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国 際 私 法 の 基 礎


1. 国際私法の必要性

以下の事例の違いについて考えなさい。

(a)

日本人夫婦が裁判離婚しようとするケース

(b)

日本人男性とフィリピン人女性が裁判離婚しようとするケース

(a)

日本に居住する日本人が、日本国内において交通事故にあい、加害者である日本人に損害賠償を訴求するケース

(b)

日本人が、海外出張中に同僚(日本人)の過失により交通事故で負傷し、帰国後、損害賠償 を請求する訴えを提起するケース

 ①(a) および ②(b) の事例は、いずれも複数の国と関連する事件であり、このような事件を渉外事件と呼ぶ。渉外事件は、以下の場合に生じる。




・ 


当事者の少なくとも一方が外国の国籍を有するか、無国籍である場合


・ 

法律行為や不法行為の行為地が外国である場合

取引の客体が外国に存する場合

契約の履行地が外国である場合
                            ノート

問題





このような渉外的法律問題を裁判で解決するには、まず、

     どの国の裁判所が管轄権を有するか国際民事訴訟法の問題

    同事件に適用される法律はどの国の法律か(国際私法の問題)

を決定しなければならない。「国際私法」の授業は、主として、②の問題を対象とするため、以下ではこの問題に限定して説明する。他方、①の問題は「(国際)民事訴訟法」の対象である。


 かつては、国内事件であると、渉外事件であるとを問わず、一律的に国内法(法廷地法)を適用すべきとする見解が主張されていた(法廷地法主義[1]。また、ある国で発生した事件には、常にその国の法律が適用されるという見解(属地法主義)や、ある国の国民には常に(同人が外国に滞在する場合であれ)、本国または 常居所地 の法律を適用すればよいという見解(属人法主義参照〕)も主張されていたが、今日、このような理論を採用する国はほぼ存在しない。なぜなら、このような考えに従うならば、事件の性質に即さない不当な結果が生じたり、当事者が全く予測しえなかった法律効果が発生することもあるからである。例えば、外国人の身分に関する法律関係に日本法を適用するとすれば、当該外国人の本国の風俗、習慣ないし倫理観に反する事態が生じるおそれがある。また、外国人が本国で、本国法に従って締結した契約について、日本法が適用されるとすれば、外国人の予想しえなかった不当な結果が生じることがある。そのため、ほとんどの国は、問題となる渉外事件を規律するのに最も適切な国(ないし地域)の法令(実質法)を(独自に)定めているが(渉外事件は最も密接に関係する地の法令を適用して解決すべきということが国際私法上の最も重要な原則の一つである)、その際、国内法を外国法よりも優先させてはならず、両者を平等に扱うことが大原則となっている(内外法の平等の原則)。






     

2. 国際私法とは

 私法上の渉外的法律関係にどの国(ないし地域)の法が適用されるかどうかは国際私法に従い決定される。つまり、国際私法(狭義の国際私法)とは、渉外事件を規律する法 [2] を指定する法規範であるが、複数の法の抵触を解決する法規範という意味で、抵触法Conflict of Laws[3] とも呼ばれる。なお、「複数の法の抵触」とは我が国の民法や会社法などの抵触を指すのではなく、我が国の民法とドイツの民法(BGB)などの抵触を指す。

 各国は、独自の国際私法を制定しているが(こちらを参照)、我が国では、一般法として、「法の適用に関する通則法」、また、特別法として、「遺言の方式の準拠法に関する法律」や「扶養義務の準拠法に関する法律」などがが施行されている。


 リストマーク 法の適用に関する通則法」について詳しくは こちら 

EUの国際私法については こちら


 各国が制定した国際私法は「国際法」ではなく、国内法である(国が制定した法令であるためである)。また、国際私法は強行法規であるため、当事者が適用を欲すると否とにかかわらず適用される(こちらを参照)。その意味で、当事者自治の原則が適用される私法とは異なる。


 なお、条約を締結し、各国の私法や民事手続法を統一する動きがあるが、そのようにして統一された法を国際統一法(または単に、統一法 [4] と呼ばれる。国内私法の統一を目的として制定された条約の例として、国際物品売買契約に関する国連条約(ウィーン条約)を挙げることができるが、同条約は約80の国によって締結されている。これに対し、各国の風俗や慣習が強く反映されている私法分野、特に、家族法の分野において、法の統一作業は進展していない。加盟国間の緊密な統合という目的の下、多くの加盟国法を統一・調整しているEUにおいても同様であり、家族法の統一・調整作業は進んでいない(家族法を制定する権限がEUに与えられたのも近時のことである)。

 諸国の法が統一されているときは、国際私法に従い、法を選択する必要性は生じないが、前述したように、法の統一化は大きく進展しているわけではない。




3. 準拠法
3.1.準拠法とは

 ところで、国際私法に従い、渉外事件を規律すべきものとして指定された法を準拠法と言う。


図

 準拠法には法律関係について定める実体法(例えば民法や会社法)と、その実現に必要な手続について定める手続法(例えば民事訴訟法や民事執行法)が含まれるが、両者を併せて実質法と呼ぶ。実質法と実体法の違いに注意を要する。なお、「手続は法廷地法による」という原則(不文の国際私法)が確立している。そのため、日本で裁判が行われるのであれば、日本の手続法(民事訴訟法や家事事件手続法など)が適用される(詳しくは こちら)。これに対し、実体法は日本法(法廷地法)であるとは限らない。


ポイント

 上の図が示すように、実質法(準拠法)に国際私法は含まれない。含まれるとすれば、その国際私法 、つまり、準拠法国の国際私法に従い、改めて準拠法を決定しなければならないという悪循環が生じるこちらを参照)。


 国際私法が指定する実体法は私法であり、公法ではない。公法は一般に法廷地の法が適用される。別の観点から述べるならば、一国の行政・私法機関は自国の公法を適用・執行する。そのため、どの国の公法が適用されるかといった問題は通常、生じない。

 

3.2.外国法との関係

 なお、国際私法の講義では、準拠法(実質法)の内容については特に触れない。例えば、18歳のドイツ人は成年か、未成年か、未成年であるとすれば、単独で有効に法律行為をなしえないかという問題(行為能力に関する問題)が生じた場合、国際私法の授業では、この問題はどの国の法令に基づき判断すべきかどうかについてのみ検討し(準拠法の決定)、仮にドイツ法が準拠法に指定される場合、 そのドイツ法の内容(18歳の生徒の行為能力)については触れない。ドイツ法の内容は、国際私法ではなく、外国法の講義の対象となる。

3.3.準拠法としての私法

 国際私法に従い決定される実体法私法である。私法とは私人間の法律関係について定めた法であり、民法や会社法などがその例として挙げられる。

  我が国の民法第709条は不法行為に基づく損害賠償請求について定めているが、交通事故(同規定における不法行為)で負傷した者は、この規定を援用し、加害者に損害賠償を請求することができる。交通事故が外国で起きたときは、どの国の民法(またはその他の法)によるかという問題が生じ、これは国際私法に従い解決される。これに対し、加害者の刑罰について定める刑事法は公法であるため、国際私法に照らし、どの国の刑事法が適用されるか決定されるわけではない。なお、刑事事件には法廷地の刑事法が適用されるため、どの国の刑事法によるかという問題は一般に生じない。例えば、我が国の裁判所は我が国の刑事法を適用するのであり、外国の刑事法に従い刑罰を科すことはない。

 ところで、我が国の刑法第244条は、同居する親族の物を盗んでも窃盗罪に問われない旨を定めているが(親族相盗)、誰がこの「親族」に当たるかは民法第725条による。つまり、6親等内の血族、配偶者および3親等内の姻族が親族となる。



 ただし、外国人の親族の範囲は、国際私法に従い指定された準拠法に基づき決定される。適用通則法第33条によれば、本人の本国法が準拠法となるため、例えば、ドイツ人であれば、ドイツ民法(BGB)に従い親族の範囲が決定される。このように、刑法第244条における「親族」の解釈・適用に際し、国際私法に従い準拠法を決定する必要性が生じるが、刑法そのものの適用まで国際私法に従い判断しなければならないわけではない。


◎ カルテル損害賠償請求の準拠法の決定

  企業と企業が協定を結び、販売価格を決定することをカルテルと呼ぶ(独占禁止法第2条第6項参照)。これは自由な市場競争を阻害するため、独占禁止法第3条によって禁止されているが、民法第709条における不法行為として捉えることも可能である。それゆえ、カルテルを理由に価格が上昇し、損害を被った者は、民法第709条を援用し、カルテル実施企業にその賠償を請求することができる。また、独占禁止法第25条を根拠とし、損害賠償を請求することもできるが(最判平成元年12月8日)、民法第709条との関係において、独占禁止法第25条は特別法にあたる [5]

  カルテルが渉外事件としての性質を有する場合には、準拠法の決定に関する問題が生じる。例えば、米国の企業とカナダの企業がカルテルを実施したため損害を被った者が民法第709条を根拠にして提訴するとき、裁判所は実際に同法に照らし判断してよいか、それとも外国法によらなければならないか、国際私法に従い決定する必要がある。訴えが独占禁止法第25条に基づいているときも、実際に同法(つまり、我が国の競争法)に照らし判断してよいかという問題が生じるが、競争法は公法であるため、国際私法に従い、どの国の競争法が適用されるか決定することはできないという考えも成り立ちうる。この場合には、公法の適用範囲に関する理論に従うことになるが、それによれば、競争法違反行為がなされた地ないしその結果が発生した地の法が適用される。もっとも、損害賠償請求に関する規定は実質的に私法であるため(私人間の法律関係について定めているため)、国際私法の適用範囲に含まれると考えてよい。適用通則法第17条本文によるならば、カルテルの結果が発生した地(損害発生地)の法が準拠法となる。




[1]      2次世界大戦以前、ソ連は、自国の裁判所に係属する事件には自国の法令を適用していた。一定の渉外事件に特定の外国法を適用すべきとする国際法は存在しないため、前述したソ連の実務が、国際法違反として非難されることはなかった。溜池「国際私法講義」9頁参照。

[2]      適用されるのは、ある国のどの法令(民法や商法など)かを決定するではなく、どの国の法令かを決定しなければならない。

[3]      英米においては、Private International Lawの代わりに、Conflict of Laws (Laws は複数形)と呼ばれることが多いが、これは、英米では、一国内に複数の異法地域が存在することに基づいている参照。例えば、アメリカでは州が独自の法律を制定することができ、婚姻や離婚に関する各州の法律は、必ずしも統一されていない。そのため、ある事件には、どの州の法律を適用するか決定しなければならないこともあるが、この問題は、国際的な問題ではなく、国内の問題である。したがって、これを決める法律を国際私法と呼ぶのは適切ではなく、抵触法という名称が使用されている。

[4]      国際統一法について、例えば、斎藤彰「第3 国際私法と統一法」山田・早田『演習国際私法』新版〕11頁以下参照。


[5]      民法第709条を援用し、損害賠償を請求する者は、相手方の故意または過失について証明しなければならないが、独占禁止法第25条を援用する場合は不要である(第25条条第2項〔その他の特例として第26条を参照されたい〕)

                                         




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