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新しい経済・通貨政策
リスボン条約体制

1. 経済政策

 経済政策に関する主たる権限は、従来通り、加盟国の下に残っており、EUは加盟国の政策を調整しうるに過ぎないが、リスボン条約 によって、その監視制度が強化された。ただし、その程度は小さく、経済政策に関する加盟国の独自性は維持されている。なお、それゆえ、欧州議会 の権限は弱い(こちら を参照)。

 これまで通り、EU理事会 は経済政策の大綱を加盟国に提案(勧告)するだけでなく(EUの機能に関する条約第121条第2項、EC条約第99条第2項)、加盟国の経済政策がそれに合致しているか監視するものとされているが(第121条第3項)、ある加盟国の経済政策がそれに合致していないとき、欧州委員会 はその国に対して警告を発することができる(第4項第1款第1文)。従来、この権限は理事会に与えられていたが(EC条約第99条第4項第1款第1文)、理事会は加盟国の代表で構成されるため、中立性に欠ける。そのため、委員会に権限が与えられた。なお、理事会も同時に、該当国に対して勧告を下すことができるが(EUの機能に関する条約121条第4項第1款第2文)、その決定に際し、該当国に投票権を持たない(第2款)。

 上述したように、理事会は、加盟国の経済政策がEU経済政策大綱(理事会によって採択)に合致しているか監視しうるが、その他にも、理事会は個々の加盟国やEU全体の経済発展について監視しうる。そのために、加盟国な重要なデータを欧州委員会に提出しなければならない(第121条第3項)。また、委員会は、ある加盟国の経済政策によって経済・通貨同盟の正常な機能が害されるおそれがあるときは、同国に対し警告を発することができる(第4項第1款第1文)。従来、この権限は理事会に与えられていた(EC条約第99条第4項)。



B. 通貨政策

 1. 機構制度

ドイツ・フランクフルトの欧州中央銀行前広場

 (1) 欧州中央銀行

 従来のEC法は、欧州中央銀行をECの「機関」(institution)として規定していなかった(EC条約第7条、第8条参照)。他方、同行にはECとは異なる、独自の法人格が与えられ(第107条第2項)、ECの諸機関や加盟国政府からの独立性も厚く保障されてきた(第108条)。このような状況に鑑み、実務および文献上、同行はECから独立した別個の組織とみる見解も主張されていたが 、欧州憲法条約は通説に従い、同行をEUの機関として定めた(第I-30条第1項第1文)。また、欧州中央銀行の反対にもかかわらず 、憲法条約の立場はリスボン条約にも引き継がれることになり、現行EU条約第13条第1項では、同行がEUの機関の一つであることがより明瞭に定められている。EUの機関とされることに同行自身が抵抗していたのは、通貨政策の独自性が害される危険性があると考えたためであるが、従来通り、同行には独立性が保障されている(EUの機能に関する条約第130条) 。

(2) ユーロシステム(Eurosystem)

 ユーロシステム(Eurosystem)とは、欧州中央銀行とユーロ導入国の中央銀行で構成される組織であるが、リスボン条約に基づき、初めてEU第1次法内で明確に定められた(EUの機能に関する条約第282条第1項第2文、この規定は欧州憲法条約第I-30条第1項第2文と同じである)。他方、ユーロを導入していない加盟国の中央銀行をも含めた組織を欧州中央銀行制(European System of Central Banks〔ESCB〕)と呼ぶが(第282条第1項第1文)、ユーロシステムはその重要な一部である。つまり、加盟国中央銀行総裁については、同システムに参加する者のみが欧州中央銀行理事会のメンバーとなる(第283条第1項)。また、同理事会にならび重要な組織である欧州中央銀行政策委員会(Executive Board)のメンバーは、ユーロシステムに参加する加盟国によって任命される(第139条第2項第h号、EC条約第122条第3項参照)。

(3) ユーログループ(Euro Group)

 従来より、ユーロ導入国の大臣らは、ユーログループ(Euro Group)を結成し、非公式の会合を開いてきた(議長はルクセンブルクの首相の Juncker 氏)。欧州憲法条約に同じく、リスボン条約も、この組織について初めて基本条約内に独自の規定を設けている(EUの機能に関する条約第137条、憲法条約第III-195条)。なお、ユーログループの会合の詳細は第14議定書 で規定されているが、これらは従来の実務に合致する。つまり、ユーロ導入国の大臣の会合は、ユーロに関する共通の重要問題について話し合うために開かれ、欧州委員会(通貨政策担当の欧州委員)も参加する。また、欧州中央銀行(総裁)も招待される(議定書第1条)。大臣らは多数決にて議長を選出し、その任期は2年半とする(第2条)。



2. 理事会の権限強化

 リスボン条約は、経済・通貨同盟に関する編(EUの機能に関する条約第3部第8編)の中に、「ユーロ導入国に関する特別規定」と題する新しい章を設けているが(第4章第136条〜第138条)、前述したユーログループに関する規定(第137条)もこの章に属する。

 他方、第136条は加盟国ではなく、むしろ、理事会に新しい権限を与えている。同規定によれば、理事会は、ユーロ導入国の財政規律の調整・監視を強化し、また、それらの国のために経済政策の大綱を決定する。

 また、理事会は、国際通貨制度におけるユーロの地位を保障するため、経済・通貨同盟に重要な問題について、共通の見解をまとめるとされる(第138条第1項)。また、財政に関する国際組織や会議において、ユーロ導入国が一致して行動しうるようにするため適切な措置を講じるものとされている(第2項、第121条第2項第1款およびEC条約第111条第4項参照)。


3. 安定・成長協定の修正

 安定・成長協定 に関し、リスボン条約は手続上の修正を施している。まず、第1に、理事会がある加盟国の財政赤字が過剰であることを決定するに際し、従来、欧州委員会は拘束力のない勧告を述べうるに過ぎなかったが、リスボン条約によって、委員会には発案権が与えられた(EUの機能に関する条約第126条第6項)。その結果、理事会が委員会の提案に従わず、決定を下すには、全会一致を必要とする(第295条第1項)。

 第2に、理事会が@ある加盟国の過剰な財政赤字(第126条第6項)、A同国への改善勧告(第7項)、B同国が改善勧告に従わない場合には、改善勧告の公表(第8項)、C同国が実施すべき特定の措置の決定、Dその他の措置の命令(第11項)およびEこれらの勧告や決定の破棄について判断する際、従来は、当該ユーロ導入国にも投票権が与えられていたが、リスボン条約体制下では与えられない(第13項)。


4. 物価の安定

 物価の安定をEUの目標ないし任務とすべきかは議論の余地がある。欧州憲法条約案を起草した協議会はEUの目標・任務とすることに反対したが、政府間協議はこれに従わなかった(憲法条約第I-3条第3項) 。これはリスボン条約にも引き継がれ、現行EU条約第3条第3項は、物価の安定(通貨ないしユーロの安定ではない)をEUの目標ないし任務として挙げている。また、EUの機能に関する条約第282条第2項第2文では、物価の安定が欧州中央銀行制度(European System of Central Banks〔ESCB〕)の上位の目標・任務とされている(第119条第2項参照)。





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