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EU・ECの制裁

国連の旗

安保理決議の実施と司法救済
 
〜 国際テロ対策に関する事例 〜

EUの旗

 4.基本権の侵害

 ECの裁判手続では、安保理決議の実施にかかるEC smart sanctions によって、制裁対象者の法的審問を受ける権利、実効的な司法救済を受ける権利や所有権が侵害されたかどうか争われている。原告ないし控訴人らは自らの権利の回復を求め提訴していると考えられるため、基本権侵害の有無は一連の訴訟手続の主たる争点にあたると解されるが、判決において、原告ないし控訴人らの主張は詳細に扱われていない。特に、EC裁判所の判決では、基本権侵害に関する控訴理由は詳しく説明されていない。そのため、以下では訴訟当事者の主張に関する説明は省略する。 

 なお、第1審裁判所は、所有権、法的審問を受ける権利、実効的な司法救済を受ける権利という順番で検討しているが、EC裁判所は、まず、法的審問を受ける権利と実効的な司法救済を受ける権利について判断を下し、(それを踏まえて)所有権侵害の有無を審査している。以下では、EC裁判所の判決に沿って説明する。

 

(1) 法的審問を受ける権利

(a) 1審裁判所の判断

法的審問を受ける権利については、@安保理制裁委員会が制裁の対象者を決定する(場合によっては、)に実施される審問と、A安保理決議に従い、ECが制裁を発動する(場合によっては、)の段階における審問に分けて検討することができる。まず、@の審問について、第1審裁判所は、国際法上、絶対的に要請されるわけではなく、また、テロ対策の実効性を高めるため、事前に審問を行わなかったとしても、jus conges に反するものではないと判断している。また、制裁は財産の利用を一時的に制限するだけであり、安保理や制裁委員会が制裁の必要性について根拠を有しているのであれば、その根拠や証拠・事実を伝えなくとも、基本権が侵害されるものではないと判断している。

なお、第1審裁判所は、事後的な手続ではあるが、制裁委員会に制裁リストの見直しを要請する手続が設けらており(その手続は、安保理の Guidelines of the [Sanctions] Committee for the conduct of its work” で定められている)、これを利用することによって、実際に制裁が解除されたケースがあることを指摘している。また、確かに、この手続は再審査請求権を個人に与えているわけではなく、同人は居住国ないし本国の所轄機関に保護を求めなければならないが、制裁委員会は国や地方組織より提供された情報に基づき判断しているため、審問を受ける権利は様々なレベルの行政手続で保障されなければならず、本国の外交的保護に匹敵する、このような手続も国際法上の絶対的要請に反するものではないとしている。なお、Kadiは、居住国かつ本国であるサウジアラビアの国連常任代表に手紙を送り、制裁委員会の見直手続における自らの権利について言及したが、返答がないとされていることに対し、第1審裁判所は、ECには関係せず、また、EC法の有効性に影響を及ぼさないと判断している。

 次に、ECが制裁を発動する前に審問を実施しなかったことについて(Aの審問)、第1審裁判所は、確かに、公正な審問を受ける権利の保障はEC法上の基本原則の一つであり、実体法が整備されていない場合であれ保障されなければならないが、事前に審問を実施しないことは、EC法でも認められているとする。また、公正な審問の実施を含めた手続保障は、公的機関が裁量権を行使し、個人に不利な判断を下していることに関連するが、本稿で考察するケースにおいて、制裁の発動は国連制裁委員会によって決定され、その実施に際し、ECには裁量権が与えられておらず、審問の実施も可能ではないため、それに先立ち、ECの諸機関が審問を行っていなくても、違法ではないと判断している。   


(b) Maduro 法務官の意見

 EC裁判所の判決において、控訴理由は説明されていない。他方、被控訴人らは、これらの権利の保障は安保理決議に反し、また、国際テロ対策を形骸化させかねないとし、その制限も国際テロ防止の観点から正当化されると主張している。この点について、Maduro 法務官は、確かに、公益に基づく制約も認められようが、控訴人らには制裁の正当性について意見を述べる機会が全く与えられていない点を指摘している。また、確かに、安保理の制裁リストから対象者を削除する手続が設けられているが、これは政府間協議という性格を持っており、制裁委員会は申請者の見解を考慮する義務を負っていないことを挙げている。さらに、この手続では、制裁決定の根拠となった情報への最低限のアクセスが保障されていない点に触れた上で、これは控訴人らの実効的な司法救済を受ける権利にも著しく悪い影響を与えているとする。                           


(c) EC裁判所の判断

 EC裁判所は、安保理(制裁委員会)が制裁対象者リストを作成する前に、該当者の見解を聴取しなかったり、また、事後的にも審問を実施していないことについては判断を示さず、代わりに、ECの制裁発動手続について検討し、制裁対象者リストに加える前に該当者の意見を聴取したり、リストに記載した理由を示す必要はないと判示している。また、安全保障政策上の重大な理由に基づき、伝達すべき事項を制限することも可能であるとする(原審同旨)。しかし、テロ対策上の理由に基づき、司法統制が否定されるわけではなく、制裁発動理由(つまり、控訴人らを制裁リストに加えた理由)が裁判所によって審査されなければならないため、ECの諸機関は控訴人らを制裁対象者リストに加えることを決定したときか、または、少なくともリスト作成後のできるだけ早い時期に、その理由を控訴人らに伝え、同人らが提訴期間内に提訴できるようにする必要があると判断している。つまり、制裁対象者が自らの権利を最も実効的に保護し、(また、その手段として)EC裁判所への提訴が効果的かどうか判断できるようにするためだけではなく、ECの司法機関が法令審査を完全に行えるようにするため、制裁発動理由を通達しなければならないとする。また、安全保障政策上の秘密保持の要請と権利保護(手続上の権利の保障)の要請を調整するため、(特別な)手続を用いる必要があるとする。  

 このような理論を示した上で、EC裁判所は控訴人らの権利の侵害について検討しているが、同人らが制裁対象者リストに記載された理由を リストへの記載時か、またはその後に 知らせる手続は設けられておらず、審問の実施についても定められていないこと、控訴人らには全く情報が与えられていないこと、さらに、制裁発動後の適切な期間内に情報を得る権利も与えられず、自らの見解を適切に主張しえない状況に置かれていることを考慮すると、控訴人らの防御権、特に、法的審問を受ける権利は保障されていないとの結論を導いている。

 

(2) 実効的な司法救済を受ける権利

(a) 1審裁判所の判断

前述したように、ECによる制裁の内容や対象者は安保理(ないし国連制裁委員会)によって決定されているが、安保理決議は制裁のターゲットになった者に訴権ないし請願権を与えていない。また、国際裁判所や国内裁判所の管轄権について定めていない。これが実効的な司法救済を受ける権利の侵害にあたるかという問題について、第1審裁判所は、裁判所へのアクセスは絶対的に保障されなければならないわけではないとの前提に立った上で、世界平和と国際安全保障の維持といった制裁の重要な目的を考慮すると、安保理制裁決議の実施に関し、それが保障されていないとしても、強行法に違反するとは言えないと判断している。また、安保理決議の効力は無期限ではなく、12ないし18ヶ月後に制裁を維持すべきか検討する制度が安保理によって導入されている点を強調している。さらに、制裁委員会に対し、制裁リストの見直しを要請する手続が設けられており、これは基本権保護に資することが指摘されている。なお、原告らは、EC条約第230条に従い、第1審裁判所に訴えることが認められ、実際に、同裁判所によって完全な法令審査が行われていることについても言及されている。 


(b) Maduro 法務官の意見

実効的な司法救済を受ける権利の侵害について、Maduro法務官は、この権利はEC裁判所や欧州人権裁判所の判例法で非常に重視されていることを指摘した上で、控訴人らには、数年間にわたり、この権利が保障されておらず、それゆえ、同人らに対する制裁が比例性の原則に反し、また、誤っている可能性さえ払拭しえないと述べている。また、国連レベルでは、独立した司法機関の審査を求める権利が保障されていないことを考慮すると、安保理制裁の実施に際し、ECはこの権利を保障しなければならないとする。 


(c) EC裁判所の判断

EC裁判所は、実効的な司法救済を受ける権利の保障は加盟国憲法に共通するEC法の一般原則であり、欧州人権条約第6条第2項や第13条でも保障されていること、また、EU基本権憲章第47条でも、この権利が保障されていることを指摘した上で、控訴人らには制裁発動理由が伝えられず、また、管轄機関に見解を述べる機会も保障されいないことを考慮すると、その防御権、特に、法的審問を受ける権利は保障されているとは言えず、それゆえ、控訴人らは本件訴訟手続において自らの権利を満足しうる形で保護することができておらず、実効的な司法救済を受ける権利も保障されていないとする。さらに、EU理事会は司法審査を拒んでいるため、EC裁判所は制裁の適法性について判断できる状況になく、同裁判所への控訴によって、控訴人らの権利保護に関する欠陥が治癒されるわけではないと判断している。このように述べ、EC裁判所は、控訴人らの防御権、特に、法的審問を受ける権利の侵害と、それに伴う実効的な司法救済を受ける権利の侵害を認定している。

 

(3) 所有権の侵害

(a) 1審裁判所の判断

 所有権の侵害について、第1審裁判所は、世界人権宣言第17条第2項を指摘しながら、財産が恣意的に没収される場合にのみ、強行法違反は認定されるとし、本稿で考察するケースではそのような状況は生じていないと判示している。また、所有権の制約を正当化する事由として、日用品や医薬品等の生活に必要な物品の購入費は制裁(資金や財産の凍結)の対象から除外しうることを指摘している。さらに、ビン・ラディンや、アルカイダおよびタリバーンのメンバー等の資金の凍結は、世界平和や国際安全保障の維持という国際社会に極めて重要な目的によって正当化されるとする一方で、制裁は暫定的であること、制裁の見直し手続が設けられていること、また、被害者の居住国や本国を通じた保護が可能であることを挙げている。なお、これらの権利保護を目的とした制度は、事後のケースであるAyadi事件において、より詳細に検討されている。同事件の原告は、確かに、アイルランド当局は原告の生活費を負担してくれたが、通常の社会生活ができなくなっただけではなく、経済活動を営むことも不可能になった(タクシー運転手としてのライセンスの取得や自動車を借りることもできなくなった)と主張した。この点について、第1審裁判所は、理事会規則や安保理決議は満足のいく私生活を妨げるものではないこと、また、住宅や自動車等、日常生活に必要である限り、そのために必要な資金を凍結するものでもないこと、さらに、経済活動を禁じるものでも、タクシー運転ライセンスや自動車の取得を禁止しているわけではないと判断し、原告の主張を退けている。


(b) Maduro 法務官の意見

 控訴人らの所有権の侵害について、Maduro 法務官は、手続保障がなされることなく、不特定期間、財産を凍結することは所有権の侵害にあたると捉えている。なお、これが国際テロ対策の観点から正当化されるかという問題については見解が明確に示されていないが、手続保障がなされていないことに基づき、これを否定するものと解される。


 (c) EC裁判所の判断

EC裁判所は、所有権の制約も公の利益に資するECの目的によって正当化され、また、比例性の原則に反しない限り許されるという自らの判例法理について触れた後、保障範囲の決定に関しては欧州人権条約第1附属議定書第1条を参照すべきとする。そして、本件のsmart sanctions は財産を没収するものではなく、資金を一時的に凍結するに過ぎないが、Kadiの権利を著しく制約すると判断する一方で、ビン・ラディン、アルカイダおよびタリバーンと関わりのある者の資金を凍結することは世界平和や国際安全保障上の目的によって正当化され、比例性の原則にも反しないとする。なお、比例性の原則に違反しない点については、安保理決議1452 (2002) に照らし制定されたEC規則第561/2003号は例外措置や制裁の解除について定めており、生活に必要な資金は確保されることも指摘されている。

  もっとも、EC裁判所は、欧州人権条約第1附属議定書第1条を参照しながら、個人には所有権の侵害について管轄機関に見解を述べる機会が適切に保障されていなければならないが、Kadi(控訴人)に対しては、管轄機関に見解を述べることが全く保障されないまま制裁が発動され、その内容が包括的であることや、その実施期間を考慮すると、その制約は著しく、正当化されないと判断している。ただし、この結論は手続保障がなされなかったことに基づいており、所有権の著しい制約も正当化されないわけではないとする。また、判決文では、Kadiについてのみ所有権の侵害が認定されているが、Al Barakaat についても同様に制裁(厳密にはその根拠法である規則)を無効と判断されている。



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 このページは、平成平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第14巻第1号(2009年11月発刊予定)に掲載予定の拙稿「ECの smart sanctions と司法救済 〜 EC裁判所の Kadi and Al Barakaat 判決を踏まえて〜」に大きく依拠している。ホームページ上では脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌所収の拙稿を参照されたい。