1.先決問題とは
以下の事例を検討してみよう。
中華民国[台湾]人のAは、同じく中華民国人のBと結婚したが、離婚し、日本人のCと再婚した(東京で結婚式を挙げたものとする)。Aの死亡後、Cが配偶者として、Aの遺産を相続しようとした際、BはAC間の婚姻は無効であると主張し、Cの配偶者としての身分を争った。
このケースでは、そもそも配偶者の相続権について検討する前に、AC間の婚姻の成立について検討しなければならない。これを先決問題といい、これに後続する相続問題を本問題と呼ぶ。
①:
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AC間の婚姻は有効か(先決問題)
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②:
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①の問題が肯定される場合には、配偶者であるCの相続権(相続分)が問題になる(本問題)
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これまで扱ってきたケースに同じく、本問題の準拠法は適用通則法に従い決定すればよいが、先決問題の準拠法はどのようにして決定されるべきであろうか。これを、先決問題の問題というが、我が国では一般に先決問題と呼ばれている。
2.
先決問題の解決
先決問題の準拠法の決定について適用通則法は規定していないため、解釈で補う必要があるが、以下のような見解が主張されている。
(1)
本問題の準拠法説
本問題の準拠法が先決問題の準拠法になるという見解である。
この見解によると、適用通則法第36条 に従い本問題の準拠法が中華民国法(被相続人の本国法)になる場合、先決問題の準拠法も中華民国法となる。
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相続
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→
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第36条
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→
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被相続人
の本国法
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→
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Aの本国法
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→
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中華民国法
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その論拠は、先決問題は本問題の準拠法の適用に際し生じる問題であるという点にある。例えば、上掲のケースの場合、AC間の婚姻の有効性(先決問題)は、Cの相続(本問題)に関して問題になる。
もっとも、先決問題が渉外事件に当たる場合、この見解は適切ではない。
つまり、設例のように、先決問題(AC間の国際結婚の有効性) が渉外事件であるとき、その準拠法は国際私法に従い指定されなければならない。
(2)
法廷地の国際私法説(法廷地法説〔従来の判例・通説〕)
法廷地の国際私法に従い先決問題の準拠法を決定するという見解である。
この見解によると、例えば、訴えが日本の裁判所に提起され、婚姻の方式の適法性が争われたとすると、適用通則法第24条第2項に
従い、準拠法は婚姻挙行地法(すなわち、日本法)となる。
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婚姻の有効性
(方式)
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→
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第24条第2項
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→
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婚姻
挙行地法
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→
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日本法
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これは 法廷地国の国際私法の機能(すなわち、渉外事件に適用される法令〔準拠法〕の指定)を重視する立場である。要するに、この理論によらないならば、法廷地国の国際私法
は空文化するとされる。また、後日、先決問題のみが訴訟の対象になる場合にも準拠法は異ならないため(参照)、裁判所の判断も異ならないという利点がある。
上述した本問題の準拠法説によると、本問題(①)と先決問題(②)が同時に訴訟の対象になるとき、②の準拠法は中華民国法となり(参照)、他方、②だけが後に争われるときは、その準拠法は日本法となる(参照)。中華民国法によると婚姻は有効に成立するが、他方、日本法によれば、成立しないとき、裁判所の判断は矛盾することになる。
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もっとも、先決問題は(本問題の)準拠法の適用に際して生じる問題であるとして批判されている。
(3)
準拠法所属国の国際私法説
本問題の準拠法所属国の国際私法に従って、先決問題の準拠法を決定するという見解である。この見解によれば、国際判決の調和が達成されることにある。すなわち、どの国の裁判所が事件を管轄する場合であれ、準拠法は同一になるため、同趣旨の判決が下されると解することができる。
設例のケースでは、本問題(相続)の準拠法は、Aの本国法、すなわち、中華民国法であり、中華民国の国際私法に
従い、先決問題の準拠法が決定される。
訴えが中華民国の裁判所に提起された場合、裁判所は、自国(中華民国)の国際私法に従い、準拠法を指定することになる。したがって、訴えが日本の裁判所に適用されようと、中華民国の裁判所に提起されようと、判決の内容は異ならない(国際的判決の調和)。
もっとも、訴えが中華民国ではなく、他の国の裁判所に提起されるとき、つまり、法廷地国の国際私法によれば、本問題の準拠法国とされる国以外の裁判所に訴えが提起されるときは、判決の調和は達成されるとは限らない。
また、この説によれば、同じ先決問題であれ、本問題が異なるときは、その準拠法が異なることもあり、準拠法(の指定)が複雑になるといった批判がある。例えば、養子縁組の成立に関する問題が、①相続の先決問題として争われる場合(例えば、養子に相続権があるかどうかという問題が生じるときに、そもそも養子縁組が有効に成立しているかが問題〔先決問題〕になる場合)と、②親子間の法律関係の先決問題として争われる場合には、その準拠法は異なることもありうる。
①
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相続の準拠法 ⇒ 被相続人の本国法(第36条)
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②
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親子間の法律問題の準拠法 ⇒ 子の本国法または常居所地法(第32条)
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(4)
折衷説
法廷地説を原則としながら、妥当な問題解決を図るために、(1)の考えも取り入れるとする見解である。
例:
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A女は、中華民国出身のB男と、東京で中華民国の法律に基づき儀式婚を挙げた。
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Bの死亡後、Bの養子がAB間の婚姻の無効を申し立て、Aの相続権を否定した事案において、東京地裁(昭和48年4月26日)は、法廷地法説にたって、先決問題(AB間の婚姻の有効性)の準拠法は挙行地である日本の法律であり(法例第13条第2項、適用通則法第24条第2項参照)、日本法による届け出がないため、婚姻を無効と判断した(参照)。
これに対し、紛争解決の妥当性を図るため、準拠法説により、婚姻の有効成立を認める見解がある。もっとも、この見解によれば、法的安定性が害されるといった欠点がある。
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