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は じ め に

 国家の権限ないし管轄権は、一般に制限されない。例えば、海外諸国より日本人は働きすぎと批判されれば、日本国は新たに公休日を設けることができるし、少子高齢化問題が深刻になれば、産休制度を導入したり、医療保険・年金制度を改革することができる。

  これに対し、ECは包括的な権限を有しているわけではなく、加盟国から委譲された権限のみを有する。社会政策に関しては、当初のEC条約(EEC条約)第3条では、ECが実施すべき政策として挙げられていなかった。これは、社会政策に関する加盟国の理念や制度は伝統的に大きく異なっていること、また、この政策の実施は国の財政や民間企業の経営を圧迫しかねないといった理由に基づいている。 

  ・     ドイツを初めとする新自由主義的な考えを持つ国は、加盟国の市場が統合され、企業間の競争が高まれば、生産性が向上し、それによって労働者の生活・労働条件も自然に改善されると考えていた。

  ・     これに対し、フランスを中心とする国々は、作為的な生活・労働条件の改善は、企業の競争力を弱めることになるため、ECレベルで、生活・労働条件の改善に取り組み、いわゆるソーシャル・ダンピングという現象が生じないように対処する必要があると考えている[1]

   このような 見解の相違を背景に、EC設立当初、ECの社会政策は、労働者の移動の自由 に関する 案件に制限されていたこちら も参照)。その他の分野にも政策が発展していったのは、1974年以降のことである[2]

 1987年7月発効の単一欧州議定書により、ECの管轄領域は社会政策にも拡大するが、社会政策がECの政策としてEC条約第3条内に列記されるようになったのは、マーストリヒト条約 の発効後(199311月)のことである(第3条第1項 第 j 号参照)。 これと同時に、一般職業教育と青年に関する規定(第149条〜第150条)が挿入された参照。なお、この権限拡大にイギリスは反発し、政策への参加を棄権した。そのため、社会政策に関する議定書と協定[3]が新たに制定され、主としてこの協定に基づき政策は実施されることになった。しかし、1997年にブレア労働党政権が発足すると、イギリスは、ECの政策に参加するようになった。そのため、前掲の議定書と協定は破棄され(これは19995月発効のアムステルダム条約第2条第58号に基づく)、現在では、EC条約第136条ないし143条内にその規定が取り入れられている。 

  さらに、アムステルダム条約 に基づき、雇用政策に関する規定がEC条約内に導入された(第125条〜第130条)。域内経済の沈滞や経営の合理化を背景に、ほぼすべての加盟国において失業問題が慢性化している。



 また、ニース条約 の発効に伴い、ECの権限は第137条第1項でまとめて規定されるようになった参照。また、理事会が特定多数決で指令を制定しうる案件を拡大しているが第137条第b号国内政策を根本的に変更したり、加盟国の財政均衡を害するような内容の指令を制定することはできない旨を明確に定めている第137条第4項

 なお、ニース条約は、社会的保護の分野に関し、欧州委員会との協力を促進するため、部会を設けることを可能にしている(第144条)。なお、この部会にはアドバイス権限しか与えられていない。EU理事会の単純多数決によって設立されるが、各加盟国と欧州委員会は、それぞれメンバーを2名ずつ任命しうる。




  社会政策の一環として、ECは、労使間の対話、いわゆる、social dialog を促進している(第138条第1項)。また、ECレベルで組織された事業者団体と労働者団体には、ECの政策決定に参加することができる(第2項〜第4項)。他方、国内の労使団体には、EC法(指令)に照らして国内法を制定する権限が与えられている(第137条第4項)[4]

  その他、ECは、雇用機会を改善するため、加盟国を資金面で援助している(ヨーロッパ社会基金、第146条以下)。さらに、加盟国間の協力によって、一般的・職業的教育が奨励されているが、ECはそれを資金面で支援している(第149条〜第150条)。

 



[1]     Hakenberg, Grundzüge des Europäischen Gemeinschaftsrechts, Verlag Vahlen 2003, 3rd edition, p. 182 (para. 131).

[2]     1974121日、最初の社会プログラムが策定されているが(OJ 1974 C 13, p. 1)、完全に実施されることなく終わった。See Krebber, in Callies and Ruffert (eds.), Kommentar zu EU-Vertrag und EG-Vertrag, Luchterhand 2002, 2nd edition, Art. 136, para. 3.


[3]     BGBl 1992, II, pp. 1313 and 1314.

[4]     これらの権利はマーストリヒト条約に基づき与えられた。