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EU・ECの制裁

国連の旗

安保理決議の実施と司法救済
 
〜 国際テロ対策に関する事例 〜


2. EU法秩序における安保理決議の効力

 前述したように、国連憲章第25条および第48条は、安保理決議の実施を国連加盟国に義務付けている。すべてのEU加盟国は国連にも加盟しているため、決議を誠実に実施しなければならないが、同第103条は、国連憲章がその他の国際協定に優先する旨を定める(参照)。そのため、国連憲章とEU・EC条約が抵触する場合には、前者が優先する。また、EU加盟国は、EUに加盟したことをもって、国連憲章上の義務を免れるわけではない。このことは、国際法上の一般原則だけではなく(条約法条約第27条参照)、EC条約第297条や第307条からも導かれる。また、国連憲章はいわゆる「既存の協定」として、EC条約に優先することが第307条より裏付けられる。

 しかし、それゆえにEUないしECが安保理決議(または、より広く、国連憲章)に拘束されるわけではない。なぜなら、EU・ECは国連に加盟していないばかりか、国連メンバーとしてのEU加盟国の地位を承継しているわけでもないためである。

 

リストマーク 第1審裁判所の判断

 EC法体系下において、安保理決議はどのような効力を持つか、また、ECはその実施が義務付けられるにせよ、それがEC法に合致しない場合は、履行を拒むことが許されるかという問題について、第1審裁判所は以下のように判断している。


 国連憲章第25条および第48条第2項は、安保理決議の実施を国連加盟国に義務付けている。それが、あらゆる国内法および国際条約上の義務の履行に優先することについて争いはない。すべてのEU加盟国は国連に加盟しているため、決議を誠実に実施しなければならないが、同第103条は、国連憲章がその他の国際協定に優先する旨を定める。それゆえ、国連憲章とEU・EC条約が抵触する場合には前者が優先する。また、EU加盟国は、EU加盟を理由に、国連憲章上の義務を免れるわけではない。このことは、国際法上の一般原則だけではなく(条約法条約第27条参照)、EC条約第297条からも導かれる。さらに、国連憲章はいわゆる「既存の協定」として、EC条約に優先することが第307条より裏付けられる。


 もっとも、それゆえにEUないしECが安保理決議(または、より広く、国連憲章)に拘束されるわけではない。なぜなら、EU・ECは国連に加盟していないばかりか、国連メンバーとしてのEU加盟国の地位を承継しているわけでもないためである。また、安保理決議はEU・ECに行動を義務付けていない。しかし、第1審裁判所は、加盟国からECへの権限委譲や加盟国の意思(ECも国連憲章に拘束されるという意思)、また、一般国際法ではなく、EC条約内の諸規定を根拠とし、ECは、加盟国と同じように、安保理決議に拘束されると判断している。


リストマーク Maduro法務官の見解

 Maduro法務官はECが国際法規に拘束されるにせよ、ECの司法機関はそれに完全に従い、また、それを無条件に適用しなければならないわけではなく、EC法秩序における当該国際法規の効力はEC法の観点から判断されると述べている。なお、このような一般論からの帰結は必ずしも明確に示されているわけではないが、本件では、EC法上、保障される基本権(EU条約第6条第1項参照)を侵害する安保理決議はEC法に優先せず、ECはその実施を拒むことができるとするものと解される。


リストマーク EC裁判所の判断

 EC法と国連憲章の優越関係について、EC裁判所は必ずしも明瞭に判断しているわけではないが、仮に国連憲章がECによって締結されているとすれば、憲章はEC第2次法には優先するが、1次法に対しても優先するわけではないとする(EC条約第300条第7項)。他方、ECの権限行使は国際法に合致した形でなされなければならず、特に、経済協力・開発援助(第177条および第181条参照)、また、(国連の任務である)世界平和の維持や安全保障政策の実施に関し、ECは国連法を尊重しなければならないとする。


リストマーク 考察

 (a) EC法秩序における安保理決議の効力

 ECは安保理決議の実施を義務付けられるかという問題について、EC裁判所は明確に判断しているわけではないが、EU条約第15条に従い採択された措置によってECは安保理決議の実施を義務付けらる。つまり、安保理決議そのものではなく、EU条約第15条よりECの義務を導いていると解される。実際に、EC条約第301条および第60条は、共通外交・安全保障政策に関する規定に従い「共通の立場」や「共通の行動」が採択され(なお、EU条約第15条は「共通の立場」の決定についてのみ定める)、その中でECによる安保理決議の実施が要請されていることを制裁発動の要件としているため、この判断は適切であるが、判旨からは、EC第1次法に反する安保理決議の拘束力を直接的に認めず、EC法のautonomy を維持しようとする態度も読み取れる。これが加盟国の意思を反映した実務に合致しているかは疑わしいが、加盟国はEU条約第15条に従い、ECに制裁の発動を義務付けることができるため、問題は生じない。

 他方、第1審裁判所は、加盟国からECへの権限委譲やECも国連憲章に拘束されるとする加盟国の意思に鑑み、安保理決議の拘束力を肯定する。また、この意思は、EC条約規定、特に、第297条および第307条において表れているとするが、これらの規定からは、ECは加盟国による安保理決議の実施を妨げてはならないことが導かれるに過ぎず、ECが同決議に拘束されることまで裏付けるわけではない。さらに、第1審裁判所は、一般国際法ではなく、EC条約自体より、ECに対する安保理決議の拘束力が導かれるとするが、むしろ、一般国際法上の原則、つまり、国内法を援用し、国際法上の義務(ここでは国連憲章第25条および第48条第2項が定める義務)の履行を免れることは許されないこと(国内法援用禁止の原則、条約法条約第27条)、国連憲章第103条、また、確かに、国連憲章はECによって締結されているわけではなく、加盟国が締結した条約であるが、加盟国はEU加盟を理由に、国連憲章上の義務を免除されるわけではないことを根拠にすべきであろう。これらの点より、ECが安保理決議に拘束されることが導かれる。なお、リスボン条約の附属宣言では、ECが国連憲章に拘束されることや、安保理の責任の重要性が確認されているため、同条約の発効後は法的安定性が増す。

 ところで、加盟国からECへの権限委譲に基づき国連憲章の拘束力を肯定することは、第1審裁判所自身も指摘しているように、1947年のGATTに関する理論に類似する。つまり、ECは同協定を締結しているわけではないが、協定の対象事項である関税・通商政策に関する権限が加盟国からECに完全に委譲されたことに伴い、締約国としての地位もECに完全に承継されたとするテーゼがEC裁判所の判例法で確立している(いわゆる機能承継理論)。もっとも、ECは国連メンバーとしての地位を承継しておらず、国連憲章が定める案件(安保理決議の実施を含む)について加盟国からECに管轄権が完全に委譲されているわけではないため、GATTに関する理論を援用するのは的外れであると批判されている。しかし、地位の承継が生じていないことは第1審裁判所自身も指摘している通りであり、同裁判所は加盟国同様、ECも国連憲章に拘束されることを確認しているに過ぎない。


(b) EC法と国連法の優越関係

 第1審裁判所は、EC法と国連法が抵触する場合、後者が優先すると判断している。また、特に国連憲章第103条を根拠に、EC条約に対する優先性も認めている。これに対し、EC裁判所は、同憲章がECによって締結されているわけではないため、明瞭に判断しているわけではないが、EC第1次法を優先させるものと解される(仮に同憲章がECによって締結されているとすれば、第1次法の優先性はEC条約第300条第7項より明確に導かれる)。もっとも、国際法の優先性を完全に否定しているわけではなく、EC第2次法の制定・適用に際しては、国連法を尊重しなければならないとする。なお、以下の判断に基づき、EC裁判所は国連憲章の優先性を強調していると捉える学説もある。


However, any judgment given by the Community judicature deciding that a Community measure intended to give effect to such a resolution is contrary to a higher rule of law in the Community legal order would not entail any challenge to the primacy of that resolution in international law.


もっとも、上位のEC法に照らし審査した結果、安保理決議の実施にかかる措置が無効と判断されるときは、実質的に、上位のEC法に対する安保理決議の優先性が否定されることになる。他方、このような司法実務はむしろ例外的であり、それによって国際法の優先性が一般的に否認されるものではないと判旨を解釈することもできようが、判決全文を考慮すると、国連憲章の優先性は、第2次法との関係において認められ、第1次法に対してまで肯定されるものではないと考えられる。

 前述した両裁判所の見解の違いは、例えば、EC第1次法(基本権保護)に抵触する場合であれ、ECは安保理決議の実施を義務付けられるか、または、EC法を理由に履行を拒むことが許されるかという問題に関し生じようが、前述したように、第1審裁判所は実施すべきとする(ただし、安保理決議がjus cogens に違反する場合は、実施を免れると判断していると解される)。これに対し、EC裁判所の立場によるならば、ECの実施義務は否定されることになろうが、Kadi and Al Barakaat 判決において、同裁判所は、EC法に合致する形で安保理決議を実施することが可能であるとの前提に立っており、これによってEC法との抵触を解消することができるため、同決議の実施義務を否定しているわけではない。なお、同裁判所は、安保理決議の実施義務をEU条約第15条に従い採択された措置より導いていると解されるため、厳密には、EC法と国連憲章の抵触は生じない。つまり、問題になりうるのはEC条約とEU条約の抵触である。このような特殊な論点もあるものの、ECはEC法を理由に国連憲章の誠実な実施を拒むことが許されるかという一般的な問題については、以下の点を指摘しえよう。

 @ 国連憲章はECによって締結された条約ではないため、ECは同憲章に直接的に拘束されるわけではない。もっとも、ECは加盟国から権限を譲り受けた範囲において、義務をも同時に承継するため、加盟国と同様に、国連憲章を誠実に実施しなければならないと考えられる。ただし、国内憲法を優先させることも国際法に反しないと解されるため、ECも第1次法を優先させることができよう。特に、優先させる理由が国際法の一般原則でもある基本権保護である場合には、実務上、大きな問題は生じないと考えられる。また、国連憲章の効力を一般的に否認するのではなく、基本権保護の観点から暇疵のある特定の安保理決議の拘束力を例外的に否定するのであれば、制度上の問題は生じないと解される。

 A 国連憲章第103条は同憲章が他の条約に優先することを定めるが、これは国連加盟国が複数の条約を締結することを想定している。そのような場合、加盟国は他の条約を優先させてはならないが、国内において条約一般がどのような効力を持つか(例えば、国内憲法にも優先するか)という点については定められていない。EC法秩序における国連憲章の効力もこれに相当し、第103条が適用される問題ではない。ただし、同規定より、EU加盟国はEC条約を国連憲章に優先させてはならないことが導かれるため、加盟国はECによる国連憲章の実施を確保しなければならない。また、ECも加盟国のこの義務を尊重しなければならない(EC条約第307条参照)。

 B 第1審裁判所のように国連憲章を優先させるとすれば、EU法上の原則が守られないといった問題が生じかねない。Maduro法務官は、EC法違反を理由に、安保理決議の優先性ないしその実施義務を否認すると解されるが、本稿で考察する事例で争われているのは基本権侵害の有無であり、基本権保護は何もEC法に特有の原則ではない。つまり、安保理決議も基本権を侵害してはならないため、このケースでは問題は生じないと解される。問題視されなければならないのは、ECの司法機関に審査権限が与えられているかどうかである。他方、EC裁判所は、安保理決議の実施方法は特定されていないとし、EC法上の基本権保護の要請に合致する方法によるべきとする。そうすれば、安保理決議の優先性ないし実施義務を否認せず、また、EC法との衝突も回避することができる。このように国内法上の要請に合致する形で条約義務を履行し、国際法との抵触を避ける理論は、ドイツ連邦憲法裁判所によっても採用されている。かつて同憲法裁判所は、ドイツ憲法(基本法)の本質を侵害するEC法は国内では適用されないとする趣旨の判断を下し、大きな衝撃を与えたが(これに対し、EC裁判所はEC第1次法に反する安保理決議の効力を否定しているわけではない)、両法体系がますます複雑に関わり合う状況下において、EC法との衝突を回避するだけではなく、国内法上の要請を満たす上でも、近時の判例法理は支持しうる。なお、EC裁判所は、EC法に合致した安保理決議の実施、具体的には、制裁発動の根拠を示し、対象者の防御権を実効的に保護することが実際に可能かどうか見解を示していないが、仮に可能ではないとすると、EC法秩序における国際法の効力の問題が生じる。Kadi and Al Barakaat判決によるならば、このようなケースではEC法が優先すると解されるが、ECに代わり、個々の加盟国が独自の措置を発動することも、EC法違反を理由に禁じられるかといった問題も生じるが、検討は他稿に譲る。

 



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 このページは、平成平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第12巻第2号(2008年3月)に掲載された拙稿「EU・ECによる安保理決議の実施と司法救済 〜 国際テロ対策に関する事例の考察 〜」および第14巻第1号(2009年11月発刊予定)に掲載予定の拙稿「ECの smart sanctions と司法救済 〜 EC裁判所の Kadi and Al Barakaat 判決を踏まえて〜」に大きく依拠している。ホームページ上では脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌所収の拙稿を参照されたい。