要な第2次法(同じく指令)は、1988年、EU理事会によって発せられている(Directive No 88/361/EEC, OJ 1988 No L 178, 5)。この理事会指令は、1990年7月1日、つまり、経済・通貨同盟の第1段階 が開始されるまでに、加盟国間における制限を撤廃するよう規定しているが、例外規定も同時に盛り込まれた。さらなる自由化は、マーストリヒト条約の発効まで待たなければならなかったが、同条約は、1994年元旦までに、加盟国間における資本の移動を原則として自由化しなければならないとする(同時に、加盟国と第3国との移動も制限してはならないとする)。このように、資本の移動の自由は、ユーロ導入の前提として、1990年代に入り強化されている(EC条約第116条第2項第a号参照)。

 現在、「資本の移動」に含まれると解されているものの例は、以下の通りである。

物的資本による経済的価値の一方向への移動

法定貨幣、証券、債権といった貨幣資本による経済的価値の一方向への移動

 加盟国の法定貨幣ではなく、旧貨幣や記念コインの取引であれば、商品の移動の自由の対象となる(Case 7/78 Thompson [1978] ECR 2247)



 なお、経済的価値の移動は、一方向、つまり、ある加盟国から他の加盟国に対してのみ行わなければならず、代金と引き替えに商品が引き渡されたり、報酬の支払を条件としてサービスが提供されるケースは、それぞれ、商品移動の自由 や サービス提供の自由 の対象となる。また、株式や証券の購入に際し、株券や証書の引き渡しが行われる場合、それらの商品としての属性が重視されるならば、商品移動の自由 が問われ、経済的価値の移動が重視されるならば、資本の移動の自由の対象となる。

 他方、ある加盟国内の不動産を購入する場合、不動産は移動しないため、商品の移動ではなく、資本の移動が問題になる(Case C-423/98 Albore [2000] ECR I-5965)。同様に、他の加盟国の法人の株式を取得することも、その法人の移動を伴わないため、資本の移動の対象となる(企業投資に関して Case C-112/05 Volkswagen-Gesetz [2007] ECR I-8995)。他方、その法人の経営権を獲得する場合は、開業の自由 が問題になる(Case C-251/98 Baars [2000] ECR I-2787)。なお、国内法人の配当金にかかる所得税のみを優遇するフィンランド法(他方、外国法人の配当金は優遇しない)は、フィンランドから他の加盟国への投資を抑制し、また、他の加盟国法人にとっては、フィンランドから資金を集める意欲を失わせるため、資本の移動の自由を保障するEC法(EU法)に違反するとEC裁判所は判断している(Case C
-319/02 Manninnen [2004] ECR I-7477)。




株 式 取 得 規 制 と "Golden shares"

 加盟国は行政ないし国営企業を民営化し、株式会社を創設する際、新会社の株式取得を規制することがある。また、民営化企業の株式(いわゆる golden shares)を保有し、その経営に対する影響力を維持する場合がある。

 例えば、ポルトガルは、外国人が民営化された会社の株式を一定の割合以上、取得することを禁止した。また、フランスは、ある一定の割合を超えて株式を取得するには国の許可が必要とした。他方、ベルギーは、民営化されたガス供給企業を行政の監督下においた。

 このような措置はEU法に違反するとして、欧州委員会がEC裁判所に提訴したところ、同裁判所は、資本移動の自由(EC条約第56条第1項、EUの機能に関する条約第63条第1項)の制約を確認し、原則として禁止されるとした。また、確かに、加盟国が、戦略的に重要な企業や国民の生活に重要な企業への影響力を維持しようとすることも理解しうるが、これは危機的状況を回避するために認められ、また、必要以上に規制してはならないとした。このように述べた上で、EC裁判所は、ベルギーの措置のみ正当化されるとしている(Case C-367/98, C-483/99 and C-503/99, Commission v Portugal, Commission v France and Commission v Belgium  [2002]ECR I-4731, I-4781 and I-4809)。

 

 また、電気・ガス部門における企業の株主が、組織化された資本市場で登録されておらず、その本国の市場において支配的な地位を得ていない企業によって買収されたときは、その決議権を自動的に停止すると定めるイタリア法はEU法に違反すると判断されている(Case C-174/04 Commission v Italy [2005] ECR I-4933; see also Case C-326/07 Commission v Italy [2009] ECR I-2291)。


 さらに、ドイツの自動車会社 Volkswagen の株式の保有率にかかわらず、議決権を20%に制限し、他方、連邦政府とニーダーザクセン州にはそれぞれ2名の監査役を派遣する権利を与えるドイツ法は、資本の移動の自由を制限するため、EU法に違反すると判示されている(Case C-112/05 Commission v Germany [2007] ECR I-8995)。


 See also Case C-463/00 Commission v Spain [2003] ECR I-4581 and Case C-98/01 Commission v GB [2003] ECR I-4641

 





 金融機関が業務として行う送金は、サービス提供の自由の対象となるか、それとも資本の移動の自由の対象となるかは、必ずしも明確ではない。EUの機能に関する条約第57条第1項(EC条約第50条第1項に同じ)は、資本移動の自由の対象とならない役務を、サービス提供自由の対象として扱っているため、前者が優先して適用されると考えることもできるが、EC裁判所はこれを明確に否定している(Case C-452/04 Fidium Finanz AG [2006] ECR I-9521)。ある行為がどちらに属するかは、行為の本質ないし重点がどちらに置かれているかによって判断されるが、EC裁判所は、資本の移動の自由とサービス提供の自由の両方が適用されることも認めている。

 さらに、贈与や遺産相続も資本の移動の例にあたる。

 
(2) 支払の移動の自由

 他方、支払の移動の自由によって保障されるのは、商品や役務に対する対価として支出される経済的価値である。他の加盟国で受ける医療行為への対価(診察費・治療費)として自国から大量の金銭を持ち出すことや、他の加盟国への旅行にかかる費用(旅費)として持ち出すことも、支払の移動の自由として保障される(Joined Cases 286/82 and 26/83 Luisi and Carbone [1984] ECR 377)。

 EU基本条約上、域内市場とは、@ 商品、A 、B サービス および C 資本の移動の自由が保障されている空間とされ(EUの機能に関する条約第26条第2項、EC条約第14条第2項)、支払は同時に挙げられていないが、独自の基本的自由(第5の基本的自由)にあたると捉える見解もある(Wilmowsky, in Ehlers, Europäische Grundfreiheit und Grundfreiheiten, §13, Rn. 6)。他方、支払とは、商品、役務や資本の移動の対価であり、支払の移動の自由は、その他の自由の保障に含まれる(この意味で、支払の移動の自由の独自性を否定する)とする立場もある。つまり、A国からB国への支払が制限されているとすれば、A国からB国へ商品やサービスは輸出されないため、支払の移動の自由は必然的に保障されているとされる。なお、商品、人およびサービスの移動の自由は加盟国間でのみ保障されるのに対し、支払の移動の自由(資本の移動の自由も同じである)は、第3国との関係でも保障されるという点で、その他の自由に付随しているわけではない。

 ところで、商品、人およびサービスの移動の自由は、国籍に基づく差別の禁止を主眼としているが、資本や支払の移動の自由は、国籍ではなく、経済的価値の所在地による差別を禁止するものである。




 2. 制限ないし例外


 現行法上、資本と支払の移動の自由は原則的に保障されているが、以下で述べるように、第3国との関係において、また、特に、租税上の理由によって制限することができる。


(1) 第3国との関係における資本移動の自由の制限

 前述したように、資本の移動を制限することは、1994年元旦より原則的に禁止されているが、1993年末までに、個々の加盟国が設けていた特例やEU法上の特例は維持される。なお、ブルガリア、エストニアとハンガリーに関しては、1999年末までに設けられていた国内法が含まれる(EUの機能に関する条約第64条第1項)。

 ところで、欧州議会とEU理事会は、直接投資(不動産への直接投資を含む)、開業、金融サービスの提供または資本市場における有価証券の認可に関し、第3国との資本の移動に関する措置を、通常の立法手続に従い発するものとされている(第64条第2項)。なお、従来、欧州議会には、この立法権限は与えられていなかった(EC条約第57条第2項第1文)。ただし、第3国との資本の移動の自由を後退させる措置については、現行法上も、理事会にのみ権限が与えられている(EUの機能に関する条約第64条第3項、EC条約第57条第2項第2文)。また、このような措置が発せられない場合について、現行法は、欧州委員会とEU理事会に特別の権限を与えている(第65条第4項〔新規定〕)。


(2) 加盟国による制限

 EUの機能に関する条約第65条第1項(EC条約第58条第1項に同じ)は、加盟国が以下の事由により制限することを認める。


@

納税義務を納税者の住所や資本所在地によって区別することや(第65条第1項第a号)、税法違反対策、金融機関の監督(第b号)

A

公序や安全の確保(第b号)


 ただし、恣意的な差別や隠れた制限は禁止される(第65条第3項、EC条約第58条第3項に同じ)。


(3) 短期的な保護措置

 特別な事情により、第3国との資本の移動が経済・通貨同盟の機能を著しく害し、または、そのような恐れがあるとき、EU理事会は、欧州委員会の提案に基づき、また、欧州中央銀行の意見を聴いた後、保護措置を発することができる。ただし、この措置は絶対的に必要な場合にみ認められ、その適用期間は最長でも6ヶ月とする(第66条、EC条約第59条と実質的に同じ)。


(4) 経済制裁

 国際テロ対策上の理由により、欧州議会とEU理事会は、第3国や私人に対し、その資金を凍結することができる(EUの機能に関する条約第75条)。


   リストマーク 経済制裁について、詳しくは こちら





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