※チネサダ号事件最高裁判決
当事者双方の署名のある書面によらない国際裁判管轄合意の有効性が争われた事例として、チネサダ号事件が挙げられる。本件の事案は以下の通りである。日本の輸入業者Aはブラジルの輸出業者Bと原糖の輸入契約を締結した。そこでBは船会社Y(オランダに本店を置く法人)に原糖の輸送を委託した。その際、船荷証券が作成され、Aに交付された。同証券の裏面には、折り目をつければ見えなくなるほどの小さな文字で以下のように印刷されていた。
「この運送契約による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つことはできないものとする。」 |
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原糖が日本に到着したとき、海水漏れが生じていたため、海上保険契約に基づき、Aは保険会社X(日本国内に本社を置く法人)に保険金(約137万円)の支払いを請求した。同請求を受け、XはAに保険金を支払い、保険代位によりYに対する損害賠償請求権を取得したとして、Yに対して損害賠償の支払いを神戸地裁に提起した。しかし、Yは上掲裁判管轄の合意に従い、日本の裁判所は国際裁判管轄を有しないと主張した。第1審および第2審とも、Yの主張をいれ、Xの訴えを退けたため(第1審は訴え却下、第2審は棄却)、Xが上告した。
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A
(輸入業者)
日本
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⇒
原糖の注文 |
B
(輸出業者)
ブラジル |
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↓
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輸送を
委託 |
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Y
(船会社)
オランダ |
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↓ |
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船荷証券の発行
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Bの請求に基づき、Yが作成
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Aに交付
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この船荷証券の中に裁判管轄条項が盛り込まれる。 |
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上掲の裁判管轄の合意の有効性について、最高裁は、「国際民訴法上の管轄の合意の方式ついては成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しゃくしつつ条理に従ってこれを決すべきであるところ、同条
〔現民訴法第11条〕の法意が当事者の意思の明確を期するためのものにほかならず、また、諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、および迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りる」と判断して、当事者双方が署名した書面によらない合意も有効であると述べた。
また、最高裁は、ある訴訟事件について、我が国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所にのみ管轄権を与える旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、@我が国が専属管轄
を有するものではないこと(専属管轄については こちら)、およびA合意管轄裁判所が、その国の法律によれば管轄権を有することを要件として、B著しく不合理で公序に反する場合を除き、その有効性を認めるべきであると判断した。
◎ 解説
本件のように、非常に小さな活字で、契約約款の中に盛り込まれた裁判管轄条項(裁判管轄の合意に関する規定)は、約款作成者に有利で、相手方には不利な内容となっていることもあるが、一般に適法とされている。本件では、裁判管轄条項を含む船荷証券にXの署名がないことが問題になったが、これは、Xは裁判管轄条項(裁判管轄の合意)に同意しているわけではないことを意味する。最高裁の判断より、Xは事前に同意していなくても、裁判管轄の合意に拘束されることが読み取れる。
A
の要件の趣旨は、訴えが合意裁判所に係属しえず、原告の裁判を受ける権利が保護されない状態におかれることを避けることにある。
B の「著しく不合理」な事情としては、(イ)請求額が少額であるため、仮に勝訴したとしても、裁判費用(アムステルダムの裁判所への交通費、弁護士費用、立証費用等)や執行費用の方が高くつく可能性があること、(ロ)過失の有無や損害の発生およびその額に関する証拠調べは、陸揚港のある日本で行うことが便利であること、また(ハ)オランダで裁判を行う必然性や合理性は存在しないことなどが挙げられる。しかし、本件において、最高裁は、これらの点を考慮に入れても、裁判管轄の合意は、著しく不合理で、公序に反するものではないと判示した。
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