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2008年1〜4月のEU・トルコ関係

雨 天 下 で の 状 況 改 善



 西欧諸国とトルコとの関係は様々な問題を提起しているが、2008年上半期も、いくつかの特筆すべき案件が生じた。


1. ドイツとトルコの関係

 まず、最初に言及すべきなのは、約300万のトルコ系住民が居住するドイツとトルコの関係であろう。2008年2月3日午後、ドイツの工業都市 Ludwigshafen (ルードヴィッヒスハーフェン)内で火災が発生し、死者9人(その内、5名は子供)、また、負傷者は60人に上る惨事に発展した。4階建の建物には多くのトルコ系住民の家族が居住しており、死亡者はすべてトルコ系住民であった。ドイツ国内には、多数のトルコ人労働者やその子孫が居住しているが、ドイツ社会に完全に溶け込めないという社会問題が生じている(詳しくは こちら)。このような状況下、ドイツで発行されているトルコ系新聞は、火災の原因はネオ・ナチの放火であるとの憶測や、(トルコ系住民の集合住宅で火災が生じたため)ドイツ消防隊の消火活動は非常に緩慢であったと報じ、ドイツ国民の感情を大きく逆なでした。また、トルコ系住民とドイツ消防とが実際に衝突しただけではなく、トルコ政府は調査官をドイツに派遣するといった事態まで生じた(参照)。

 両国間の関係は、さらに、トルコの Erdgan 首相のドイツ訪問中に悪化することになるが、火災から1週間が経った2月10日、トルコ人ないしトルコ系住民を対象にして開かれた大規模な集会(ケルン)において、同首相は、「同化(Assimulation)は人間に対する犯罪だ」と語った。この演説中の発言は、ドイツがトルコ系住民に同化を強制しているとの認識に基づいており、首相はドイツに対し痛烈なメッセージを送ったものとして受け止められ、ドイツ政府やドイツ国民の激しい反発を招いたが、後に、Erdogan 首相は、「同化」とは、個々人が自らの文化的価値観や宗教を尊重しながら生活することを不可能にすることであるとし、国による「強制的な」統合政策を批判するものであると釈明している。確かに、近年、ドイツ政府は移民にドイツ語習得を義務付けるようになったが、それはドイツで生活するために必要な措置であり、上掲の意味における「同化」が国によって強制的になされているわけではないため、Erdogan 首相の発言は、何もドイツに対し向けられたものではないと捉えることもできよう。なお、2月のドイツ滞在中、同首相は、ドイツの Merkel 首相と対談し、ドイツの一般学校教育にトルコ語の授業を取り入れることを提案したが、受け入れられなかった。

 なお、トルコ系住民のドイツ社会への統合は、ドイツ社会の重要課題の一つであることに変わりはなく、様々な試みが行われている。


    Germany meets Turkey の公式サイト

 


2. 人権保護の改善

 トルコのEU加盟は、政治的な観点から扱われることが少なくないが、実効的な人権保護という法的要件の充足も重要である。従来、EUは、前掲の宗教の自由や財産権の他に、表現の自由や女性の権利の改善を再三、訴えてきたが、2008年4月29日、トルコ議会は、この要請に応え、トルコ侮辱罪(刑法第301条)の改正を決定した。これまでは、アルメニアの虐殺に関する記述など、「トルコ」に対する侮辱が罪に問われたが、構成要件が「トルコ」から「国」に置き換えられた。また、刑罰の内容も緩和されるともに(3年から2年、初犯については執行猶予も可能)、捜査には司法大臣の承認が必要となる(参照)。この改正によって、表現の自由の保障がどの程度改善されるかは明らかではなく、実務運用にかかっているが、さらなる法改正が必要なのは明白である(参照)。

 また、この法改正に先立ち、トルコ議会(一院制)は、2月20日、イスラム教以外の少数派宗教団体に、1970年代に押収した財産(土地、建物など)を返却する法律を採択した(参照。なお、2007年1月、欧州人権裁判所は、ギリシャ正教の教会への補償を命じる判決を下している 。また、2008年4月、同裁判所は、北キプロスから追い払われたギリシャ系キプロス人に対する損害賠償の支払いを命じる判決も下している(参照 


    トルコの人権保護問題




3. EU加盟交渉

 トルコは、女性が大学内でスカーフを着用することを禁止していたが、2月9日、トルコ議会は、この禁止措置を廃止した(参照)。スカーフ着用を認めることは、社会のイスラム化につながるとして反対運動も展開されたが、圧倒的多数の議員が禁止措置の廃止に賛成した。


    公的場所におけるスカーフの着用に関する問題

    憲法裁判所、スカーフ着用禁止を復活させる


 この問題は、大学内でのスカーフ着用を容認する与党 AKP の活動禁止といった問題に発展することになるが、2008年3月、トルコの憲法裁判所は、検察官の要請(国会審議が終了するまでAKP や同党所属議員の活動を禁止すること)に応じ、政教分離の観点から、イスラム教を信奉する与党 AKP の合憲性や、同党に属する71人の政治家(Erdogan 首相やGül 外相を含む)の政治活動禁止について審査することになった(参照)。なお、憲法裁判所は、1998年にもイスラム政党の活動を禁止している。現行司法制度の下では、裁判所の介入は困難になっているが、憲法裁判所の審査開始は、単なる国内の政治問題の域を超え、トルコの民主化や権利保護制度の改善を求める西欧諸国に衝撃を与えている。欧州委員会の Barroso 委員長と Rehn 委員(EU拡大担当)は、4月中旬にイスタンブールを訪問した際、政党禁止は民主主義原則に反すると批判している。また、トルコがEUに加盟しうる見通しを明確に示し、窮地に追い込まれている与党 AKP を支援した。もっとも、これはトルコのEU加盟を保障するものではなく、EU加盟はトルコの制度改革(つまり、EU加盟要件の充足)にかかっていることを付け加えている。この点に関し、欧州委員会は、人権保障(表現の自由や政党活動の自由の保障)や アンカラ議定書 の誠実な実施がキー・ポイントとなることを繰り返し指摘している。なお、トルコの議定書不履行に基づき、現在、加盟交渉は中断しているが(詳しくは こちら)、Rehn 委員は、2008年6月中に2つの章(会社法と知的財産権)の交渉を開始し、また、フランスがEU議長国を務める同年下半期には、エネルギー政策を含む新しい章の検討に入る計画を示した(参照)。交渉は、全35章の内、まだ6章しか開始されていないが(これに対し、2005年に同時に加盟交渉が開始されたクロアチアは、18の章で交渉が行われている)、新たな政治的不安定要素は、EU・トルコ間の関係強化に新しい風を吹き込んている 。なお、トルコ政府は、2013年までに加盟要件を充足させるという野心的な目標を立てている(参照


 ところで、2008年下半期、スロベニアからEU理事会議長国のポストを引き継ぐフランスは、オーストリアと並び、トルコのEU加盟に強く反対してきた(詳しくは こちら)。前政権は、この問題について国民投票を実施する規定をフランス憲法の中に設けたが(第85-5条)、現政権はこれを改める方針を立ている。2008年4月23日、内閣(Conseil des ministres)は、国民投票の実施を大統領の判断に委ねるとする法案を採択している(参照)。


   New Sarkozy 大統領、態度を改める


 他方、オーストリアの Plassnik 外相は、4月21〜22日にトルコを訪問した際、EU加盟ではなく、緊密なパートナーシップ関係を構築すべきとするオーストリアの提案を再び示したが、トルコの Babacan 外相は、そのような代替案に同意していない。
 

 なお、EU加盟に対するトルコ国民の態度は複雑である。国民の上層階級は政教分離に賛成し、CHP (政教分離を唱える野党)を支持する割合が高いとされるが、CHP 支持者の大半はEUに懐疑的とされる。他方、圧倒的多数の中間層は AKP を支持する一方で、EU加盟に賛成する者も多いとされる。なお、「非常に信心深い」とするトルコ国民は増えているが、それでも、敬虔な国民は約3分の1に過ぎないとされる。




 終わりに

 西欧諸国とトルコの接触は何も真新しいものではなく、欧州統合の過程において両者の関係はさらに強化されていいるが、前述した一連の案件は両者間の社会・文化的違いはまだまだ大きく、EU統合の基盤となる精神的一体性ないし「トルコのヨーロッパ化」はまだ十分に確立していないことを鮮明にしている。特に、EU側にとっては、加盟候補国をより良く理解しなければならない段階にあると言える。これらは双方の政治関係に影響を及ぼすが、経済的には、双方の関係は良好であり、さらなる発展を遂げている。2月12日より、トルコは、EUの 競争力・革新枠組みプログラム(The Competitiveness and Innovation Framework Programme [CIP])に参加することになった。同プログラムは、ヨーロッパ企業(特に中小企業)の競争力強化や経済活動支援を目的とし、Barroso 欧州委員会が2007年に発足させた制度で、2013までの実施期間中に36億ユーロの予算が組まれている。EUやEEA(欧州経済領域)に加盟している国以外では、クロアチアとマケドニアも同プログラムに参加している (参照)。

 

 


(参照) Die Vertretung der Europäischen Kommission in Deutschland, EU-Nachrichten 2008, Nr. 14, Seite 1 („Die Türkei besser verstehen“)

Die Presse v. 21. Februar 2008 ("Türkei: Kirchen erhalten Land zurück")

Die Presse v. 21. April 2008 ("Türkei-Beitritt: Neuer Schwung für Verhandlungen")

Der Standard v. 1. Mai 2008 ("Türkentum"-Paragraf: Brüssel lobt Reform")

FAZ v. 13. März 2008, Seite 6 ("Der Westen, der Westen, der Westen")

 

Germany meets Turkey の公式サイト

 


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(2008年 5月 3日 記)