1.問題の所在
新国家の成立は、@永久的住民、A明確な領域、B政府(国内自治の実効性の確立)およびC外交能力(他国と関係を取り結ぶ能力)の要件が満たされれば認められるが、新国家が他国との間で一般的な権利能力を取得するためには、他国の承認を必要とする。
朝鮮半島には、大韓民国と北朝鮮民主主義人民共和国が存在するが、我が国は大韓民国のみを承認している。また、中国と台湾との関係に関しては、日本は、当初は台湾のみを承認していたが、現在は中国のみを承認している。北朝鮮と台湾が独立国家として承認されていないことは、国際私法の適用場面において、どのような影響を及ぼすであろうか。例えば、適用通則法第4条第1項(行為能力) は、国籍を連結点とし準拠法を決定しているが、当事者が台湾国籍を有するとする場合、この台湾国籍を承認し、台湾法を本国法として適用してよいであろうか。
ちなみに、台湾からの留学生は、国内の役所(
法務局)で外国人登録をしなければならないが、外国人登録証明書の国籍欄には、台湾ではなく、中国と記載される。これは、日本政府が台湾を独立国家として承認しないことに基づいている。
[参考]
台湾独立建国聯盟ウェブサイト
2. 未承認国法の準拠法性
この問題は、以下の2つの場合に分けて考える必要がある。
@ 新しく成立した国家(または政府)が他国によって承認されていない場合
例えば、1923年に成立した(旧)ソ連は、当初、西欧の資本主義国によって承認されていなかった。
A ある1つの国家が複数に分裂し、その内の一つ(または新しい政府)が他国によって承認されていない場合(例えば、日本は韓国のみを承認し、北朝鮮を承認していない)
例えば、1つの国が2つの国に分離し、一方は第三国によって承認されているが、他方は承認されていないといった場合であるため、このケースは、「分裂国家(または二分国家)に属する者の本国法」の決定に関する問題と呼ばれることもある。
前掲の@のケースについて
かつては未承認国(政府)の法令の準拠法性を否定することもあった。例えば、西欧の資本主義国(イギリス、フランス、イタリア)は、(旧)ソビエト政府を承認していなかったため、ソビエト法の準拠法性も認めていなかった(ソビエト法ではなく、旧帝政ロシア法を準拠法とした)。しかし、現在では、未承認国(未承認政府)の法令も準拠法として認めるようになっている。これは、準拠法の決定・適用は、国家(政府)間の外交関係の有無とは無関係であり、また「国際私法は事案と最も密接な関係のある法域の法律を適用して問題を解決することを目的として」いるためである。
前掲のAのケースについて
前掲のAの例で、北朝鮮の国籍は存在せず、韓国の国籍のみ存在するとする見解も主張されている。なぜなら、裁判所が北朝鮮の国籍を認め、本国法として北朝鮮法を適用するとすれば、北朝鮮との関係において、行政権と司法権とが矛盾した行動をとることになるためである(すなわち、日本政府は北朝鮮を承認していないのに対し、裁判所はこれを認めることになる)。
もっとも、このように政府による承認を重視する見解は一般に支持されていない。なぜなら、「元来、国際私法は渉外的私生活関係の性質に最も適合する法律を発見し、以て私法の領域における渉外関係の法的秩序の維持を図ることを目的とするもので、承認された国家主権相互の調整に関するものではないから、国際私法上適用の対象となるべき外国法は承認された国家又は政府の法に限られるべき理由はない」からである。それゆえ、例えば、@ 行為地法や目的物の所在地法が準拠法となるとき、行為地や所在地が承認されていない国の支配下にある場合であれ、その未承認国の法を準拠法として適用すべきである。
A これに対し、本国法が準拠法になるときは、その決め方について争いがある。例えば、朝鮮が韓国と北朝鮮に分裂する前から、朝鮮人として我が国で生活している者の本国法はどのように決定されるか(韓国法か、それとも北朝鮮法が本国法となるか)という点について、以下のような見解が主張されている。
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未承認国の法も準拠法として適用しうるか。
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↓
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外交的に承認された国の法に限定する必要性はないため(⇒ それはなぜか?)、未承認国の法も準拠法になりうる。
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↓
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諸国(未承認国を含める)の法の中から、準拠法をどのようにして選ぶか。
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@ |
行為地法や所在地法が準拠法となる場合
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A |
本国法が準拠法となる場合 |
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(1) 国際私法上、複数の国家(分裂国家)が存在すると考える立場
(a)
新国家の独立(領土の分離独立)の際の国籍の変動に関する国際法上の原則に従って当事者がどの国の国籍を有するかを判断し、本国法を決定するという考え
(b) 複数に分裂した国がそれぞれ独自の国籍法を制定し、それらを適用した結果、当事者が複数の国籍を有する場合には、重国籍の場合 と同様に処理するという考え (従来の通説・判例)
もっとも、法例第28条第1項(適用通則法第38条第1項) を適用し、本国法を決定するのではなく、最密接関係地法を準拠法とする(仙台家裁審判 参照)。
(2) 2つに分裂した後も、依然として1つの国家としてみた上で、1国内に異法地域が存在する不統一法国の事例に準じて処理するという立場 ( 不統一法国)
この処理の仕方については以下の通り見解が分かれている。
(a)
適用通則法第38条第3項に従うが、準拠法国に準拠法を指定する規則がないものと捉え、当事者に最も密接な関係を有する地の法を準拠法とする。
(b) 通常の不統一法国のケースではないので、適用通則法第38条第3項は適用されないが、これを類推適用し、最密接関係地法を準拠法とする。
(2) の見解の前提(異法地域が存在する不統一法国)はいささか不自然であるが、この見解による場合であれ、従来の通説・判例による場合であれ、当事者に最も密接な関係のある地の法が準拠法になる。
〔参考文献〕
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櫻田嘉章「国際私法」[第5版] 96頁以下
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渉外判例百選[第3版]12頁以下および20頁以下
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