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EU・ECの制裁

国連の旗

安保理決議の実施と司法救済
 
〜 国際テロ対策に関する事例 〜

EUの旗

2.司法審査

リストマーク1審裁判所の判断

EC規則に基づき資金が凍結され、また、経済活動を制約された個人や団体は、自らの基本権(所有権、法的審問を受ける権利および法的救済を受ける権利)の侵害を訴えているが、ECの措置は安保理決議を機械的に実施したものに過ぎない。つまり、制裁対象者の特定や制裁内容の決定について、ECに裁量権は与えられておらず、ECは安保理の決定に従っている。それゆえ、EC制裁の適法性について実体的審査を行うことは、安保理決議の適法性を実体的に審査することに他ならないが、このような間接的審査について、第1審裁判所は、国際法およびEC法上、(原則として)禁止されると判断している。つまり、国連加盟国(なお、ECは国家でも、国連加盟国としての地位を有するわけでもない)による安保理決議の審査は、国連憲章(特に、第25条、第48条第2項および第103条)や条約法条約第27条に合致しないだけではなく、EC条約(特に、第5条、第10条、第297条および第307条第1項)やEU条約(特に、第5条)に違反すると述べている。さらに、国連憲章がEC条約に優先するため、EC法が保障する基本権の侵害やEC法上の諸原則違反は、国連安保理決議の有効性やEC内での効力に影響を及ぼさないと付け加えている。これらの点に基づき、第1審裁判所は、EC法(権利保護規定を含む)に照らし、安保理決議の適法性を間接的に審査することは許されないとしているが、ただし、安保理決議であれ、強行法(基本権保護)に違反してはならないため、その有無を審査することまで妨げられるものではないとの判断を下している。                    

 

リストマーク 原判決に対する訴訟当事者の主張

この原判決について、Kadi(控訴人)は、安保理決議の拘束力と同決議の解釈に関し、国際法およびEC法の観点から誤りがあると主張している。また、EC裁判所の Bosphorus 判決を指摘しながら、国連が独立した司法機関による救済制度を設けていない以上、ECの司法機関は、EC法上保障された基本権の侵害について審査しなければならないと述べている。さらに、Bosphorus 判決において、EC裁判所は、安保理制裁の実施に必要なEC2次法は司法審査の対象から除外されると判断しているわけではないとする。 

これに対し、被控訴人であるEU理事会や欧州委員会、また、両機関を支援するために訴訟参加したイギリス政府は、Bosphorus 判決において、EC裁判所は自らの審査権限の範囲について判断していないため、同判決は参考にならないと反論している。また、安保理決議の実施にかかる措置の適法性が問題になったケースにおいて、欧州人権裁判所は人権条約が適用されるケースではないとし、自らの管轄権を否定したと主張している。さらに、EC裁判所の審査権限を否認する他の根拠として、欧州委員会は "political questions" の法理を挙げている。なお、EU理事会は、EC裁判所による審査が国際社会に与える影響の大きさについても指摘している。

 

リストマーク Maduro 法務官の意見

 まず、ECの司法機関の審査権限について、Maduro法務官は、国連憲章がEC法に絶対的に優先するわけではなく、安保理決議がEC法で保障される基本権を侵害する場合、ECはそれを無条件に実施しなければならないわけではないという前提に立った上で、ECの司法機関は、安保理決議がEC法上の基本権を侵害していないか審査すべきであるとする。 

また、EC裁判所の審査のあり方について、Maduro 法務官は、確かに、司法判断が国際テロ対策に及ぼす影響は計り知れず、裁判所は権力分立の原則を無視してはならないが、それゆえに基本権の尊重というECの理念が損なわれてもよいわけではなく、法規範の維持という裁判所の任務は免除されないと述べている。そして、本件においても、EC裁判所は通常の基本権審査を行うべきであり、国際テロ対策の観点より、基本権の制約が正当化されるか判断すべきであるとする。 

次に、Bosphorus判決の解釈に関する争いについて、Maduro 法務官は、同判決ではEC裁判所の審査権限について明確に判示されていないが、基本権の尊重が自明の理として扱われているとする(つまり、EC裁判所の基本権審査を肯定する)。また、仮に被控訴人らの主張が正しいとしても、同人らは、安保理決議が超憲法的性質を有し(安保理決議のEC法に対する優先性)、ECの司法機関の審査権限を否認する根拠を示していないと述べている。なお、その根拠として、イギリス政府は、EC条約第307条を挙げているが、Maduro 法務官は以下のように述べ、これを退けている。すなわち、確かに、同条は、ある加盟国がEUに加盟する前に締結していた条約は、EC法の影響を受けないことを明定しているが(ここでは、イギリスはEUに加盟する前に、すでに国連に加盟しており、国連憲章上の義務の履行がEC法上の義務の履行に優先するということである)、同条第2項は、そのような国際条約とEC法との抵触を除去する義務を加盟国に課しているため、イギリスは、安保理の常任理事国として、EC法上の基本原則に違反する措置の採択をできる限り阻止しなければならない。

  また、安保理決議の実施にかかる措置の適法性が問題になったケースにおいて、欧州人権裁判所は司法審査を放棄したという被控訴人らの主張も、同裁判所の判断を誤った解釈として退けている。仮に被控訴人らの主張が正しいとしても、欧州人権条約は国家間の条約であり、加盟国に国際法上の義務を課しているのに対し、EC条約は独自の法源であり、国家だけではなく、個人の権利・義務について直接的に定めていることを指摘した上で、欧州人権裁判所とEC裁判所の司法審査には違いがあるとしている。 

 被控訴人らが指摘する "political questions" の法理についても、Maduro 法務官は、安保理の判断が政治的であるにせよ、基本権の侵害が許されるわけではないため、裁判所の審査は排除されないと批判している。

  さらに、EC裁判所の審査は国際社会に大きな影響を及ぼすという見解についても、法務官は以下のように反論している。すなわち、確かに、司法判断の反響は大きいであろうが、それは必ずしもネガティブなものではない。制裁を受けた者にとって、司法救済の可能性は国内裁判所への提訴に限定されている。また、EC裁判所の判断の法的効果はEC法体系内に限定され、国際法秩序に与える影響については、国際法の観点から判断される。確かに、EC法上の一般原則(つまり、基本権保護)は、ECや加盟国の国際活動を制約することになろうが、国家責任や国連憲章第103条上の要請にもかかわらず、EC裁判所は同原則を適用しなければならない。 

 以上の判断に基づき、Maduro 法務官は、EC裁判所の審査権限を肯定した。

 

リストマーク EC裁判所の判断

 自らの審査権限について、EC裁判所は、加盟国やECの諸機関が発したすべての措置は司法審査に服し、「ECの憲法的性格を持つ」(basic constitutional charter EC条約に合致するかどうか審査されることを明確にした上で、 国連憲章の優先性から基本権審査が免れるわけではないと判断している。なお、同裁判所は、国際法(安保理決議)の実施にかかるEC2次法の適法性が審査されるのであり、国際法が審査の対象になるわけではないことを強調している。つまり、本件での司法審査の対象は安保理決議ではなく、その実施にかかるECの法令であるとする。さらに、EC裁判所は、確かに、制裁対象者の基本権を保護する手続が国連レベルで設けられているが、対象者が自らの権利を擁護する真の機会は保障されていないことや、制裁委員会は全会一致で判断することに鑑み、この手続は外交的な性質を有するとし、司法審査を否認することはEC条約上の基本権保護制度に著しく反するとする。つまり、上掲の手続が設けられているとはいえ、ECの司法機関は、安保理決議の実施にかかるECのすべての措置の適法性を、基本権保護の観点から、包括的に審査すべきであるとし、jus conges 審査に限定する原判決を破棄している。また、安保理決議の実施にかかるECの措置は上位のEC法に違反すると判示されるにせよ、同決議の国際法上の優先性が否定されるものではないとする。 

欧州人権裁判所の判例法について、EC裁判所は、欧州人権裁判所は、あくまでも国連(その補助機関や安全保障理事会)が発した措置の適法性を審査する権限を否認しており、人権条約締結国の行為の審査を否認するものではないとする。他方、本件で適法性が争われているのは、安保理や補助機関の決議ではなく、その実施にかかるECの規則であるため、EC裁判所は管轄権を有するとする。

 

リストマーク 考察

ECsmart sanctions に関する法律問題は、そもそも、同制裁の基盤である安保理決議が制裁を受ける者に何ら手続保障を与えることなく採択され、また、国連レベルで実効的な救済制度(別の観点から捉えるならば、安保理決議の司法統制システム)が設けられていないことに起因している。このような状況下、EC裁判所は自らの審査を憲法保障と位置付け、その重要性を強調していることは注目に値するが、以下の点を指摘しえよう。 

@ EC裁判所によって審査されるのは制裁の実体的当否ではなく、基本権侵害の有無、厳密には、著しい基本権の制約も正当化されるかである。Kadi and Al Barakaat 判決では、基本権保護は法の一般原則の一部に組み込まれており、同裁判所はその保障を確保しなければならないこと、また、基本権保護の要請に合致しない第2次法は無効であるとする従来の判例法が確認されている。EC裁判所は、それゆえに国際法上の義務の履行に際しても、EC憲法上の原則(constitutional principles)である基本権が保障されなければならないとする。さらに、ECEC法体系に合致しない条約を締結しえないことについても言及されているが、これは本件には関係しない。自らによる憲法保障ないし基本権保護の重要性を強調するあまり、判決は冗漫である。なお、国際法上の義務の履行に際し、ECの諸機関はEC法(基本権保護)を尊重しなければならないとする判旨は、何も安保理決議の実施に際し適用されるわけではない。かねてより、ECによるWTO諸協定の実施が批判されているが、基本権保護というEC法上の一般原則に違反していないかといった観点から検討することも有意義であろう。 

A 訴訟手続では、テロ対策の特殊性や "political questions" の法理に照らし、司法審査を抑制する見解も主張されていたが(前述参照)、EC裁判所は、2次法は審査が免れるわけではないとする。ただし、前述したように、司法審査は基本権侵害の有無に限定されている。つまり、EC制裁の実体的な当否は検討されないため、前掲の法理が適用される場合と同様の結果が生じる。 

B EC裁判所による審査は国際社会に大きな影響を及ぼすため慎むべきであるとするEU理事会の主張について、EC裁判所は、Maduro法務官のように、直接的に見解を示しているわけではないが、前述したように、すべてのEC2次法は司法審査に服すと述べている。また、審査の対象はあくまでも第2次法であり、それを無効と宣言することによって安保理決議の優先性が否定されるわけではないとする。確かに、EC裁判所によって欠陥が指摘されているのは、ECによる安保理決議の実施方法であり、第3国の実施方法にも直接影響を及ぼすものではないが、特に、所有権の制約が正当化されるか、また、比例性の原則に違反しないかという点に関する判断は、実質的に安保理決議に及ぶ。もっとも、基本権侵害が放置されてはならないため、司法審査の影響力や国際テロ対策の実効性確保を理由に裁判所は審査を控えるべきであるとする主張は、権利保護の観点から支持しえない。つまり、司法審査には司法救済という意義も含まれている。なお、司法審査の実施をめぐり、立法・行政機関と司法機関が対立し、前者(EU理事会と欧州委員会)は、安保理が発言するとき、EC裁判所は口を慎むべきと考えていると Maduro法務官は説明している。EC裁判所が自らによる「憲法保障」を強調する背景には、自らの権限を維持する意図もあったと解される。 

EC裁判所と第1審裁判所の判断を比較すると、一見、前者はより広い範囲で司法審査の必要性を認めていると解される。もっとも、法的共同体であるECが司法審査を免れないことは第1審裁判所も認めている。また、同裁判所の訴訟手続において、Yusufは、司法審査は安保理制裁委員会によって作成された制裁者リストが正しく運用されているか、具体的には、ECはリストに掲載された個人・組織の特定を誤っていないかという点に限定されると主張しているが(いわば、安保理決議に照らしたEC法の審査)、第1審裁判所はより広範な審査を認めている。すなわち、安保理決議が jus cogens に違反しないか間接的に審査している。確かに、jus cogensの内容には争いがあるが、基本権の尊重は含まれると解される。他方、所有権の保護は jus cogens に属さないが、第1審裁判所は同権利の侵害についても検討しており、文献上、批判されているが、同裁判所は所有権を jus cogens として捉えているのではなく、EC制裁による所有権の制約が jus cogensに違反しないか審査していると解釈することもできる。いずれにせよ、基本権の侵害について両裁判所の結論は異なっているが、司法審査の範囲は本質的に異なるものではない。他方、裁判規範をjus cogens に限定する原判決をEC裁判所は取り消しているが(つまり、jus cogens には含まれないEC法上の原則をも基準にして審査すべきとする)、両裁判所が用いる権利保護水準は本質的に異なるものではない。 

なお、国際法上のjus cogens が裁判規範になるか、それともEC法が裁判規範になるかは、審査の対象の違いによると解される。つまり、第1審裁判所は、smart sanctions は安保理決議を機械的に実施するものであるため、その審査は安保理決議の審査に他ならないとし(間接的審査)、jus cogens を裁判規範にするが(安保理決議はECの法令ではないため、EC法に照らし審査することはできない)、他方、EC裁判所は安保理決議ではなく、あくまでもEC2次法(安保理決議の実施方法)が審査の対象になるとする(なお、第2次法の審査は jus cogensに照らし行うことも可能である)。裁判所の管轄権を考慮すると、EC裁判所の見解が適切である。つまり、ECの司法機関には安保理決議の適法性について審査する権限は与えられていない。確かに、第1審裁判所はEC2次法の審査を通した間接的審査について論じており、自らの管轄権が安保理決議にまで及ぶことを認めているわけではない。しかし、「間接的」とは、第1審裁判所の権限の取得が直接的ではないことを指すに過ぎず、審査それ自体は直接的であると言えよう。特に、安保理が決定した制裁による所有権の侵害に関する判断は安保理決議の適法性に直結する。同決議の強行法違反が否定される場合はさておき、認定されるような場合、同裁判所は、その無効を宣言するものかどうか注目に値するが、前述したとおり、そもそも、同裁判所には、そのような権限は与えられていない。

 Kadi and Al Barakaat 事件では、Bosphorus 判決の解釈も争点の一つになっているが、同判決では、国連安保理のユーゴスラビア制裁決議を実施するため、EU理事会が制定した規則(Regulation (EEC) No 990/93 of Council)の適法性が争われた。同規則第8条第1項は、安保理決議を機械的に置き換え、次のように定めていた。

       "All vessels, freight vehicles, rolling stock and aircraft in which a majority or controlling interest is held by a person or undertaking in or operating from the Federal Republic of Yugoslavia (Serbia and Montenegro) shall be impounded by the competent authorities of the Member States."

この規定に従い、ユーゴスラビアの国営企業が占有する航空機だけではなく、トルコの民間企業(原告)が同企業よりチャーターし、使用する航空機まで押収されることになった。原告は、旧ユーゴスラビアにおける戦争状態や人権侵害に全く関係しない第3国の企業をも制裁の対象に含ませるのは比例性の原則に反すると主張したのに対し、EC裁判所は、前掲のEU理事会規則ではなく、むしろ、その根拠法である安保理決議について検討し、後者は比例性の原則に反するものではないと判断している。これは、単なる間接的な審査にとどまるものではないと解されるが(また、EC裁判所は、第1審裁判所のように、安保理決議の間接的審査について指摘しているわけでもない)、Kadi and Al Barakaat判決においても、EC裁判所は安保理決議が審査の対象になることを明瞭に否定している。なお、Bosphorus事件の原告は、人権条約違反を理由に人権裁判所にも提訴しているが、条約違反は確認されていない。

 ところで、前述したように、Maduro法務官は、欧州人権条約とEC条約との違い、また、欧州人権裁判所とEC裁判所の役割の違いを指摘している。これは、仮に欧州人権裁判所は安保理決議の実施にかかる国内措置の人権条約違反について審査していないとする見解が正しいとしても、EC裁判所が同様に基本権審査を免れるわけではないことを裏付けるための主張と解されるが、本件に直接的に関連しているわけではない。また、欧州人権裁判所による審査を否定する前掲の解釈は支持しえない。



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 このページは、平成平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第14巻第1号(2009年11月発刊予定)に掲載予定の拙稿「ECの smart sanctions と司法救済 〜 EC裁判所の Kadi and Al Barakaat 判決を踏まえて〜」に大きく依拠している。ホームページ上では脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌所収の拙稿を参照されたい。