国 際 裁 判 管 轄 の 合 意

1. 基礎知識

1.1. 合意管轄の定義

 合意管轄とは、当事者の合意に 基づき生ずる管轄であるが、私的自治(当事者自治)の原則にかない、また、訴訟追行の便宜を図る上でも好ましいと考えられるため認められている(民訴法第11条)。インターネット上の契約にも、将来、紛争が起こりうることを考慮し、裁判管轄の合意に関する規定(これを合意裁判管轄条項という)が盛り込まれている。


     (例) Lolipop の利用規約第23条



 特定の裁判所の管轄のみを認め、他の裁判所の管轄を排除する合意を専属的合意という。これに対し、法定管轄(法律で定められた管轄)の他に、ある特定の裁判所に管轄権を与える合意を競合的合意または付加的合意という。


1.2. 要件(民訴法第11条参照)


・  

第1審裁判所の管轄に関する合意であること

2審、第3審裁判所の管轄権は、自動的に定まるので(例えば、第1審が横浜地裁であれば、第2審は東京高裁、第3審は最高裁となる)の対象にならない。

・  

一定の法律関係に基づく訴えに関する合意であること
あまりに包括的な合意(例えば、将来20年間にわたる訴訟は、東京地方裁判所に提起するという合意)は、被告の利益を損なうので許容されない。

・  

書面でなすこと(当事者の意思を明確にするため)

・  

専属管轄(例えば人事訴訟手続法第1条第1項および第27条参照)[1]に反しないこと

・  

訴えが提起される前までに合意が成立していること


 

合意の成立に関しては、民法の意思表示に関する規定が適用される。例えば、合意内容に錯誤があった場合には、民法第95条が適用され、合意は無効となる。



1.3. 効果


合意した通りに裁判所の管轄権が発生し、また、消滅する。
専属的合意で定められた管轄裁判所と異なる裁判所に訴えが提起された場合は、管轄違いによる移送(民訴法第
16条参照)が必要になる。

合意の効力は、当事者の一般承継人にも及ぶ。

   


2. 国際的合意管轄

2.1. 許容性 

 財産事件に関しては、当事者自治の原則に鑑み、管轄の合意を原則的に認めてもよいと考えられる[2]。合意に基づき初めて創設された国際裁判管轄を固有の意味での合意管轄と呼ぶ。

    これに対し、人事事件には、管轄の合意を認めるべきではない。なぜなら、身分関係事件は、財産事件とは異なり、公益性が強いため、当事者の自由な処分が制限されるためである[3]。例えば、親権者の指定や子の監護に関する訴訟事件では、第一に子の福祉を重視すべきであるため、訴訟当事者である父母の合意によって管轄裁判所を指定すべきではないと考えられる[4]。また、合意管轄を認めると、自己に有利な法的効果の発生を意図して、当事者が法廷地を移動させる(forum shopping)などの弊害が生じる[5]


2.2. 有効性    

 錯誤や強迫などを理由に管轄の合意の有効性が問題になる場合は、我が国の法律(例えば、民法内の意思表示関する規定参照)に照らし判断してよいとは限らない。どの国の法律に基づき判断すべきかどうかは、国際私法に従って決定されるが(準拠法の決定の問題[6]、国際私法上、訴訟行為に関する問題は法廷地法によるとする原則が確立している。管轄の合意も訴訟行為(訴訟行為的合意)に当たるため、法廷地法によることになる(通説・判例)。従って、日本の裁判所に訴えが提起された場合には、日本の法令に基づき、 管轄の合意の有効性が判断される。

 


※チネサダ号事件最高裁判決[7]

 当事者双方の署名のある書面によらない国際裁判管轄合意の有効性が争われた事例として、チネサダ号事件が挙げられる。本件の事案は以下の通りである。日本の輸入業者Aはブラジルの輸出業者Bと原糖の輸入契約を締結した。そこでBは船会社Y(オランダに本店を置く法人)に原糖の輸送を委託した。その際、船荷証券[8]が作成され、Aに交付された。同証券の裏面には、折り目をつければ見えなくなるほどの小さな文字で以下のように印刷されていた。

 


「この運送契約による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つことはできないものとする。」[9]


 

 原糖が日本に到着したとき、海水漏れが生じていたため、海上保険契約に基づき、Aは保険会社X(日本国内に本社を置く法人)に保険金(約137万円)の支払いを請求した。同請求を受け、XAに保険金を支払い、保険代位によりYに対する損害賠償請求権を取得したとして、Yに対して損害賠償の支払いを神戸地裁に提起した。しかし、Yは上掲裁判管轄の合意に従い、日本の裁判所は国際裁判管轄を有しないと主張した。第1審および第2審とも、Yの主張をいれ、Xの訴えを退けたため(第1審は訴え却下、第2審は棄却)、Xが上告した。



A
(輸入業者)
日本



原糖の注文
B
(輸出業者)
ブラジル

輸送を
委託
Y
(船会社)
オランダ
船荷証券の発行

Bの請求に基づき、Yが作成

 ↓

 Aに交付

この船荷証券の中に裁判管轄条項が盛り込まれる。




 上掲の裁判管轄の合意の有効性について、最高裁は、「国際民訴法上の管轄の合意の方式ついては成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しゃくしつつ条理に従ってこれを決すべきであるところ、同条 〔現民訴法第11条〕の法意が当事者の意思の明確を期するためのものにほかならず、また、諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、および迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りる」と判断して、当事者双方が署名した書面によらない合意も有効であると述べた。

 また、最高裁は、ある訴訟事件について、我が国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所にのみ管轄権を与える旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、@我が国が専属管轄 を有するものではないこと(専属管轄については こちら)、およびA合意管轄裁判所が、その国の法律によれば管轄権を有することを要件として、B著しく不合理で公序に反する場合を除き、その有効性を認めるべきであると判断した。

 

◎ 解説

 本件のように、非常に小さな活字で、契約約款の中に盛り込まれた裁判管轄条項(裁判管轄の合意に関する規定)は、約款作成者に有利で、相手方には不利な内容となっていることもあるが、一般に適法とされている。本件では、裁判管轄条項を含む船荷証券にXの署名がないことが問題になったが、これは、Xは裁判管轄条項(裁判管轄の合意)に同意しているわけではないことを意味する。最高裁の判断より、Xは事前に同意していなくても、裁判管轄の合意に拘束されることが読み取れる。

 A の要件の趣旨は、訴えが合意裁判所に係属しえず、原告の裁判を受ける権利が保護されない状態におかれることを避けることにある。

 B の「著しく不合理」な事情としては、(イ)請求額が少額であるため、仮に勝訴したとしても、裁判費用(アムステルダムの裁判所への交通費、弁護士費用、立証費用等)や執行費用の方が高くつく可能性があること、(ロ)過失の有無や損害の発生およびその額に関する証拠調べは、陸揚港のある日本で行うことが便利であること、また(ハ)オランダで裁判を行う必然性や合理性は存在しないことなどが挙げられる。しかし、本件において、最高裁は、これらの点を考慮に入れても、裁判管轄の合意は、著しく不合理で、公序に反するものではないと判示した[10]



2.3. 効果


 合意された通りに管轄権が生じる。なお、専属的合意に反し、訴えが提起される場合であっても、著しい損害または遅延を避けるためには、専属的に合意された裁判所への移送を認める必要はないと判示した裁判例がある
[11]。このような著しい損害または遅延の発生は、「著しく不合理で公序に反する」ため(前掲の最高裁判決の合意の有効要件参照)、合意の効力を否定すべきと考えることもできる。

 



[1]      専属管轄とは、事件の公益性の度合が強いため、ある特定の裁判所のみが裁判をすることができるという趣旨の管轄である。専属管轄は、当事者の意思によって変更することはできない。そうではない管轄を任意管轄と呼ぶ。

[2]      なお、合意裁判所所在地国との一定の関連性の存在を要求する見解もある。例えば、貝瀬幸雄「国際的合意管轄の基礎理論(1)、(2完)」法協1025978頁参照。ある国と全く関連性がない事件の管轄権をその国の裁判所に与えることに問題がないとは言えないので、上掲の見解は支持しうる。

[3]      大審院判例には、「財産権上ノ請求ニアラサル訴訟ニ係ルトキ」は国際裁判管轄の合意は締結しえない(裁判所は同合意に拘束されない)とするものがある。大審判大正51018日民録221916頁参照。なお下級審の裁判例では、家事事件の場合にも合意管轄ないし応訴管轄を認めたものもある。この点につき、石黒一憲「国際民事訴訟法」171頁以下参照。また、諸外国の立法例について、石黒・前掲書169頁以下を参照されたい。

    なお我が国の法律において、身分関係に関する訴えの裁判管轄は専属管轄とされるが、調停に関しては、管轄の合意が認められている(家事審判規則第129条)。

[4]      これに対し、婚姻関係の解消(すなわち離婚)に関しては、当事者が任意に処分しえる法律関係であるため、合意管轄を認めるべきとも考えられるが、合意管轄により forum shopping が生じ、また当事者の本国法(実体法)に反する判決が下されかねないため、問題である。

[5]      例えば、米国においては、離婚判決が下されやすいネバタ州の裁判所を管轄裁判所に指定する合意が締結されることがある。この点につき、石黒一憲「国際民事訴訟法」170頁以下参照。

[6]      大審判大正51018日民録221916頁。

[7]      最判昭和501128日民集29101554頁=民訴判例百選I(新法対応補正版)46頁以下[矢吹]。

[8]      船荷証券とは、運送品(チネサダ号事件では原糖)の引渡請求権をあらわす有価証券で、海上運送人 (Y)が運送依頼者(B)から運送品を受け取ったことを証明し、また陸揚港では運送品を本証券の正当な所持者(A)に引き渡すことを約したものである。

     (参照)航海士便り  

[9]      これは専属的裁判管轄の合意である。

[10]     藤田泰弘「日/米国際訴訟の実務と論点」(日本評論社 1998年)189頁参照。

[11]     大阪高裁決定昭和5551日判時97544頁、東京高裁決定昭和551031日判時98587頁。




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