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E  C 裁 判 所 と 第 1  審 裁 判 所 の 管 轄 権 の 配 分


1. 直接訴訟

(1) 第1審裁判所の管轄権(第225条)

 従来、第1審裁判所の管轄権は、EC条約内ではなく、同裁判所の設置に関する理事会決定の中で列挙されていたが(同決定第3条参照)、ニース条約の発効後は、原則として、EC条約(新第225条)内で規定される。もっとも、その例外、すなわち、EC裁判所の専属管轄や、第1審裁判所に新たに与えられる管轄権は、EC裁判所規程の中で定められる。また、将来、司法小委員会(judicial panels)に委譲されることになる管轄権は、同委員会の設置に関する理事会決定の中で明定されるため、注意を要する(新第225条第1項、新第225a条第2項参照)。

             

 EC条約新第225条第1項前段によれば、第1審裁判所は以下の直接訴訟を第1審の司法機関として管轄するが、これは現状に異ならない。

 

@  EC諸機関の行為(法令)の無効の訴え(第230条)

A  EC諸機関の不作為確認の訴え(第232条)

B  ECに対する損害賠償請求訴訟(第235条)

C  EC・職員間の紛争に関する訴え(いわゆる、staff cases、第236条)

D  仲裁条項に基づく訴え(第238条)

 ただし、EC裁判所規程第51条は、加盟国、EC諸機関および欧州中央銀行(ECB)の、いわゆる特権的原告(privileged plaintiffs)によって提起される訴えの管轄権は、EC裁判所に属すると定める。したがって、前掲の訴訟事件であれ、いわゆる特権的原告の訴えを第1審裁判所は審理しえず、同裁判所は、個人の訴えのみを管轄することになる(その他、委員会および加盟国によって提起される条約義務違反確認訴訟(EC条約第226条および第227条)も、EC裁判所の専属管轄に属する)。

 なお、第1審裁判所設立時とは異なり、現行EC条約は、このような制限を設けていないため[1]、現行法上は、いわゆる特権的原告の訴えを第1審裁判所に扱わせることも可能であるが、実際にはそうなっていない。その理由は、これらの訴えは、いわゆる「憲法上の問題」を含むことが多いためと説明されている。一見、この実務慣行は正当性に欠けているように解される。なぜなら、同じようにEC諸機関を被告とする場合であっても、個人の訴えは第1審裁判所に、また、加盟国や諸機関の訴えはEC裁判所に係属するといった異なった取り扱いをする理由は見出しがたいからである。しかし、訴訟当事者(ここでは原告)に目を奪われると、制度の本質を見誤ることになる。すなわち、個人は、一般的効力を有するEC法規の違法性を争えないのに対し、加盟国や諸機関はこれをなすことができる。また、後者は、自らの権利に関わらない場合であれ、EC法秩序の維持のために提訴しうるという点で、個人の訴えと加盟国ないしEC諸機関の訴えは本質的に異なる。しかし、それゆえに、いわゆる特権的原告の訴えはEC裁判所によって審理されねばならないわけではなかろう。なぜなら、第1審裁判所も適切な司法機関であるからである。確かに、EC裁判所の判断は法務官の意見を聞いた後で下されるため、より慎重であると言えるが、第1審裁判所も法務官に意見を求めることができる(第1審裁判所手続規則第17条〜第19条参照)。訴訟の迅速化や司法行政の専門化ないし、より適切な司法行政といった観点から、第1審裁判所への管轄権委譲について再検討する必要があろう

 

(2) EC裁判所の管轄権

 EC条約内に新たに挿入される第229a条は、EC工業所有権(Community industrial property rights)に関する訴えの管轄権をEC裁判所に与えることができる旨を定める[2]。これも直接訴訟に当たると解されるが、同規定によれば、管轄権が付与されるのはEC裁判所である。もっとも、第1審裁判所や司法小委員会にこれを与えることも可能であろう。ニース条約第17宣言の趣旨もこの解釈に合致する。

 

 229aの要点は以下の通りである。

@  委員会の提案を受け、理事会は、欧州議会の意見を聞いた後、全会一致にて規定(provision)を設け、EC裁判所に新たな管轄権を与えることができる(第229a条前段)。理事会は、加盟国に対し、この規定を国内憲法上の定めに従い採択するよう勧告する(同後段)。裁判管轄については、EC裁判所規程の中で定めることもできたであろうが、これによらず、加盟国に採択を要請している点で、この斬新な手続は厳格であり、条約改正手続(EU条約第48条参照)に匹敵する。

A  EC裁判所は、EC工業所有権の創設に関する法令の適用にかかる紛争について管轄権を有し、その範囲は理事会によって定められる(第229a条前段)。

 

(3) 直接訴訟に関する両裁判所間の管轄配分

 EC裁判所と第1審裁判所は、前者の負担軽減という観点からではなく、司法行政の適切な分担(専門化)という観点から、後者に管轄権を委譲する必要性を指摘しているが、政府間協議においてこの要請は実現されず、その代わりに、ニース条約発効後、速やかに両裁判所間の管轄権の再配分に関する案を提出するよう、EC裁判所と欧州委員会に要請するという趣旨の宣言(ニース条約第12宣言参照)が採択された。この規定通りに事が運べば、迅速な管轄権の再分配が見込まれるが、政府間協議で先送りされた問題の解決は容易ではなかろう。特に、主たる対象が、いわゆる特権的原告の訴えの管轄に絞られることを考慮すると(前述 (1) 参照)、その見直しには各方面からの強い抵抗が予想される。また、細かな管轄配分によって、司法制度が複雑にならないよう留意すべきである。

 

2. 先行判断手続(EC条約第234条)

(1) 第1審裁判所による先行判断

 EC裁判所が負担過重に陥っている要因として、先行判断申立件数の増加が挙げられるが、両裁判所の報告書によると、将来、司法行政の実効性に深刻な事態が生じることも否定されず、その対策が多方面で議論されている。司法制度改革の最大の争点は、まさにここにあると言える。この問題については、新たに論文を執筆しうるほど多くの論点が存するため、詳細な検討は他稿に譲るが、審議の結果、ある特別の (specific) 分野の訴訟事件に限り、例外的に第1審裁判所にも先行判断権限を与えることが決まった(EC条約新第225条第3項第1款)。現行法上、この権限は明文で否認されているが(現第225条第1項)、これは、EC法の解釈権限をEC裁判所にのみ与え、共同体全域におけるEC法の解釈・適用を統一することを目的としている。しかし、同裁判所だけではなく、第1審裁判所も先行判断を下しうるとすれば、両者の判断が異なり、制度趣旨に反する事態も生じかねない。これを防ぐため、新条約は、両者の事物管轄を分け、自らの管轄事項に関し、第1審裁判所を唯一の司法機関とする一方で、例外的にEC裁判所が第1審裁判所の判断を職権で審査することを可能にし(新第225条第3項第3款)、また、第1審裁判所がEC裁判所に先行判断を求めることも認めている(同第2款)。これらの措置が例外的であることを考慮すると、手続が長期化し、また、EC裁判所の負担が増えるといった弊害は、さほど大きくないと考えられるが、もっとも、手続の複雑化は免れない。EC裁判所の負担軽減や先行判断手続の迅速化が目的であるならば、判事の増員が最善策ではなかったかと解されるが、第1審裁判所への権限付与は、今日のEC法(EC裁判所の判例法)の発展状況に照らし検討すると、付託された問題の答えは明らかであるか、または重要性に欠けるため、第1審裁判所に判断させても差し支えないという考えにも基づいている。要するに、EC裁判所の審理は、共同体法(特に判例法)の統一・発展に重要な事項に集中させ、司法行政の専門化を図るといった趣旨が伺える。なお、今回の改正措置は、国内裁判所による先行判断の申立てが増加傾向にあるといった根本的な問題には対処していないが、申立ての制限や、いわゆる “filtering system” の導入が見送られたのは、国内裁判所とEC裁判所のディアローグという先行判断制度の趣旨を重視したためである。制度趣旨に照らせば、妥当な解決策であると言えようが、もっとも、国内裁判所は、EC裁判所の判例法を事前に調査し、不必要な先行判断の付託は控えるべきである。他方、EC裁判所には、先行判断を簡潔にするといった対応が望まれる。

 

 政府間協議の場において、第1審裁判所が先行判断を下しうる案件は定められなかった。これが特定されていなければ、同裁判所は新たな管轄権を行使しえないが、この問題はEC条約ではなく、EC裁判所規程の中で規定されることになる。制定権者は、EU理事会である。従来、両裁判所間における管轄権の配分は、訴えがいわゆる憲法上の問題に関わるかどうかを基準にしてなされてきたが、これは今後も踏襲されると考えられる(新EC裁判所規程第51条参照)。それゆえ、同基準に従い、現在、第1審裁判所に管轄権が与えられている分野において(例えば、EC・職員間の紛争や知的所有権に関する紛争)、新たな権限行使が認められることになろう。なお、前述したニース条約第12宣言は、先行判断権限の分配にも適用されると解される。これに従い、ニース条約の発効後、速やかに管轄分野が特定されるとすれば、第1審裁判所も先行判断を下すことができるが、その場合には、同裁判所判事の増員、(同裁判所の負担を軽減するため)司法小委員会への管轄権委譲、また、法務官制度の活用も必要になると解される。

 

(2) EC裁判所への先行判断の付託

 ところで、共同体法の統一または一貫性に影響を及ぼしうる原則的判断 (a decision of principle)が必要な場合、第1審裁判所は、EC裁判所に判断を求めることができる(新第225条第3項第2款)。これは、いわば「最高裁判所」としてのEC裁判所の地位を明確にする一方で、第1審裁判所の管轄事項について、EC裁判所は、例外的にしか判示しえないことを鮮明にしている。この規定については、以下の点が重要であろう。

 

@    EC裁判所への判断申立ての要件である「EC法の統一または一貫性に影響を及ぼしうる原則的判断」の内容は必ずしも明らかではないが、これは、第1審裁判所の判断が、その管轄分野以外にも影響を及ぼす場合、すなわち、EC裁判所の管轄事項にも関わる判断や、同裁判所の判例の修正を余儀なくする判断と捉えることができよう。要するに、EC条約新第225条第3項第2款は、EC法の統一または一貫性に影響を及ぼしうる原則的判断と定めているが、実際には、両裁判所の判例法(および第1審裁判所の複数の裁判部の判例法)の統一または一貫性に影響を及ぼしうる判断が問題になり、これは、EC裁判所によって判示されると考えることができよう[3]。同裁判所への判断の申立てがこのような場合に(のみ)認められるのは、その負担増や訴訟遅延を抑制するためであるが、EC法の統一または一貫性の維持といった制度趣旨を考慮すると、この要件を厳格に解釈すべきではなかろう。

 

        これまで提起されたことがない問題(例えば、新たに設けられた規定に関する問題)に対する判断の多くは、原則的判断に当たると考えられるが、もっとも、EC条約新第225条第3項第2款は、EC法の統一または一貫性に影響を及ぼしうる原則的判断と定めているため、そのような影響が生じないときは、新しい問題であれ、第1審裁判所は判示することができよう。このように解さないならば、同裁判所に先行判断権限を与える意義が減殺される。

 

A  第2款によれば、第1審裁判所は職権でEC裁判所に判断を求めることができる(may/peut/kann)のみで、これは義務ではない。なお、EC裁判所に判断を求めず、第1審裁判所が下した先行判断は、EC裁判所によって審査されうる(第3款(後述 (3) 参照))。

 

(3) EC裁判所による審査

 新第225条第3項第3款の文言より、(第1審裁判所に先行判断を求めた)国内裁判所が第1審裁判所の判断を不服として、EC裁判所に審査を求めることはできないと解されるが、共同体法の統一または一貫性に重大な危険性が存する場合、EC裁判所は、職権でこれを審査しうる。審査要件等(の詳細)は、EC裁判所規程内で定められるが(新第225条第3項第3款)、これについては、以下の点を指摘すべきであろう。

 

@    新第255条第3項第3款より、この審査は例外的であると解されるが、もっとも、同規定は、EC法の統一または一貫性に重大な危険性が存するときに限り、審査が行われるとは定めていない。そのため、その他のケースでも(例えば、第1審裁判所の判断に明らかな誤りがある場合など)審査は認められよう。 

 

A    新EC裁判所規程第62条第1項によれば、この審査は、共同体法の統一または一貫性に重大な危険性が存すると考え、第一法務官(First Advocate-General)が審査を提案する場合に行われる。なお、第一法務官はこれを提案しうるのみで、義務ではない。また、EC裁判所はこの提案に拘束されないと解される。手続の遅延を防ぐため、同提案は第1審裁判所の判断が下されてから1ヶ月以内になされなければならず(同第2項前段)、EC裁判所は、提案の受領後、1ヶ月以内に審査するかどうか決定しなければならない(同後段)。また、実際の審査は、「緊急手続」(emergency procedure)によって行われる(ニース条約第15宣言参照)。これは、手続の大幅な遅延回避を目的としているが、同手続の詳細は不明である。

 

   B    EC裁判所は第1審裁判所の先行判断を審査しうるのみで、これが義務付けられているわけではない。もっとも、恣意的な不作為は、EC裁判所の本来の任務(EC条約第220条参照)に反しよう。なお、この審査は、第1審裁判所の権威を害すると見る立場もあるが、上級審による審査は何も珍しいことではない。

 


 

[1]      EC条約第225条(旧第168a条)第1項から、第1審裁判所は特権的原告の訴えを管轄しないという文言がとれたのは、マーストリヒト条約の発効後のことである。

[2]   なお、ある特定の工業所有権(商標権および意匠権)に関する訴え(上訴)の管轄権はすでに第1審裁判所に与えられている。この点につき、Kirschner and Klüpfel, Das Gericht erster Instanz der Europäischen Gemeinschaften (Carl Heymanns Verlag, 2nd edition, 1998), paras. 186.


[3]     WTO諸協定の発効後、新GATTの直接的効力を問う個人の訴えが第1審裁判所に提起された際、この複雑な問題はEC裁判所が判断すべきであるとして、第1審裁判所は判示していないが、これは、問題が難解であることの他に、旧GATTの直接的効力に関するEC裁判所の判例法の再考を必要とすることや、両裁判所の判断を統一する必要があるためと解される。Case T-228/95 R, S. Lehrfreund Ltd. v. Council and Commission [1996] ECR II-111, para. 72. また、GATT・WTO諸協定の直接的効力に関し、例えば、拙稿「EC法秩序におけるGATT/WTO諸協定の規定の直接的効力」平成国際大学法政学会『平成法政研究』第6巻第1号(2001年11月)153頁以下を参照されたい。

 

  


このページは、拙稿「ニース条約に基づくEUの司法制度改革 ― 裁判所の負担超過・訴訟遅延対策 平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第7巻第1号(200211月)123155(127〜135頁)を基にしています。詳しい脚注は、同論文を参照してください。





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