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ド イ ツ の 少 子 化 対 策


おわりに

 前述したように、ドイツだけではなく、すべてのヨーロッパ諸国は少子・高齢化の傾向にあるが、スカンジナビア諸国やフランスといった近隣国では状況の改善が見受けられる。つまり、身近に良い模範が存在するわけであるが、ドイツでは、子育ては家庭で行うべきとする考えに基づき、抜本的な取り組みが遅れていた。このような状況に変化をもたらしたのは、経済の国際化や企業間競争の激化であった。近年、少子・高齢化に基づく労働力の減少は、国や社会の将来だけではなく、経済力にも大きな影を落とすことが強く認識され、仕事と家庭の両立支援を謳った政策が本格的に検討されるようになった。このような背景から生まれた新政策が経済発展や慢性化する失業問題へのてこ入れとしての側面を持ち合わせていることは言うまでもなく、女性を「良き母親」から「企業のための労働者」ないし「産む機械」に成り下げるとの批判も、もっともである。しかし、女性を家事・子育てと結びつけるのは、あまりにも非現実的であり、女性の社会進出が不動の情勢になったことを考慮すると、伝統的な家族観や子育て哲学の方を見直す必要がある。確かに、子供を保育所に預けながら仕事を続ける母親を „Rabenmütter“ (逐語訳では「カラスの母親」)と批判する風潮は薄れ、育児施設の拡充や学校教育の全日制化に対するドイツ国民の抵抗は小さくなっているが、他方、子育ては両親だけではなく、社会全体の責務であるとする考えはまだ定着していないと解される。建国以来の家族政策の伝統に修正を加えるとする新政策であれ、子育ては親の責任であるという考えを前提にしている。また、子供のいない世帯が増えているとはいえ、夫婦はいずれ子供をもうけるとする伝統的な夫婦像や、それに立脚した制度 の見直しも実現していない。
子育て
 ところで、近時、フランスは、ヨーロッパ内で最も出生率の高い国となり、注目されているが、出生率の増加は一朝一夕に実現されたのではなく、何十年にもわたり、次第に改められてきた国民意識の変化に基づいている。つまり、子供は常に母親の下で過ごさなければならないという観念が次第に取り除かれ、育児は社会全体の問題として捉えられるようになったことが出生率の上昇に大きく貢献している。これに対し、ドイツでは、家事や子育てに専念する者が「良い母親」と目され、第3者による保育の意義について議論されるようになったのは最近のことである。また、母親以外の者でも、母親と同じように子供を育てられるという考えは定着していない。そのため、前述した保育所の大増設計画は大論争に発展したが、その実施はすでに正式に決まっている。現在、争点は財政負担のあり方に移り、新たな東西問題を生むに至っているが(前述IV.2.3.参照)、子供の数が著しく減少する一方で、子供を欲しがる若者の割合はほとんど変わっていない。この要望を実現させてあげることが国や地方に課せられた重要な責務であることは広く認識され、また、政権担当者も強く自覚しているが、財政負担をめぐる争いは、少子化がさほど真剣に受け止められているわけではないことを表している。確かに、出産・育児は個人の判断にかかっており、大家族や高齢出産を好まない国民性も出生率低下の一因となっているが、国や地方が状況の改善、特に仕事と家庭の両立支援に貢献しうることは近隣諸国でも実証されており、ドイツの今後の取り組みが注目される。

 なお、連邦制を採用するドイツでは、州や地方自治体の独自性が重んじられているが、少子化対策の分野においても、その役割がますます重視されるようになっている。もっとも、それぞれの地方が独自に実施する個別策は制度を複雑にしている。このような欠点を改善するため、近年、連邦家族省(BMFSFJ)は、家族政策に関するホームページを立ち上げ、統括的な情報の普及に努めている(参照)。若者をターゲットにしたWebサイトはモダンで好感が持てるが、扱っている内容が多岐にわたるため、予備知識が無い者には煩雑であると考えられる。また、連邦家族省自身も様々なサイトを開設している他、州や地域も独自の情報を発信しているため、窓口の一本化という当初の目標が実現されているかどうかは疑わしい。

 少子化対策は、若者のニーズへの対応、換言するならば、「現代化」への取り組みと言えるが、経済力を誇るドイツが経済・産業だけではなく、社会や家族の現代化を実現しうるか、国や社会の施策だけではなく、国民一人ひとりの意識改革が求められている。




 このレポートは、平成国際大学社会・情報科学研究所編『平成国際大学社会・情報科学研究所論集』第7号(2007年)に掲載される予定の拙稿に基づいている。脚注については、同雑誌を参照されたい。




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