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ユスティティア EUの教育・青少年政策




E.   訴 訟 の 審 理


5. 当事者の主張
5.1. 訴訟行為としての主張

 民事訴訟手続は原告の提訴(訴状の提出)によって開始され、当事者双方は口頭弁論 において自らの見解を主張する。争いがある事項については証拠を提出したり、証人尋問を実施する必要があるが、判決を待たずに訴えを取り下げたり(第261条)、和解(第267条)により手続きを終了させることもできる。このように、訴訟法上の効果を発生させる当事者の行為を 訴訟行為 と呼ぶ。

  


 リストマーク 訴 訟 行 為 の 例 リストマーク

@

訴訟が係属する前に行われるもの

 ・管轄の合意(第11条)
 ・仲裁契約
 ・不起訴の合意
 ・訴訟委任

A

訴訟の終了を目的とするもの

 ・訴えの取り下げ(第261条)
 ・請求の放棄と認諾(第266条)
 ・訴訟上の和解(第267条)

B

裁判所の応答によって効果が発生するもの

 ・申立て

(例)

移送の申立て(第16条以下)
裁判官の除斥・忌避の申立て(第23条、第24条)

 ・主張
 ・立証





5.2. 主張とは

 主張とは、当事者の申立てを基礎づける訴訟行為を指す。自己に有利な陳述という点において、自白 とは異なる。つまり、自白とは、相手方の主張を認める、自らに不利な陳述を指す。


主張 自己に有利な陳述

自白 自己に有利ではない陳述


 主張には、@ 権利・義務や法律関係に関する陳述や法の適用・解釈に関する陳述(法律上の主張)と、A 事実の存否に関するもの(事実上の主張)があるが、両者の詳細は以下の通りである。


(1) 法律上の主張

 上述したように、法律上の主張とは、当事者が a. 権利・義務や法律関係の有無について、または、b. 法の解釈・適用について陳述することを指すが、a を狭義の法律上の主張、b を広義の法律上の主張と呼ぶ。。

(例)

売買代金支払請求の訴えにおいて、被告が、

a. 支払義務はないと主張する(狭義の法律上の主張)。

b. 本件では我が国の民法が適用され、同第173条によれば債権は2年で時効消滅すると主張する(広義の法律上の主張)。

 

 なお、「裁判官は法を知る」という法諺が示すとおり、法令の解釈・適用は裁判官(裁判所)の職責であり、裁判所は当事者の法律上の主張に拘束されないが(参照)、この点について、以下の問題が生じる。
 

@

原告の法律上の主張を被告が認める場合(権利自白)、この点について裁判所は審理しえないか。

     詳しくは こちら
 

A

当事者の法律上の主張と裁判所の法令解釈が異なる場合、裁判所はこのことを当事者に伝えるべきか(裁判所の法的観点指摘義務)。



(2) 事実上の主張

 事実上の主張とは、例えば、取得時効を基礎付けるため、「20年間、占有している」、また、「相手方はX年以上にわたり、請求していない」など、事実について主張することを指す。

 弁論主義 に基づき、事実の主張は当事者の責任とされ、裁判所は当事者の主張に拘束される。そのため、裁判所は、当事者が主張しない事実を判断の基礎にしてはならない。例えば、原告が被告に売買代金の支払いを請求する事件において、原告は、

  @ 売買契約(売り買いの合意)の締結、
  A 商品の引渡し、また、
  B 代金支払期限が経過していること(リストマーク 参照

を主張しなければ勝訴しえず、主張しなければ、裁判所はこれらの点について知ることができたとしても、判決の基礎にしてはならない。このように、当事者が自己に有利な事実を主張しなかったときに敗訴する結果責任
主張責任 (客観的主張責任)と呼ぶ。また、当事者はこのような事実を積極的に陳述しなければならないという 行為責任 (主観的主張責任)を指して、主張責任と言うことがある。
 

リストマーク  客観的主張責任:自己に有利な事実を主張しなかったときに敗訴するという結果に着目

 
リストマーク  主観的主張責任:自己に有利な事実を主張しなければならないという行為に着目


 なお、例えば、前掲のBの事実について、本来は原告が主張しなければならないが(つまり、原告が主張責任を負う)、原告が主張しないにもかかわらず、被告が自発的に認めることがある。このような場合であれ、当事者によって主張されていることにかわりないから、裁判所はBの事実を判決の基礎とすることができる(主張共通の原則)。



リストマーク 主 要 事 実 と 間 接 事 実 リストマーク

 ところで、前掲の@〜Bの事実 は、売買代金請求権(民法第555条参照)の発生を基礎付ける要件である。このように、ある権利の発生・変更・消滅を基礎付ける要件事実主要事実 ないし直接事実 と呼ぶ。これに対し、例えば、相手方は購入した商品を所持していたという事実や、代金相当額を借り受けていたという事実は、主要事実の存在を推認させるものであり、間接事実 と言う。


間 接 事 実 主 要 事 実 を 推 認

買主が購入した商品を所持していた。



商品の引渡しがあったことが推認される。


買主が代金相当額を借り受けていた。



売買契約の締結(買主の購入の意思)が推認される。



 裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎にしてはならないという 弁論主義の第1テーゼ は主要事実について適用され、間接事実には適用されない。つまり、間接事実に関し、裁判所は当事者の主張に拘束されない(伝統的な通説)。なお、間接事実の中には訴訟の結果を左右する重大なものもあるが、それが当事者の一方によって主張されず、その結果、相手方に反論する機会が与えられないまま、判決の基礎として用いられると、不意打ち裁判になることがある。そのため、訴訟の結果を左右する「重大な間接事実」については、弁論主義(の第1テーゼである主張原則)が適用されるという見解が有力に説かれている。大審院も、建物の所有者と名乗るXがYに登記の抹消を求めたケースにおいて、両当事者が主張していない間接事実に基づき、Xの請求を認めるのは違法であると述べている。詳細には、Xの所有権取得を否定する間接事実として、Yは自らが固定資産税を納めている点を挙げたところ、控訴審は、Yの税負担はXY間の特約に基づくという間接事実に照らし、Yの主張を退けたが、この間接事実は両当事者によって主張されたわけではないため、それに基づく裁判は違法とであるとした(大判大正5年12月13日)。

 (参考)三木浩一 他『民事訴訟法』第3版(有斐閣 2018年)
     210頁
    

 被告の不法行為(例えば、交通事故)によって生じた損害の賠償を訴求するケースでは、以下の事実が主要事実となる(民法第709条参照)。

  @  被告(加害者)の不法行為の存在
  A  @が故意または過失によること
  B  @によって損害が生じていること

 被告の過失を基礎付けるため、原告は被告の居眠り運転を主張し、被告がこれを争ったとする。過失そのものが主要事実にあたり、居眠り運転は間接事実として扱われるとすれば、裁判所は、原告が主張していない事実、例えば、脇見運転に基づき、過失を認定することも可能になるが、そのような取り扱いがなされば、脇見運転に関し、被告に反論する機会が与えられないまま、判決が下される危険性が生じる(不意打ち判決)。そのため、つまり、被告の防御権を適切に保護するため、過失のような 不特定概念 については、過失そのものではなく、それに該当する具体的な事実(例えば、居眠り運転)が主要事実として扱われる。なお、訴訟の結果を左右する「重大な間接事実」には弁論主義が適用されるという有力説によるならば(前述参照)、居眠り運転や脇見運転といった具体的事実を主要事実として捉える必要はない。





5.3. 否認、不知

 ある当事者が主張した事実について、相手方が否定することを 否認 と呼ぶ。例えば、貸金返還請求訴訟において、「2005年1月10日、被告に100万円を貸した」とする原告の主張について、被告が@「借りていない」または、貸し借りがあったことを否定する趣旨で「借りた覚えはない」と陳述したり、A「2005年1月10日は、1日中、寝ていたため借りていない」と述べることであるが、@を単純否認、また、Aを 理由付否認(ないし間接否認)と呼ぶ(民訴規則第79条第3項は理由を付けることを要求している)。また、「確かにお金を受け取ったが、それは贈与されたものだ」と陳述することも、理由を付けて相手方の主張を否認しているため、理由付否認(ないし間接否認)にあたる。なお、この場合であれ、金銭の貸し借りがあったことを認めているわけではないため、後述する自白にはあたらない。

 これに対し、「借りたかどうか分からない」 または「知らない」等と述べ、相手方の主張が真実かいなか知らないと陳述することを 不知 というが、これは否認と推定される(第159条第2項)。

 否認や不知の陳述を行う者(上のケースでは被告)は、その事実について証明する必要はなく、相手方(原告)が事実の存在について証明しなければならない。つまり、上掲の貸金返還請求訴訟において、「借りていない」または「2005年1月10日は1日中、寝ていた」と陳述する被告は、そのことについて証明する必要はなく、原告が、金銭を貸したという事実について証明しなければならない。



5.4. 自白

 前掲のケースで、被告が「原告の主張どおり、金銭を受け取った」と述べることを 自白 と呼ぶ。自白された事項について、原告は証明する必要がない。これは当事者間に争いがないためであるが、それゆえ、裁判所は自白された事項をそのまま裁判の基礎にしなければならない弁論主義の第2テーゼ)。ただし、職権探知主義 が適用されるケースでは、この限りではない。つまり、人事事件や公益性の強いケースでは真実を発見する必要性が強いため、裁判所は職権で証拠を収集し、当事者の自白が真実に反すると解される場合にはそれを判決の基礎から除外することができる。

    擬制自白(第159条第3項)


 当事者は、後日、自白を撤回したり、自白の内容に矛盾することを主張してはならない(自白の不可撤回効)。これは、例えば、前掲の貸金返還請求訴訟のケースにおいて、被告が金銭の借受けを一旦は認め、訴訟の争点から外しておきながら、訴訟の終盤でこれを撤回すると、原告が十分に訴訟活動を行えないことがあり、同人に不利益をもたらすことがあるためである。また、自白の撤回は裁判所の審理を混乱させ、訴訟遅延を引き起こす危険性があるためでもある(リストマーク 訴訟上の信義則、禁反元の原則)。ただし、以下の場合には撤回が許される。
 

@

自白の内容が真実に反し、かつ、錯誤に基づいている場合(大判大4・9・29、百選(第3版)64事件)

A

詐欺や強迫など、刑事上、罰すべき他人の行為により自白するに至った場合(最判昭33・3・7、民集12-3-469)(第338条第1項第5号)

B

相手方の同意がある場合(最判昭34・9・17、民集13-11-1372)



 なお、自白の態様や効果について、以下の点に注意されたい。

 ◎ 裁判外の自白

 当事者が裁判外で自白することもあるが(裁判外の自白)、民事訴訟法上、これには上述した自白の効力は与えられず、単に当事者が自白をした事項があることを推認させるに過ぎない。
 

裁判外の自白 ⇒ 自白があったことを推認


 ◎ 間接事実の自白

 前述したように、間接事実について、裁判所は当事者の主張・陳述に拘束されない。そのため、間接事実は自白の対象にならない。つまり、間接事実について、裁判所は当事者の主張に縛られず、自由に判断しうる(通説・判例)。

 ◎ 権利自白

 当事者が、相手方の主張する事実(主要事実)についてではなく、権利の存否や法律効果の発生について自白することを、通常の自白と区別し、権利自白 と呼ぶ。


(例)

所有権に基づく賃貸物返還訴訟において、被告が原告の所有権を認める(原告が所有権者であることを被告が認める)。

貸金返還請求訴訟において、被告が原告の主張する金額で貸金契約(消費貸借契約)が成立していたことを認める  


(注)

AはBに100万円を次の条件で貸したとする。

 ・貸付期間は1年とする。
 ・利息は10%(つまり10万円)とするが、その額を天引き
  し、90万円をBに渡す。

原告は、額面100万円の消費貸借契約が成立していると主張し、被告もこれを認めたとする。なお、判例によれば、この場合、消費貸借契約は、100万円ではなく、90万円について成立するとされている点に注意を要する。


 権利の存否(権利・義務関係の成立)や法律効果の発生について判断するのは裁判所であるため、裁判所は当事者の権利自白に拘束されない。前掲の例で言えば、裁判所は、原告や被告の陳述に縛られず、消費貸借契約は90万円について成立していると判断しなければならない。

 当事者も権利自白に拘束されず、後日、内容的に異なる主張をしてもよいとされている。つまり、権利自白については、前述した自白の撤回ないし取消に関する法理(自白の不可撤回効)は適用されない。もっとも、近時は、訴訟上の信義則 ないし 禁反言の原則 に基づき、一定の拘束力を認める見解が有力である。つまり、後日、矛盾する発言をしてはならないとされている。

 なお、訴訟物の先決問題である権利・義務や法律関係の有無についてではなく、訴訟物である権利・義務や法律関係そのものについて、当事者が相手方に有利に陳述することは権利自白ではなく、請求の認諾 である。例えば、上掲の所有権に基づく賃貸物の返還請求事件において、被告が原告の所有権を認めることは権利自白であるが、自らの返還義務を認めることは 請求の認諾 にあたる。


5.5. 抗弁

 原告が、自らの請求を理由付ける事実(主要事実)を主張し、また、これを証明した場合、被告はそれに反論しなければ敗訴する。例えば、売買代金支払請求訴訟において、原告がすべての主要事実を主張・証明した場合、被告は、代金債権は時効にかかり消滅していることや、契約は錯誤によって締結したもので無効であること等を主張・証明しなければ敗訴する。このような原告の請求権を消滅させたり(消滅時効)、請求権の発生を妨げる(錯誤無効)主張を 抗弁 と呼ぶ。被告が証明責任を負う点で、否認とは異なる。

 また、被告が抗弁事実をすべて主張し、裁判所によって正しいと認定されれば、原告は敗訴する。それを避けるため、原告は 再抗弁 を提出し、被告の主張を争うことができる(リストマーク 証明責任の分配について)。


(例)

売買代金支払請求訴訟において、原告は、以下の事実主要事実を主張・証明すれば勝訴する。


@ 

売買契約(売り買いの合意)の締結

A 

商品の引渡し

B 

代金支払期限が経過していること


原告の請求を排斥するため、被告は、例えば、以下の抗弁を提出しうる。


・ 

代金はすでに支払った。

・ 

売買契約は錯誤により無効である(民法第95条)。


被告が錯誤無効の抗弁について証明したとき、原告は、例えば、以下の点を指摘し、反論しうる(再抗弁)。


・ 

被告は、重過失を犯しているため、錯誤無効を主張しえない(民法第95条但書)。



リストマーク

相殺の抗弁








 代金支払請求訴訟において、原告である売主は、代金支払期限が経過していることを主張・証明すればよく、この期限が経過しているのに、被告である買主が代金を支払っていないことまで主張・証明する必要はない。つまり、代金の支払(弁済)は、原告の権利を消滅させる事由として、被告が主張・証明する責任を負う(参照)。





なお、要件事実そのものではなく、それに該当する具体的な事実を主要事実ないし直接事実と捉える見解もある。





 

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