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EU・ECの制裁

国連の旗

安保理決議の実施と司法救済
 
〜 国際テロ対策に関する事例 〜



 第1審裁判所の判断 を不服とし、EC裁判所に控訴が提起されているが(Case C-402/05 P, Kadi v. Council and Commisssion; Case C-415/05 P, Yusuf and Al Barakaat v. Council and Commisssion; Case C-403/06 P, Ayadi v. Council)、2008年7月15日現在、同裁判所の 判決はまだ下されていない。なお、以下の2つのケースでは、Maduro 法務官の 「意見」が出されている。

 ・ Case C-402/05 P, Kadi v. Council and Commisssion
   提出日 2008年1月16日

 ・ Case C-415/05 P, Yusuf and Al Barakaat v. Council and Commisssion
   提出日 2008年1月23日


   EC裁判所の法務官の役割については こちら


 Kadi v. Council and Commission 事件における意見参照の概要は以下の通りである。


1.EC制裁の法的根拠

 第1審裁判所は、EC条約第60条および第301条は個人を対象にした制裁の法的根拠にはなりえないため、第308条を援用する必要があると判断しているが、Maduro 法務官は、第60条と第301条のみで十分であるとする(paras. 12-16)。その根拠は以下の通りである。

@ EC条約第301条および第60条は、共通外交・安全保障政策 の実施に必要な措置("urgent measures")を発し、第3国との経済関係を断絶するか、または削減する権限をECに与えているが、個人をターゲットにした制裁は、必然的に同人が滞在する国にも影響を及ぼす(つまり、smart sanctions は第3国に対する制裁としての意義を有する)。したがって、個人に対する制裁を第301条および第60条の適用範囲から除外することは、国際経済の実体を無視することになる(paras. 12-13)。

A 第1審裁判所が指摘するように、第301条は共通外交・安全保障政策の実施に必要な措置を講じる権限をECに与えている が、同政策の一環として、EUは smart sanctions の発動を決定しうる。そのため、第301条の適用範囲から、このような制裁が除外されると狭く解釈すべきではない(para. 14)。

B 第1審裁判所は、第308条を共通外交・安全保障政策とECの政策の「橋渡し」をする規定として捉えているが、同条はECに新たな目標・目的を与えるものではなく、すでに定められている目標・目的を実現する手段を与えるものである。そのため、第1審裁判所のように、個人に対する制裁は第301条の目的に含まれないと捉えるならば、第308条は、そのような制裁の法的根拠になりえない(para. 15)。


制裁

 


2.EC制裁の違法性(基本権侵害)に関するEC裁判所の管轄権

 ECの制裁は公正な審問を受ける権利や所有権を侵害するだけではなく、比例性の原則に反するという原告(控訴人)の主張を審査するに先立ち、第1審裁判所は、自らの管轄権について検討し、これを否定している。その理由として、同裁判所は、@ 国連憲章第103条より、安保理決議のEC法に対する優先性が導かれること、また、A それゆえ、同裁判所は、間接的であるにせよ、EC法上の基本権審査を行う権限を持たないことを挙げている。ただし、安保理決議が強行法(基本権保護)に違反していないかどうかの審査まで妨げられるものではないと述べている。

 上掲の第1審裁判所の判断に対し、控訴人は、安保理決議の拘束力と同決議の解釈について、国際法上の誤りがあると主張している。また、控訴手続では、EC裁判所の Bosphorus 判決を指摘しながら、国連が独立した司法機関による審査制度を設けていない以上、ECの司法機関は、EC法上、保障された基本権の侵害の有無について審査しなければならないと述べている(para. 26)。

 これに対し、被控訴人であるEU理事会や欧州委員会、また、訴訟参加したイギリス政府は、Bosphorus 判決において、EC裁判所は自らの審査権限の範囲について判断しておらず、同判決から、EC裁判所の基本権審査権限は導かれないと反論している(para. 27)。

 まず、EC法秩序における安保理決議の効力について、Maduro 法務官は、ECが国際法規に拘束されるにせよ、それゆえに、ECの司法機関は国際法規に完全に従い、また、それを無条件に適用しなければならないわけではないとした。また、国際法とEC法の関係は、EC法の観点から判断され、前者はEC法の条件に従い適用されるとした(para. 24)。 

  次に、ECの司法機関の審査権限について、法務官は、国連憲章がEC法に絶対的に優先するわけではなく、安保理決議がEC法上、保障された基本権を侵害する場合、ECはそれを無条件に実施しなければならないわけではないという前提に立った上で(前述参照)、ECの司法機関は、安保理議がEC法上の基本権を侵害していないか審査すべきであるとする(paras. 31 and 40)。

 Bosphorus 判決の解釈問題については、EC裁判所の基本権審査権限について同判決では明確に判断されていないが、同判決は基本権の尊重を自明の理として捉えている(つまり、自らの審査権限を肯定する)とする(para. 27)。また、仮に、被控訴人らの主張が正しいとしても、同人らは、安保理決議が超憲法的性質を有し(つまり、安保理決議のEC法に対する優先性)、ECの司法機関の審査権限を否認する根拠が示されていないと述べている(para. 28)。なお、その根拠として、イギリス政府は、EC条約第307条を挙げているが、Maduro 法務官は以下のように述べ、これを退けている。つまり、確かに、同条は、ある加盟国がEUに加盟する前に締結した国際条約は、EC法の影響を受けないことを明定しているが(ここでは、イギリスはEUに加盟する前に、すでに国連に加盟しており、国連憲章上の義務の履行が優先されるということである)、同条第2項は、そのような国際条約とEC法との抵触を除去する義務を加盟国に課しているため、イギリスは、安保理の常任理事国として、EC法上の基本原則に違反する措置の採択をできる限り阻止しなければならない(para. 32)。


 被控訴人であるEU理事会や欧州委員会、また、訴訟参加したイギリス政府は、EC裁判所の審査権限を否認する、さらなる根拠として、"political questions" の法理を挙げているが、Maduro 法務官は、安保理の判断が政治的であるにせよ、基本権の侵害が許されるわけではないため、裁判所の審査は排斥されないとした(para. 34, see also para. 43)。


 また、安保理決議の実施に必要な措置の適法性が問題になったケースで、欧州人権裁判所は司法審査を放棄したという被控訴人らの主張も、同裁判所の判断を誤った解釈として退けている(para. 36)。さらに、欧州人権条約は国家間の条約であり、加盟国に国際法上の義務を課しているのに対し、EC条約は独自の法源であり、国家だけではなく、個人の権利・義務について直接的に定めていることを指摘した上で、欧州人権裁判所とEC裁判所の司法審査には違いがあるとしている(para. 37)。


 なお、控訴審手続において、EU理事会は、EC裁判所による審査が国際社会に与える影響の大きさについて指摘しているが(つまり、同裁判所が安保理決議の適法性を間接的に審査し、それを違法と判断すれば、各国の国際テロ対策に大きな影響を及ぼす)、法務官は以下のように反論している。つまり、確かに、司法判断の反響は大きいであろうが、それは必ずしもネガティブなものではない。制裁を受けた者にとって、司法救済の可能性は、国内裁判所への提訴に限定されている(それゆえ、国内裁判所の役割は非常に重要であり、司法救済への道を開かなければならない)(para. 38)。また、EC裁判所の判断の法的効果はEC法体系内に限定され、国際法秩序に与える影響については、国際法の観点から判断される。確かに、EC法上の一般原則(つまり、基本権保護)は、ECや加盟国の国際的な活動に制約を加えることもあろうが、国家責任や国連憲章第103条上の要請にもかかわらず、EC裁判所は同原則を適用しなければならない(para. 39)。


 以上の判断に基づき、Maduro 法務官は、EC裁判所の審査権限を肯定した。


3.基本権侵害の有無

 次いで、Maduro 法務官は、安保理は控訴人(原告)の意見を事前に聴くことなく、制裁を決定しているだけではなく、控訴人には、独立した司法機関による救済が保障されていないことを考慮すると、EC法上、同人のこの権利は保障されなければならないと判断した。その上で、公正な審問を受ける権利、司法救済を受ける権利および所有権が侵害されたという控訴人の主張は正当であり、この点において、EC制裁は無効であるとの結論を導いている。なお、確かに、安保理の制裁リストから対象者を削除する手続が設けられているが、これは政府間の協議という性格を持っており、安保理制裁委員会は申請者の見解を考慮する義務を負っていないこと、また、この手続では、制裁発動の根拠となった情報へのアクセスが何ら保障されていないことが指摘されている(para. 51)。

 ところで、欧州委員会とイギリス政府は、控訴人の基本権の制約は国際テロの抑止という観点から正当化され、本件では、基本権保護の要件を緩やかにすべきであると述べているが、Maduro 法務官は、そのようにすべき理由はないとする一方で、国際テロ対策の観点から、基本権の制約が許されるかどうかは、EC裁判所によって判断されなければならないとしている(paras. 42-46)





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