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EUの旗 Juncker 首相、欧州統合について語る


 2005年7月29日付けの Frankfurter Allgemeine 紙(ドイツ)には、ルクセンブルクの Juncker 首相のインタビュー記事が掲載されている(参照)。2005年上半期、EU理事会議長を務めた同氏は、フランスオランダ に続き、自国でも欧州憲法条約の批准が否決されるようなことがあれば辞任すると表明し(詳しくは こちら)、国民の支持を強く訴えていたが、その成果もあり、7月10日に実施された国民投票では、批准が可決された(詳しくは こちら)。インタビューでは、その欧州憲法条約の「生命」や、イギリスの Blair 首相との確執について語っているが、その概要は以下の通りである。



リストマーク 欧州憲法条約の批准について

 ルクセンブルクの国民投票でも批准が否決されていたならば、憲法条約の生命は絶たれていたであろうが、まもなく、ベルギーも批准を決定し(参照)、批准を公式に了承する国は14ヶ国に達するであろう(参照)。その他の国でも批准が支持されるよう、憲法条約の重要性を訴えなければならないが、2005年6月の欧州理事会が導入した検討期間は、議論ないし討論を活性化するために費やされるべきである(参照)。

 フランスオランダ の国民投票で批准が否決されたのは、憲法条約が新しく定める事項ではなく、従来のEU・EC条約の内容に反対する国民が多かったためである。つまり、そこでは、憲法条約そのものではなく、欧州統合を支持するかいなかが問われていた。現段階で、憲法条約の内容を再検討する必要はなく、フランスやオランダは、(同じ内容の憲法条約について)再度、国民投票を実施すべきであるが、批准を否決する国が5ヶ国を超えるようなことがあれば、再協議が要求されよう。

 憲法条約の発効は、早くても2009年1月1日である(当初は2007年11月の発効を目標にしていた)。



リストマーク Blair 首相との確執について

 2005年6月の欧州理事会で、次期財政計画 がまとまらなかったことを受け、政治同盟を目指す国と、単に自由貿易地域の設立を望む国との溝は深く、EUは深刻な危機に直面していると述べたが(参照 @A)、これは、経済的利益のみを欲する国に譲歩を要求するために行ったものである。(後の Blair 首相の発言を考慮すれば〔参照〕)私の試みは、明らかに成功していると言えよう。

 Blair 首相も政治同盟の必要性を認識していることに疑いはないが(イギリス国民の態度については こちら)、彼の態度には問題がある。経済同盟で終わらせないためには、譲歩を示すことも必要である。



リストマーク EU市民の間にEU懐疑論が強まっていることについて

 その原因の一つとして、ほぼすべての国が、EUとは自国の利益を追求する場として捉えていることが挙げられよう。また、現在の多様化した社会においては、様々な見解が主張されていることも忘れてはならない。さらなる統合に反対する者は愛国主義者であり、他方、統合を推進するのは、国民の見解を汲み取れない、一部のエリートのみであるといった見方は危険性をはらんでいる。両者の橋渡しを適切に行う必要があろう。




リストマーク 平和の確立と欧州統合について

 欧州統合の理念の一つとして、平和の確立が挙げられる(参照)。我々の世代の者にとって、これは当然のことであったが、70〜80年代に生まれた者には、しっくりしないテーマである。これは、すでに平和が確立されているためであり、欧州統合が効を奏していることの表れでもある。しかし、平和を当然視し、その維持・確立に力を注がないことより、新たな危機が生じる。



リストマーク EU拡大について

 従来のEU加盟国の国民が、EU拡大に懐疑的なのは、さらなる拡大が検討されているからである。とりわけ、トルコのEU加盟反対論は根強く、ハンガリーやポーランドの加盟にも消極的な影響を与えている。

 2004年12月、欧州理事会は、トルコとの加盟交渉の開始を決定したが、交渉がどのような形で終了すべきかは特定されていない(参照)。(特に、ドイツの保守系政治家が提唱する)特権的パートナーシップ の内容ははっきりしないため、その是非について判断しえないが、交渉の結果、EUへの正規加盟ではなく、しかし、かといって、現在の連合関係よりも緊密な関係が望ましいと判断されることもあるであろう。





(参照) FAZ v. 29. Juli 2005 ("Der Friedensdiskurs reicht nicht mehr")

 

EU加盟7ヶ国大統領の共同声明



(2005年7月29日 記)