voice       top page へ   ECにおけるWTO法の効力

WTO諸協定の解釈に関するEC裁判所の権限



台    目次

1. 問題提起
2. EC裁判所の判例
 
2.1. Hermès 判決
 2.2. Dior 判決




1. 問題提起

 加盟国より委譲された権限に基づき、従来、ECは多数の国際条約を締結しているが、WTO諸協定の中には、ECが完全に権限を有していない協定も含まれている。例えば、GATSやTRIPs協定がそれに該当するが(参照)、 ECが完全に権限を有しているわけではないため、これらの協定は、ECと加盟国の双方によって締結されている。このように、ECと加盟国が共同で締結する協定を 混合協定 とよぶ。

 より厳密には、GATSやTRIPs協定内の特定の規定に関する権限をECは完全には有していない(参照)。例えば、TRIPs協定第50条 は、知的所有権の仮救済について定めているが、商標権については、ECはすでに第2次法(Regulation (EC) No. 40/94 of Council)を制定しているため(もっとも、同規則第99条によれば、EC商標は、国内の手続法に基づき保護される)、ECは権限を有すると解されるが、それ以外の知的所有権の保護について、ECは第2次法を制定していないため、加盟国の下に権限が残っていると解される。このような規定の解釈について争いが生じる場合、これを明らかにするのは国内裁判所であろうか、または、EC裁判所であろうか。

 以下では、混合協定の解釈に関するEC裁判所の権限について説明する(その効力については、こちら)。



2. EC裁判所の判例


 混合協定は、GATSやTRIPs協定の締結以前にも多数締結されているが、従来、EC裁判所は、混合協定内の特定の規定に関する権限は、ECが有するか、または、加盟国が有するかについて特に触れることなく、自らの解釈権限(また、そのEC法秩序における効力)を肯定している。例えば、EC(EEC)とギリシャ間で締結された 連合協定 は、その発効に伴い、EC法の一部になると判断し、自らの解釈権限を認めている(Case 181/73 Hageman [1974] ECR 449, paras. 2/6)。なお、このケースにおいて問題になった規定の権限は、ECに与えられていた。




 2.1. Hermès 判決 (Case C-53/96, [1998] ECJ I-3603)

 (1) 事案の概要

 Hermès は、ネクタイやスカーフなどを製造・販売しているフランス法人であるが、FHT Marketing Choice BV が自社製品の模造品(ネクタイ)を販売していることを突き止めたため、オランダ国内裁判所の許可を得て、模造品を回収するとともに、自らの著作権と商標権の侵害を中止させるために必要な暫定措置の発動を国内裁判所に求めた。同裁判所は、Hermès 主張には信憑性があるとし、オランダ国内法(民事訴訟法第289条以下)に基づき、暫定措置を発した。

 Hermès は、さらに、TRIPs 協定第50条第6項 に基づき、FHT が暫定措置の適法性を争うときは、送達時より3か月以内に異議を申し立てなければならず、また、自らは14日以内に本案手続の開始を申請すればよいとする決定を国内裁判所に求めた。しかし、裁判所は、TRIPs協定第50条第6項は、暫定措置の取消申請期間について定めておらず、むしろ、本案手続において、いつでもその取消しを申請しうると考え、Hermès 申し立てを退けた。他方、Hermès による本案手続の申立てについては、国内法に基づき発せられた暫定措置が第50条第6項の暫定措置に該当するときは、その期限を定めなければならないとした上で、国内法上の暫定措置は、第50条第6項の暫定措置に当たるかどうか、EC裁判所に先行判断を求めた。



TRIPs協定第50は、知的所有権の侵害を防止したり、証拠を保全するため、WTO締約国の司法機関は暫定措置を講じる権限を有することについて定めているが、同第6項は次のように定めている。

「暫定措置は、本案についての決定に至る手続が、合理的な期間(国内法令によって許容されるときは、暫定措置を命じた司法当局によって決定されるもの。その決定がないときは、20執行日又は31日のうちいずれか長い期間を超えないもの)内に開始されない場合には、被申立人の申立てに基づいて取り消され又は効力を失う」




 (2) 判決

  訴訟手続において、オランダ、フランス、またイギリスの各政府は、EC裁判所の解釈権限を否定したが (para. 22)、次の理由に基づき、EC裁判所はこれを肯定した。商標権に関し、ECはすでに規則(Regulation 40/94 of Council)を制定しており、暫定措置についても第99条で定められているが、ECはTRIPs協定を締結しているため、TRIPs協定に拘束される。したがって、規則第99条は、TRIPs協定第50条に合致するように解釈されなければならない。また、国内裁判所が規則第99条を適用するに際には、TRIPs協定第50条の文言や趣旨をできるだけ考慮しなければならない(para. 28)。EC法(つまり、前掲規則第99条)の適用に際し、TRIPs協定第99条を解釈する必要があるため、EC裁判所はこの規定について解釈権限を有する。

 なお、本件のように、EC商標権の保護ではなく、国内法上の商標権の保護が問題になる場合であっても結論は異ならない。なぜなら、TRIPs協定第50条は、EC商標権だけではなく、国内法上の商標権の保護に際して も適用されるが(これはEU加盟国は、TRIPs協定を締結しているためである)、各加盟国の裁判所が独自の判断を下すとすれば、EC内において、その解釈が分かれるおそれがあるためである。このような状況を避け、解釈の統一性を図るため、EC裁判所に 解釈権限が与えられる(para. 32)。



 2.1. Dior 判決 (Joined Cases C-300/98 and 392/98, [2000] ECJ I-11307)

 Dior 判決において、EC裁判所は、前述した Hermès 判決 の判旨は、商標権に関する事案に限定されるか、それとも、その他の知的所有権 (意匠権)に関する事案にも該当するかどうかについて検討し、後者を肯定している。その理由として、TRIPs協定第50条は、EC法が適用される事案だけではなく、国内法が適用される事案にも適用される手続規定であるが、事実上、また、法的に、解釈の統一性が要求されることを挙げている(para. 38)。また、統一的解釈は、EC裁判所によってのみ保障されうるとしている(para. 39)。


   リストマーク Dior 判決について、詳しくは こちら