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E  U  拡 大 と ヨ ー ロ ッ パ の 再 構 築

 

       目次 

     はじめに

    1.    東欧のEU

    2.   EU拡大に関する問題

   2.1. 中東欧諸国の課題

   2.2. EUの課題

    3. 拡大後のEU

         3.1. 新しい欧州秩序としての多様性(ないし複雑化)

   3.2. 欧州憲法の制定

   3.3. キプロス島の統一

     おわりに




はじめに

 東西冷戦終結後、ヨーロッパ諸国は、新しい秩序の形成に向けて歩み出したが、200451日、大願が成就されようとしている。第2次世界戦後、実に45年にも及ぶ長い間、鉄のカーテンによって分断されていた諸国が、この10年間の内に急速に接近し、他に例をみないほど、緊密な国家連合関係を構築するに至るということを誰が予測しえたであろうか。この「21世紀に向けた挑戦」を速やかに実現するため、譲歩してきた問題もある。それゆえ、EU拡大によって「欧州の家」が完成するわけではない。もっとも、それが、新しく、また、安定したヨーロッパ秩序の形成に大きく貢献することは否定しえない。本稿では、EU拡大に関する問題と今後の課題について検討する。



1. 東欧のEU

 現EU加盟国と東欧諸国間の関係修復は、ベルリンの壁崩壊直後の198911月に開始された。東西冷戦時代に刻まれた溝を埋め合わせ、「1つのヨーロッパ」を形成することは、「21世紀に向けた挑戦」と位置付けられ、当初は、あまりにも非現実的な試みと考えられていた。なお、冷戦終結後には、中立国のEU加盟交渉も開始されたが、その方がはるかに現実的であり、実際に、オーストリア、スウェーデンおよびフィンランドは、すでに、199511日にEUに加盟している。

 このような状況下、東西ヨーロッパ諸国は、1990年代に入り、連合協定を締結し、EU拡大の基礎を築き始めた 参考。また、EU側は、19936月、いわゆる「コペンハーゲン基準」を定め、EU加盟条件を示した。この時点で、旧共産主義国のEU加盟は「そもそも可能か」という問題より、「いつ」実現されるかという問題に取って代わるようになったが、加盟基準は、以下の通りである。



    コペンハーゲン基準

 @[地理的要件]
ヨーロッパの国であること

 A[政治的・法的要件]
法治国家、民主主義、基本権および人権の保護、また、少数派の保護を保障する安定した制度を有すること

 B[経済的基準]
市場経済が機能していることと、EU内の競争力と市場力に耐えうること

 C[EC法の総体系の受容]
EUの政治目標と経済・通貨同盟の目標に従い、また、EC法の総体系(acquis communautaire)を受け入れうること

     参考



@の要件を除き、これらは、EUへの同化、すなわち、西欧諸国への同化を要求しているEUの東方拡大が「東欧のEU(ないし西欧化)」と称されるのはそのためである 参考。なお、キプロスを除く全ての申請国では、EU加盟の是非を問う国民投票が実施されたが、この直接民主主義制度も、かつての共産主義体制からの脱却を象徴している 参考



 ラトビアでは、9カ国中、最も遅れ、2003920日に国民投票が実施されたが、同国のVike-Freiberga大統領は、ラトビア国民は、国是(国家の進路)を決定する機会を始めて与えられたとし、その歴史的意義を強調している。




すべての国で賛成票が過半数を占めたが、その中でも、冷戦終結後に旧ソ連から独立したリトアニアでは、期待を上回る高投票率(約64%)に加え、有効投票数の約91パーセントがEU加盟を支持したことは特筆すべきであろう。

これに対し、同じく、約10年前まで、モスクワの統制下にあったエストニアは独立の気運が強く、また、バルト3国の中で最も北に位置し、ブリュッセルよりかけ離れているため、EU加盟懐疑論が特に強かった。その他、EU加盟がもたらす経済的不利益も、懐疑論の根拠になっていたが(例えば、EUEC)の統一関税の導入により、砂糖の関税率は30%増加する。また、エネルギー市場の自由化の要請は、冬季の光熱費の需要が大きいエストニアでは問題視されている)EU加盟は単に経済的な問題としてではなく、政治的な重要課題として検討すべきであることが同国でも指摘されていた。なお、エストニアでは、10カ国中、8番目にEU加盟の是非を問う国民投票が実施されたが、これには、他の加盟国での好結果がポジティブな影響を及ぼすようにとの期待が込められていた。 このようなことも有利に働き、20039月半ばに実施された国民投票では、66.9%の国民が加盟を支持した。なお、エストニアより1週間遅れ、ラトビアで実施された国民投票では、67%の国民が賛成票を投じた(投票率は72.5%)


New  EU加盟より半年が経過したエストニアの状況



 さらに、鉄のカーテンによって分断される以前、旧共産主義国の多くは、「欧州経済、芸術・文化、学問の都」であった。それゆえ、EU加盟はヨーロッパへの回帰とも捉えうる。これらの点に考慮すると、新しい欧州秩序は、従来の西欧秩序を基盤にして形成されると解される。もっとも、その確立は決して容易ではない。次節では、この点について述べることにする。



2.  EU拡大に関する問題

2.1. 中東欧諸国の課題

 前述したように、EU側は、すでに1993年に加盟基準を示し、その充足を東欧諸国に要求しているが、その成就は容易ではなかった。このことは、EU理事会(現加盟国政府)によって新規加盟が正式に承認されるまでには、「コペンハーゲン基準」の定立から約10年の期間を要したことでも裏付けられよう 参考
 

EU拡大に備えた中東欧諸国の制度改革については、以下の点を指摘すべきであろう。「コペンハーゲン基準」は、共産主義体制からの完全な政策転換を要求しているが、イデオロギー上の問題で行き詰まることは概して少なく(政治家の世代交代や、共産党から社会党への改組によって政治改革は加速された)、むしろ、法技術的な問題が表面化した 参考。なお、このような問題は、EU拡大実現という旗印のもと、政治的に、比較的柔軟な処理がなされている(なお、従来のギリシャ、スペインおよびポルトガルのEU(当時はEC)加盟も、確かに、経済的格差は著しいが、独裁政治からの脱皮を促し、安定性を維持するという政治的配慮のもと行われた点で、東方拡大と共通する部分がある)。また、従来の欧州統合過程で繰り返し主張されてきた主権委譲懐疑論や、EU加盟は、モスクワによる支配からブリュッセルによる統制へと、支配者が変わるに過ぎないとする独立擁護論は、大きな足かせにはならなかった。これは、「西欧化」が東欧諸国民によって広く支持されていることを裏付けている。



 リトアニアの支持率が90%を超えたことは前述したが、EU加盟反対派は国民を十分に説得することができず、むしろ、投票率が50%を超えず、国民投票が有効に成立しないことを期待していた。

 ポーランドでも同様に、投票率が50%を下回り、国民投票が有効に成立しないことを懐疑派は期待していたが(実際の投票率は、58%であった。なお、同国では、全投票数の3分の2以上の賛成が可決に必要であったが、EU加盟支持は77.5%に上った)、このような場合に備え、政府は議会に再決定を求める方針を打ち出した。憲法裁判所は同代替案を合憲と判断している。

 チェコでも共産党を中心に、EU懐疑論が唱えられたが、ポーランドとは異なり、ある一定の投票率の確保が国民投票の有効条件とされていないため、隣国のような緊張感は見られなかった。チェコの賛成票は77%、また、スロバキアの賛成票は92%であった(スロバキアの投票率は52%であった)。

 ハンガリーでは、投票率は50%を切ったが(45%)、EU加盟賛成票は約84%に達し、有権者の25%以上が賛成したことになるため、国民投票は有効に成立した。

 1991年に旧ユーゴスラビア連邦から独立したスロベニアでは、約90%の国民がEU加盟を支持した(投票率は60,3%)。

 なお、全10カ国の初陣をきって国民投票が実施されたマルタでは、EU加盟支持派が反対派をわずかに上回ったに過ぎない(賛成票は53,6%、なお、投票率は約92%であった)。無効票や棄権者を合わせると、反対派の勝利であるとして、野党は勝利宣言を出している。




2.2. EUの課題

EU拡大によって、加盟国数は現在の15から25に増加するため、EU自身も機構改革を迫られる。また、従来より見直しの必要性が指摘されている農業政策や地域政策は、EU拡大を契機として(新加盟国は農業国である)、改めて取り上げられることになった。



(1) 機構改革

機構改革については、アムステルダム条約(199710月)やニース条約(200012月)を締結し、欧州統合史上、「最も野心的な試み」の準備がなされてきた。確かに、その対策は万全ではないが 参考、拡大の障害になりうるような深刻な問題は残っていない。今後の課題は、さらなる多様化ないしは複雑化といった、加盟国数の大幅増にまつわる問題の解決にある。例えば、各国の見解をまとめる上で、現在の15カ国体制は決して効率的であるとは言えないが、拡大後の25カ国体制は、困難を極めるものと想定される。特に、議案の採択には全加盟国の承諾が必要とされるケースでは、25カ国の見解がまとまらず、欧州統合が停滞するといった深刻な事態が生じかねないため、対策が不可欠である。なお、この問題は、EU理事会の立法手続(多数決制度)のあり方をめぐってすでに生じており、EU拡大前に欧州憲法条約を制定するといった目標は実現しえなくなった 参考。具体的には、200012月のニース条約では、スペインとポーランドに持票数が不相応に(その人口に適合せず)多く与えられ、最も人口の多いドイツと比べると均衡を欠くとされるため、欧州憲法条約草案はこの点を修正しているが、スペインとポーランドは、自らの票数削減に同意しなかったため、25カ国の全会一致にて、立法手続を改正することは見送られた。民主主義原則の観点より、ニース条約による持票数配分が不適切であることは広く認められているところであり、特に、独仏(EU原加盟国)は、その見直しを強く要請しているのに対し、新規加盟国であるポーランドや、原加盟国ではないスペイン(スペインは、EC設立から約30年経過した1986年に加盟している)が一向に譲歩しないことは、現在のEUの問題を浮き彫りにしていると言えよう。つまり、新参者(後進国)や中小国であれ、自らの立場を貫徹する土壌が形成されており、一国の反対により、欧州統合全体が行き詰まる状況が露呈されている。このような点を考慮すると、確かに、EUの東方拡大は、「東欧の西欧化」を意味するが、それによって誕生するは、「従来のEU」とは異なる「新しいEU」であると解される。同様に、東西ドイツ統一は、「東」の「西」への編入として考えられていたが、それによって、従来の西ドイツが存続しているのではなく、何らかの点で新しい「ドイツ」が成立したと捉えるべきであると同国のFischer 外相は述べている。



(2)農業政策・地域政策改革

 EU拡大は、中東欧諸国の民主化を促進し、安定性を維持するといった政治理念に基づき推進され、経済格差より生じる現実的な問題は、EU側の財政支援でもって解決するものとされている。それゆえ、EU拡大は、経済的な問題(財政的に可能か)として捉えることもできる。EUによる支援はすでに始まっているが、2007年以降の予算は、これから編成される。現在、EUの予算の約80パーセントは、農業政策と地域構造政策の分野にあてがわれており、その見直しの必要性が指摘されているが、新規加盟国が農業を主たる産業とし、また、地域振興を重要な政策課題として抱えていることより、拡大EUの予算編成(加盟国への予算配分)は困難を極めるものと解される参照



3. 拡大後のEU

3.1. 新しい欧州秩序としての多様性(ないし複雑化)

 新しい欧州秩序は、ヨーロッパにおける平和と(政治的かつ経済的)安定の維持・確保を柱にして形成されていくものと解される。政治的には、国際的発言力の強化が最重要課題であると考えられるが、そのために必要な内部の団結性は、容易には確保しえないであろう。かねてから、独・仏両国Visegrad国(ポーランド、チェコ、スロバキアとハンガリー)間の対話の欠缺が指摘されているが、EU内の多様性が増すだけに、特定の加盟国間の緊密化(ないしグループ化)は避けられないと解される。なお、確かに、EC経済統合に焦点を当てた超国家組織であり、自由な域内市場の形成が重要な政策課題の1つにあたることに変わりはないが、新規加盟国の経済的脆弱性や、この分野における政策の統一・調整はすでに開始されているため、拡大によってEU経済ないし経済政策が飛躍的に発展することはないであろう。確かに、新規加盟国の経済成長率は著しいが、残存する経済格差に鑑み、単一通貨ユーロの導入にもかなりの時間を要しよう。また、一部では深刻に受け止められている移民労働者問題も、拡大後は沈静化するものとされている 参考。なお、「貧しい東側から豊かな西側へ」の移行という点で、EU加盟は、新規加盟国に大きな経済的利益をもたらすが、しかし、それゆえに、これらの国々が自らを「二流加盟国」と捉え、政策決定過程で譲歩するとは考えられず(前述参照)、EUはますます多様性を深めることになろう。なお、各国の独自性や伝統・文化を尊重すべく、新規加盟国の公用語もEUの効用語に加えられることになった 参考。これもEUの多様性を示しているが、複雑化と表裏一体である。



3.2. 欧州憲法の制定

拡大前に実施すべきとされた欧州憲法の制定は見送られることになったが、その主たる原因としては、EU理事会の議決制度(特定多数決における各国の持票数)について、スペインとポ ーランドが憲法案に強く反対したことが挙げられる。なお、これは、拡大EUの政策決定を円滑にするために必要される改革ではなく、むしろ、民主主義上の欠陥を是正するために検討されるべき問題である(なお、当初は、20043月の欧州理事会において、再度、この論点について協議される予定であったが、スペインの同時列車テロを受け、議題はテロ対策に変更された)。憲法案は、主権国家の平等性を尊重した伝統的な国際法原理を部分的に修正し、加盟国の人口をも反映させた票数配分を採用しているが、この新しい民主主義秩序は、超国家機構としてのEUEC)の性質を際立たせている。



3.3. キプロス島の統一

過去30年間にわたる対立を解消すべく、ギリシャ系キプロス(キプロス共和国)とトルコ系キプロス(トルコ・キプロス共和国)の交渉が、20042月、国連の主導下で再開されたが、交渉期限とされる同年3月末までに、両国政府の和解は成立しなかった。そのため、判断は国民に直接求められることになり、同年424日、両国では、国連が示したキプロス統一案 参考の是非をめぐり国民投票が実施される。双方で統一案が可決されない場合は、ギリシャ系キプロスのみがEUに加盟することになるが 参考、これは、キプロス問題がEU内に持ち込まれることを意味する。拡大EU内の平和と安定を維持する上で、この問題の解決は不可欠であるが、平和と安定の確保という新EU秩序を形成する局面において、外交政策の強化という重要政策課題の達成度が試されるのは興味深いところである。前述したよういに、EUは(国際)政治力の弱さが指摘されている。

 



 おわりに

 本稿では、200451日に予定されているEU拡大に向けた中東欧諸国とEUの対応について説明し、また、拡大後のEUの秩序や課題について考察した。確かに、「EUの東方拡大」ないし「東欧のEU化」というキー・ワードに象徴されるように、東西ヨーロッパは、約半世紀にわたる対立関係を克服し、EUの理念の下に統合されるとも解される。しかし、歴史・文化の異なる10カ国の新規加盟により、EUは多様性をさらに増し、複雑化の様相も呈している。この意味で、拡大EUは、従来のEUとは異なる新しいEUであり、「東欧のEU化」ないし「東欧の編入」という表現は適切ではない。

真の「欧州の家」が完成するかいなかは、各国の多様性を尊重した上で団結性を高め、ヨーロッパにおける平和と安定を維持・確保しうるかどうかにかかっているが、これは従来の経済同盟から、政治分野をも管轄領域に加えた超国家組織への発展を必要とする。特に、外交問題(キプロスの統一やトルコのEU加盟など)はその試金石となろう。米国に匹敵しうる国際政治・外交力を備えるには、独立国家の主権を尊重した伝統的な国際法原則とは異なる新しい統治機構を導入し、まさに、アメリカにみられるような合衆国制度を導入する必要があるが、その実現はまだまだ先のことである。東側諸国の西側への接近は、EU加盟だけではなく、NATO加盟という場面でも生じており、むしろ、アメリカとの連携を強める傾向も存在する。

本来、EUEC)は、経済統合を目的とした国際機関である。しかし、東方拡大は経済問題を主眼とするものではない。また、中東欧諸国の経済力を考慮すると、拡大後、EUの経済力が著しく強化されるとは解されず、むしろ、ヨーロッパ25カ国の統合体としての政治的発言力の方が増すと考えられるが、前述した理由から、その規模はおのずと限定されよう。

 


ボイス  HP of Satoshi Iriinafuku