4.2.4.  不 法 行 為



はじめに

故意または過失により他人の生命、身体または財物に危害を加えたために損害が発生し、行為者(加害者)がそれを賠償しなければならないとき、その行為を不法行為と言う。我が国の民法上、不法行為は以下の要件を満たす場合に成立する。

@ 加害者の故意または過失による行為が違法であること(民法第709条参照)

A 他人の権利が侵害され、損害が発生すること

B @とAの間に因果関係があること

C 加害者に責任能力があること(第712条、第713条参照)

法例第11条第1項は、不法行為 を原因として生ずる債権の発生と効力は「原因事実発生地法」によると定めていたが、加害行為地と結果発生地が異なる場合(遠隔地的不法行為)には、どちらが「原因事実発生地」になるか明確ではなく、争いがあった[1]。この問題を解決するため、適用通則法第17条本文は、従来の多数説や判例 [2] を踏まえ、不法行為は「結果発生地法」によるとする一方で、加害者が結果発生地を予測しえないときは「加害行為地法」によるとし(第17条但書)、加害者の利益を保護している。なお、適用通則法の制定に際し、製造物責任や名誉・信用毀損に関する特例(第18条及び第19条)、例外条項(第20条)、また、当事者による準拠法の変更に関する規定(第21条)が設けられた。




(1) 準拠法

 (a) 結果発生地法(第17条本文)

不法行為に基づく債権(例えば、交通事故に基づく治療代の請求)の成立・効力について、適用通則法第17条本文は、「加害行為の結果が発生した地の法」によると定める。「加害行為の結果が発生した地」(結果発生地)とは、加害行為によって直接的な権利侵害が生じた地を指し、基本的には、侵害された権利が侵害時に存在した場所であるが、損害発生地を指しているわけではないため、注意が必要である。例えば、A国で人身傷害が生じ、被害者がB国の病院に搬送され、B国で治療代を支払わなければならないようなケースでは、損害はB国で発生しているが、第17条本文の「加害行為の結果が発生した地」(結果発生地)とは、人身傷害が発生した地、つまり、A国を指す。


 

 前述したように、傷害事件の場合には、加害者が被害者を負傷させた地の法が準拠法となる。

 器物損壊のケースでは、損壊時において、器物が存在した土地(所在地)の法が準拠法となる。

 債権や無体財産権など、所在地が明確でないものに関しては、結果発生地を画一的に定めることは困難であり、侵害された法益の種類・性質等を考慮し、決定する必要がある。



 第17条本文が結果発生地法を準拠法に指定するのは、特に、不法行為は結果発生地の公益に関わるとの考えに基づいている。 

南極における傷害、公海における船舶の衝突、公海上における旅客機の撃墜など、その地に法令がない場合については解釈で補わなければならないが、@ 両当事者の属人法(本国法)によるとする裁判例や、A 損害発生地法(つまり、被害者の滞在地法)によるとする裁判例がある。

 

 (b) 加害行為地法(第17条但書)

前述した通り、不法行為によって生ずる債権の成立・効力は、結果発生地法によるが、「その地における結果の発生が通常予見することのできない」ときは、加害行為地の法による(第17条但書)。前述したように、第17条本文は、被害者保護の観点から、結果発生地法を準拠法に指定しているが、結果発生地が予測しえない場合にまで、その地の法を準拠法とするのは、加害者の利益(準拠法に関する予見可能性)を害するため、特例が設けられた。 

 加害行為が複数の国でなされた場合は、主たる加害行為地の法を準拠法にすべきである。

  なお、「予見することができない」こととは、結果(つまり不法行為ないし法益侵害)の発生ではなく、発生場所である。つまり、ある行為によって他人の権利が侵害されるかどうかではなく、どこで権利侵害が発生するか予見しえない場合を指しており、その場合は、加害行為地の法が準拠法となる。       


(例)   A国からB国に果物を輸出したところ、果物に新種のウィルスが付着しており、B国内で病気が発生した。輸出時の科学水準によれば、病気の発生は予見不可能であったということは準拠法の決定に影響を及ぼさない。

         これに対し、果物がB国ではなく、C国に誤って輸出され(このようなことは通常予測できなかったものとする)、C国で病気が発生したときは、「その地における結果の発生が通常予見することのできない」場合に該当する。したがって、A国法が準拠法となる [3] 


 予見可能性は、加害者の主観を基に判断するのではなく、客観的に判断される。なお、当事者が主張・証明する責任を負うのか、または、裁判所の職権探知事項にあたるかについて、適用通則方は定めておらず、今後の解釈・運用に委ねられている [4]
 

 (c) 明らかに密接な関係を有する地の法(第20条)

 前述したように、第17条は結果発生地法または加害行為地法を準拠法に指定しているが、硬直的な準拠法の決定は、個々の紛争の実情に即さない場合がある。そのため、結果発生地法や加害行為地法よりも、明らかに事件に密接に関係する地の法があるときは、それによるとする特例が設けられた(第20条)。これは、渉外事件は最も密接に関係する地の法令を適用して解決すべきという国際私法上の最も重要な原則に合致している。同趣旨の規定は事務管理および不当利得に関しても導入されているが(15)、その他の法律関係についても例外を設ける試みは見送られた。 

 第20条によれば、第17条(第18条と第19条も含む)が指定する準拠法の属する地よりも、明らかに密接な関係がある地があるときは、その地の法が準拠法となる。なお、この判断の要素として、第20条は以下の点を挙げている(これらは列挙にすぎないため、その他の事情を考慮し準拠法を決定することも可能である)。 


@  不法行為がなされた当時、両当事者が同じ地に常居所を有していたこと

A  当事者間の契約上の義務に違反して不法行為がなされたこと

 

 @の場合には常居所地法による。また、Aの場合には契約の準拠法による(例えば、航空機による貨物運送契約に基づき、ある商品が輸送される際、輸送者の過失によって航空機が炎上し、商品が消失したケースにおいて、輸送者に対する損害賠償請求は、貨物運送契約の準拠法による [5] )。


結果発生地法(第17条本文 @の場合は常居所地法
加害行為地法(第17条但書 Aの場合は契約の準拠法

 

 @の趣旨は、同一常居所地法は、当事者双方に密接に関係する地の法令であり、また、その法令を適用することが当事者の利益にかなうとの考えに基づいている。 

 Aの趣旨は、準拠法の決定に関する当事者の予見可能性を確保し、その合理的な期待にかなう法的解決が可能であること、また、複数の請求権(不法行為に基づく債権と、契約不履行に基づく債権)について適応問題が生じることを回避できることにある。

なお、これらのケースに該当する場合には、常に準拠法が変更されるわけではなく、第17条(第18条、第19条も含む)によって指定された地よりも、明らかに密接な関係があると判断される場合でなければならない。適用通則法には、最密接関係地の法を準拠法に推定する規定もあるが(第8条第2項)、この点において、第17条の要件はより厳格である。 

前述した類型の双方が同時に当てはまるケースでは、どちらを優先的に扱うべきかについては解釈の余地がある。第20条は両者を等しく扱っているが、当事者の常居所地という一般的な社会関係よりも、当事者間における契約の締結という特別な社会関係を重視すべきであるとする考えが有力である [6]



 (d) 当事者による準拠法の変更(第21条)

 前述したように、不法行為は結果発生地の公益に関わるとの考えに基づき、第17条本文は、その地の法を準拠法に指定しているが、近時は、不法行為制度の公益的側面よりも、損害の公平な分担という当事者間の利益調整の側面が強調されている。また、当事者には、損害賠償請求権の任意処分が認められていることを考慮すれば(つまり、加害者に損害賠償を請求するかどうか自由に決定しうる)、準拠法の決定に関しても、当事者自治を認めることが妥当であり、そうすれば当事者の予見しえなかった地の法令の適用も回避しうる。そのため、第21条は、当事者による準拠法の変更を認めている。なお、この変更は、不法行為がなされた後に限り認められるが、これは、社会的に対等ではない当事者間で、弱者に不利に準拠法が選択されることを防止する趣旨である。 

準拠法の変更は当事者の利益にかなうが、これによって第3者の権利が害されることを避けるため、第21条但書きは、準拠法の変更を第3者に対抗しえないと定める。例えば、未成年者の不法行為によって生じた損害について、変更前の準拠法は保護者の責任を限定的に認めているが、新しい準拠法によって、保護者の責任が重くなるときは、同人に対し、準拠法の変更を主張しえない。なお、不法行為の当事者間(加害者と被害者)においては、準拠法の変更は有効である。 

  (参照) 法律行為の成立・効力の準拠法の変更について



 (e) 日本法の累積的適用 (第22条)

 外国法が準拠法になる場合において、その外国法によれば「不法」とされる場合であれ、我が国の法律によれば「不法」とされない場合には、不法行為は成立しない(第22条第1項)。また、損害賠償の方法・程度についても同様である(第2項)。つまり、第22条は、外国法だけではなく、日本法も累積的に適用する旨を定めているが、これは、不法行為制度は我が国の公益にも関わることによる。

 

(2) 準拠法の適用範囲

 従来の法例とは異なり、適用通則法は、製造物責任(第18条)、名誉・信用毀損(第19条)、債務不履行に基づく損害賠償請求権との関係(第20条)について特別に定めている。それゆえ、これらの案件は、第17条の定める準拠法によらない。 

 第17条本文に従い、例えば、交通事故、人身傷害、器物損壊などによって損害が発生した場合、不法行為が成立するか(加害者の故意・過失、行為の違法性、因果関係)、損害賠償を請求しうる場合にはその額、損害賠償請求権者などの問題は、結果発生地法による。

  特許権の侵害者に損害賠償を請求しうるかどうかも、不法行為を原因として生ずる債権の問題として、結果発生地法によるが、特許権で保護されている技術を違法に使用した営業・販売の差止・廃棄請求は、不法行為の準拠法によらない(最判平成14926日、民集第56巻第71551頁)。

 


 

[1]     法例第11条は原因事実発生地法を準拠法としていたが、これは、@ 加害行為がなされた土地の法(加害行為地法)か、または、A 結果ないし損害が発生した土地の法(結果発生地法または損害発生地法)を指すか争われていた。例えば、ある国で出版された書籍によって、他国に住む個人の名誉が毀損される場合や、ある国で発生した物質によって、他国で公害が発生する場合など、行為地と損害発生地が異なる場合には注意を要するが、この点について、従来、行動地説と結果発生地説(または損害発生地説)が提唱されている。 

  @  行為地説によれば、侵害行為が行われた地の法が準拠法となる。したがって、侵害行為地で「不法」とみなされない場合は、不法行為は成立しない。 

  A  他方、結果発生地説(従来の多数説)によれば、結果発生地の法令が準拠法になるので、侵害行為地の法令によれば不法行為が成立しない場合であれ、不法行為と扱われる場合があり、被害者の保護に優れている。

        現行法(適用通則法第7条本文)は、結果発生地法が準拠法になると明瞭に定めているため、上述した問題は生じない。

[2]      最判平成14926日、民集第56巻第71551頁参照。

[3]      小出『一問一答 新しい国際私法』100頁参照。

[4]      小出・前掲書101頁参照。


[5]     このように請求権が競合するケースの準拠法について、法例は規定しておらず、異なる見解が主張されていた。

[6]      神前『解説 法の適用に関する通則法』139140頁参照。


  


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