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ユーロの導入に関する諸問題

 以下は、『平成法政研究』第4巻第1号53頁以下に掲載されている拙稿「ユーロ導入後のEU(欧州連合) 〜 1999年上半期におけるEUの法と政策の発展 〜」を基にしている。脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌を参照されたい。 写真提供:
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1.ユーロ懐疑論

 1999年元旦、単一通貨(single currency)ユーロ(Euro)が誕生した。ユーロ紙幣および硬貨の流通は、20021月以降になるが、それらが実際に使用されるようになれば、市民は欧州統合の成果をこれまで以上に強く認識することになろう。この意味において、単一通貨は、EUの新たなシンボルと捉えることができるが、その導入に関して、加盟国内では様々な慎重論が主張されていた。例えば、ドイツ国民の多くは、戦後の経済復興のシンボルである自国通貨(マルク)の消滅に対して悲観的であったが、逆に、フランスでは、欧州中央銀行が経済大国ドイツのフランクフルト(Frankfurt am Main)に設立されることを考慮し、第二の神聖ローマ帝国が誕生するのではないかと危惧する発言も聞かれた。また、ユーロ導入の要件であった国民経済の安定化や国家財政の健全化を支援するために、ドイツは他のEU加盟国に巨額の資金援助を行っており、自国の納税者の負担において、ドイツはユーロ導入を実現させたとして、国内では批判されることもあった。以上の見解は、おしなべて感情論であるため、この場での考察は省略する。

 検討を要するのは、通貨の発行権限は、国の重要な権限の一つに属するため、これを国際機構(EC)に委譲することは自国の憲法に反するとする見解や、欧州中央銀行が議会によって統制されないのは民主主義原則に反するといった法的な批判であるが、国際法上およびEU加盟国の国内法上、ECへの主権の委譲は一般に認められている。また、国内の中央銀行も、政策の決定に関し、国内議会の指示に拘束されるわけではない。これらの点を考慮すると、民主主義原則の観点から大きな問題は生じないと考えられる。もっとも、ECへの主権の委譲が国内法に反する場合、国内法が改正されないのであれば、主権の委譲は認められない。スウェーデンが通貨政策に関する主権の委譲(ユーロの導入)を見送ったのは、これが同国の中央銀行に関する国内法に抵触することなどに基づいている。また、主権の委譲に関する決定は民主主義原則にのっとって下されなければならない。

 通貨政策の安定化という目的を達成するためには、欧州中央銀行の独立性は、むしろ保障されるべきである。また、ヨーロッパ諸国の単一通貨としてのユーロの性質を考慮すると、欧州中央銀行の独立性の保障は不可欠である。なぜなら、同銀行の政策が、(政治・経済力の強い)加盟国の見解に左右されることになれば、単一通貨の信頼が損なわれるおそれがあるからである。なお、新通貨の誕生により、導入国は通貨政策に関する主権をECに委譲したわけであるが、これが実体を伴っているかどうかを検討する必要がある。なぜなら、EC条約上、通貨政策の分野におけるECの対外的権限(例えば、通貨政策に関する国際協定の締結権限や国際会議における代表権)は弱く、また、実務において、加盟国の蔵相や中央銀行総裁は、欧州中央銀行、理事会議長国または欧州委員会にこの権限を与えることに消極的であるためである。

 その他、経済的な観点から懐疑論が提唱された。例えば、経済学者の多くは、ユーロ導入国の経済・財政状態を考慮すると、新通貨の安定性には疑問を抱かざるをえないため、単一通貨の導入を先送りすべきであると主張した。これに対し、経営学の研究者は、通貨統一がもたらすビジネスの国際化ないし価格の透明化(ユーロ導入国間では商品価格の比較が即座に行えるようになること)、また、為替変動によるリスクの解消を高く評価し、1999年元旦におけるユーロ導入を積極的に支持していた。結局、慎重論に固執すれば、新しい政策の実施は不可能であり、また、ユーロ導入の先延ばしは、その他の分野における欧州統合にも悪影響を及ぼしかねないの見解が大勢を占め、新通貨は当初の予定通りに導入されることになったが、このような政策的観点からだけではなく、EC条約第121条第4項で定められた導入時を遵守するといった法的安定性の観点からも、これは穏当な判断であったと考えられる。

 なお、政治同盟がいまだ結成されていない段階において通貨同盟を発足させることは構造的に誤りであること、ユーロ導入の条件の一つである国家債務の減少は完全に達成されていないこと、また、導入国の経済状態の相違に基づきインフレは不可避的であることを考慮すると、新通貨の価値は完全に保証されているわけではないと言えるが、これは所有権(ドイツ基本法14条)の侵害にあたるため、新通貨の導入を延期すべきとする旨の訴えがドイツ連邦憲法裁判所に提起された。19983月に下された決定(Beschluß)において、同裁判所は、通貨の価値は基本権によって保証されるものではないこと、また、ユーロの安定性を維持する基盤(制度)が整備されており、同制度が遵守されるならば、所有権保護の観点からユーロ導入を延期すべきとする主張は認められないと判示した。もっとも、原告の訴えは、この制度は実際には十分に機能し(てい)ないという判断に基づいているが、右裁判所は政策決定機関(ドイツ政府・議会)の裁量権を尊重し、この点について検討していない。確かに、多くの経済学者やドイツ中央銀行が指摘するように、新通貨の安定性を重視するならば、ユーロ導入を先送りすることも必要であったと言えよう。しかし、通貨の安定はユーロ圏内の政治・経済問題のみならず、外的な要因にも左右される。例えば、コソボ紛争の激化や米国の好景気は、ユーロの価値を大きく減少させた。また、単一通貨の安定性ないし信頼性は、各加盟国政府の取り組みいかん、すなわち、ユーロ導入要件(国内経済の安定化や財政の健全化)を遵守し続けることができるかという点にかかっていることも見過ごしてはならない。ユーロ懐疑論者は、これが達成されないと考えているのであるが、ユーロが導入された以上は、そうであってはならない。ユーロの安定性や信頼性を維持するためには、例えば、あるユーロ導入国の経済・財政状態が悪化した場合には、他国はその国に援助をするといった連帯性が必要になる。また、EUレベルでさらなる経済統合を推し進めることも不可欠である。従って、単一通貨ユーロの導入は、自己完結的な政策ではなく、欧州統合をさらに推し進めるための一政策にすぎないと言える。

 

2.欧州経済・通貨同盟の解散

 単一通貨の導入は、欧州経済・通貨同盟設立の第3段階の措置として実施された(EC条約123条)。「同盟」という名が付けられているが、欧州経済・通貨同盟はEC(欧州共同体)の制度の一つにあたる。周知の通り、この同盟の第三段階への移行は、EC法上、確定的に定められており、第三段階への移行に予め同意していたEC加盟国には、ユーロの導入が法的に義務づけられていた。

 将来、ユーロの安定化という目標が達成されず、欧州経済・通貨同盟の通貨政策が功を奏しない場合には、ユーロ導入国(自国の経済状態は良好であり、ユーロ相場の混乱から解放されることを望む国)は、右同盟から脱退しうるかという点について議論されることがあるが、現実にはこのような議論は無意味である。なぜなら、欧州通貨統合は、実質的に、後戻りできない状態にあると言えるからである。仮に、ユーロの安定性が保たれないため、ある国が欧州経済・通貨同盟から脱退するとしても、それは金融・経済政策に大きな混乱をもたらすため、同国の経済・通貨政策にとってプラスになるとは考えられない。逆に、マイナスの効果の方が大きいと解される。

 他方、国内経済ないし財政状態の悪化に基づき、ユーロ体制から脱退せざるをえない国も出てこよう。1999527日、加盟国蔵相がイタリアに対し、国家債務の拡大を認め、また、次期欧州委員長のプローディ(Prodi)(元イタリア首相)が、イタリアはユーロ体制から脱退することもありうると発言したことは、念頭以来のユーロの下落に拍車をかけた。現在まで最悪の事態は回避されているが、ある加盟国の通貨同盟からの脱退により、ユーロ体制が大混乱しかねないことを考慮すると、右同盟からの脱退という事態は避けなければならない。そのため、個々のユーロ導入国の責任だけではなく、経済・財政状態が悪化した国には、特別の支援を行うなど、ユーロ導入国全体の責任も明らかにされなければならない。

 ユーロの安定には導入国の連帯が必要であることは前述したが、それに加え、EU加盟国は米国ドルに次ぐ国際通貨としてのユーロの意義を十分に認識し、その安定化に努力しなければならない。かつて、ドイツ・マルクの為替レートが上昇したときには、自国の経済力を礼賛し、逆にマルクの価値が減少したときには、ドイツ企業の輸出競争力が向上するとして、マルク安を歓迎する声がドイツの政府・市場関係者の間で聞こえたが、ユーロが国際通貨へと発展することを希求するならば、このような楽観論は望ましくなく、ECおよび加盟国は、新通貨の安定性および信頼の維持に努めなければならないであろう。




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