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E U 国 際 私 法 の 概 要 Pic


目 次


 はじめに
  
  I. アムステルダム条約発効前のEU抵触法
 
 II. アムステルダム条約発効後のEU抵触法

   1.EUの権限

   2. 立法手続

   3. イギリス、アイルランドおよびデンマークに関する特例

   4. EU第2次法
         (1) Rome I 規則
         (2) Rome II 規則
         (3) Rome III 規則

 III. ECJの判例法(基本的自由について)
  
 おわりに




I. アムステルダム条約発効前のEU抵触法

1ECの権限と抵触法上の指針

  欧州統合は必然的に渉外的法律関係の発生をもたらすため、国際私法の整備は非常に重要であるが、EUの前身であるECEEC)が発足した当初、ECには抵触法に関する権限が明確には与えられていなかった。これは、国際私法の制定は伝統的に加盟国の権限とされてきたためである。そのため、作業はECの枠外で進められ、1980年、加盟国は「契約債務の準拠法に関する条約」(ローマ条約) を締結している。これは純粋な意味でのEU法(EC法)ではなく、加盟国間で締結された国際協定であるが、広義のEU法と捉えることができる。なお、同条約が発効したのは、締結から10年以上が経過した19914月である。

 ところで、ECの立法行為は公法分野に比重が置かれ、私法の制定は限定的であった。しかし、1980年代中旬以降は、域内市場の機能を強化する観点から、特に消費者保護の分野で個別の法令が多数制定されるようになり、その中に抵触法上の指針が付随的に盛り込まれるようになった。例えば、消費者契約内の不当条項に関する指令(Directive 93/13/EEC)第6条第2項は以下のように定めていた。


Member States shall take the necessary measures to ensure that the consumer does not lose the protection granted by this Directive by virtue of the choice of the law of a non-Member country as the law applicable to the contract if the latter has a close connection with the territory of the Member States.


 この規定に照らし、ドイツは 一般約款法(AGBG12条を改正しているが、同条は、契約が外国の法による場合であれ、同契約がドイツの領域と密接に関係するときは、本法(ドイツ一般約款法)を適用すると定めていた。つまり、外国法が指令の消費者保護水準に合致していないかどうかを問わず、ドイツ法を適用するとしているが、前掲の指令第6条第2項に照らすならば、ドイツ法は外国法が指令の消費者保護水準を下回る場合に適用されればよい。しかしながら、ドイツ一般約款法第12条によれば、外国法による方が消費者に有利な場合であれ、その適用が排除されることになり、そのような規定の仕方は批判されているが、指令は、指令が定めるより厚い消費者保護(例えば、第3国法に基づく、より厚い保護)を加盟国に義務付けているわけではないため、外国法の保護水準の方が高い場合といえども、同法を適用する必要性は指令からは出てこない。指令の保護水準の確保という指令の目的は、それを置き換えたドイツ法を適用することで達成される。もっとも、指令は、より消費者に有利な第3国法の適用を排除するものかどうか検討する余地がある。

 なお、一般約款法第12条によれば、ドイツ法が適用されるのは、契約がドイツの領域に密接に関係するときであるが、指令第6条第2項は、ドイツの領域に限定しておらず、その他の加盟国の領域に密接に関係する場合であってもよいと解される(その他の加盟国の領域に密接に関係するときは、同国の法を適用することになろう)。一般約款法第12条は後に廃止され、EGBGB29a条に置き換えられることになったが、第29a条第1項では、この欠陥が除去されている。他方、第3国法が消費者保護に厚い場合であれ、適用が排除されることになる点は一般約款法第12条と同じである。

 その他のEC消費者保護指令でも同様の抵触法上の指針が設けられ(参照)、加盟国はそれに照らし、国内法を整備しなければならなくなったが、ドイツは20006月、EBGBG(ドイツ国際私法典)に第29a条を新設し、同規定の中で統括して定めることにした。なお、200912月、同規定は削除され、46b に置き換えられているが、同条第1項は、契約がEU加盟国または EEA(欧州経済領域) 加盟国[1]の領域に密接に関係するときは、これらの国の法が契約の準拠法に選択されていない場合であれ、消費者保護指令を実施するために同国が設けた法規によると定める。このような規定の仕方によれば、当事者が指定した準拠法の方が消費者保護に厚い場合であれ、EU加盟国またはEEA加盟国の消費者保護法が適用されることになるため、前述したドイツ一般約款法第12条と同じ問題が生じる。

 ところで、指令の性質上、この第2次法では抵触法上の指針が示されるに過ぎず、それに照らし、加盟国は国内法を整備しなければならない(参照)。その際、加盟国には裁量権が与えられているが、準拠法を直接的に指定する指令もある(ただし、加盟国の立法裁量権を完全に否認するものではない[2])。これは国内法の調整という指令の性質に合致しないと解されるが、実務上、容認されている(参照)。

 また、20006月に制定されたe-commerce 指令Directive 2000/31/ECの第3条第1項および第2項は以下のように定めている。


1. Each Member State shall ensure that the information society services provided by a service provider established on its territory comply with the national provisions applicable in the Member State in question which fall within the coordinated field.

2. Member States may not, for reasons falling within the coordinated field, restrict the freedom to provide information society services from another Member State.


 両項より、information society services (e-commerce) はサービス提供者が設置された加盟国の法によると解される。つまり、指令第3条第1項および第2項を抵触規定として捉えることができるが、第1条第4項では、この指令は(その他の)抵触法を設けるものではないことが明記されている(23立法理由 も同旨)。そのため、第3条第1項および第2項の性質・内容については異なる見解が主張されており、例えば、両規定はサービス提供地国(つまり、サービス受入国)の国際私法に干渉するものではなく、同国の実体法の修正を要請するに過ぎないという学説や、両規定は “overriding mandatory provisions/Eingriffsnormen”(法廷地国を除くその他の国の強行法規)にあたるとする捉え方が提唱されている。もっとも、これらがe-commerce 指令の趣旨・目的に合致しているかどうかは疑わしい。むしろ、第3条第1項および第2項は、サービス提供の自由というEU法上の大原則より導かれることを明記したものに過ぎないと考えるべきであろう。つまり、ある加盟国内で適法に提供されうるサービスは、他の加盟国内でも自由に提供されなければならず、後者は自国法違反を理由にそれを阻止してはならない。このことより、サービス提供の自由は、輸出国法(サービス提供者の所在地国法)が準拠法になることを前提にしていると解されるが(隠れた抵触規定)、e-commerce指令は additional rules on private international law” を設けるものではないと定める第1条第4項の趣旨は、EU法上の大原則から導かれること以外に、独自の抵触規則を設けるものではないと捉えることができる。なお、第3条第1項および第2項はinformation society services (e-commerce) 提供の自由についてのみ定めており、サービス提供地国で生じた法律問題(契約上の問題や法定債権に関する問題)の準拠法まで指定するものではないと考えることもできる。


2. 立法手続

 前述したように、ECは個々の法令の中で抵触法に関する規定を設けているが、その制定手続は政策分野ないし案件ごとに異なる。抵触法の観点から重要な消費者保護政策であれば、欧州議会とEU理事会が共同で制定するが(EUの機能に関する条約第169条第3項、EC条約第153条第3項)、一連の消費者保護指令は、域内市場に関する措置として発せられている(EUの機能に関する条約第114条、EC条約95条〔旧第100a条〕)。なお、この場合であれ、欧州議会とEU理事会が共同で制定することに変わりはない。欧州議会は投票数の絶対多数決で(EUの機能に関する条約第231条、EC条約第198条)、他方、EU理事会は特定多数決で(EUの機能に関する条約第238条第2項、EC条約第205条)意思決定を行う。



 [1] EEA(欧州経済領域)には、EU加盟27ヶ国の他に、アイスランド、ノルウェーおよびリヒテンシュタインが加盟しているが、EGBGB48b条第1項でEEA加盟国も挙げられているのは、EC消費者保護指令がこれらの国でも適用されるためである(参照)。


 [2] 例えば、指令(88/357/EEC)第7条第1項第a号は、保険証券所持者の常居所または主たる事務所が(保険の対象となる)危険の存する加盟国内にあるときは、保険契約は当該加盟国の法によると定めている(前段)。ただし、当事者に準拠法選択を認めるかどうかは加盟国に委ねている(後段)。

 




参考文献については、『平成国際大学社会・情報科学研究所論集』第11号に掲載されている拙稿を参照して下さい。